第63話 遥斗の頼み

「──ご馳走様でした」

「お粗末でした」


 オムライスを食べ終え、ホッと一息を吐く。……うん、美味しかった。家庭料理らしさに溢れたシンプルな味付けは、ストレスで荒れていた胃に染み渡った。。

 隣でずっと見守り、時には話題を振ってくれた千秋さんの存在も心地良かった。普段ならば反応に困っただろうが、イレギュラーで心身ともに疲れきった今日は別だ。

 普段の下らない日常を思い出させてくれた気がして、とても癒された。


「それじゃあ、これ洗ったら私は帰るね。遥斗君、今日はしっかり休むんだよ?」


 ──だから決めた。今日だけは特別。今日だけは、快適な夜を手に入れるために大胆になろう。


「ねえ、千秋さん」

「ん?」


 やるべきことはやったどはかりに、早々に帰り支度を始める千秋さんに声を掛ける。

 普段の彼女ならば、話題を振るなり頓珍漢な行動をするなりして、できる限り居座ろうとしていたことだろう。それか帰り支度をしながら、名残惜しそうにチラチラと何度も視線を向けてくるか。

 が、今日はそんな様子はない。今日の千秋さんは、徹頭徹尾俺のことを第一に考え行動していた。自分の欲を抑え、常に気遣いを欠かさなかった。


「実はさ、もう一つだけ頼みがあるんだけど。聞いてくれるかな?」

「はいはい。何でしょう? 私にできることなら、なんだってしてあげるよ」


 だからこそ、普段はしないお願いをすることができる。今日の千秋さんなら、信頼して頼ることができる。


「じゃあ、一晩中付き合ってよ」

「……へ?」

「端的に言うと、今日泊まってくれない?」

「…………うぇっむぐっ!?」


 あっぶな!? 千秋さん、今絶対叫びそうになったでしょ!? 驚くのは分かるけど夜中だから! 近所迷惑になるし、最悪警察来ちゃうから!


「むぐぐっ、むー!?」

「はいはいストップ。言いたいことはなんとなく分かるけど、一旦クールダウン。騒ぐと近所迷惑。オーケー?」

「っ……!」


 タップを確認。未だに驚いてはいるようだけど、最低限の理性は取り戻したと判断する。

 それはそれとして、念押しの意味を込めて千秋さんを見つめると、頬を染めながらも小さく頷かれた。……うん、これなら大丈夫そうだ。


「っ、ぷはっ! びっ、ビックリした……! 本当にビックリした! 今の台詞もそうだけど、急に口塞いでくるのもビックリした!」

「叫ぼうとするからだよ。ご近所トラブルとか洒落にならないんだってば」

「そうなんだろうけどね!? でも仕方なくない!? 急にあんな……あんな……」

「千秋さん?」

「あわわわ……!?」

「うわ凄い顔真っ赤」


 ちょっと待ってよ。急にフリーズしたかと思ったら、全身茹でダコみたいにしながら小刻みに震え始めたんだけどこの人。

 え、いや本当に大丈夫? 動揺するにしても過剰反応じゃない? 変なところの血管とか切れてたりしない?


「だだだ、だって! だって……!!」

「どうどうどう。確かに驚かせるようなことを言った自覚はあるけど、一旦落ち着こう? 本当にアレな感じになってるから」

「お、おち、おちつっ……やっぱりできないよ! こ、こんなの落ち着いていられないよ! 待ってすっごい恥ずかしい!!」

「嘘でしょ……? めっちゃ初心な反応するじゃん」


 ちょっと前までストーカーしてたのに? 散々好意を示してきたのに? 方向性は迷子だったけど、曲がりなりにも誘惑じみたことをしてきたのに?

 それがまさかである。一度俺の方から歩み寄っただけでここまで動揺するとか、流石に予想できなかった。


「だってお泊まりだよ!? お泊まりって、つまりそういうことでしょ!? それをいきなり言われたら動揺だってするよ! 私今日可愛い下着着けてきてない!」

「オーケー分かった。わざと誤解させるような言い方したのは認める。まさかここまで効果があるとは思ってなかった。ちょっとした悪戯のつもりだったんだ。いや本当に申しわけない」

「……え? じゃ、じゃあ今のお誘いは嘘ってこと?」

「いやそれはガチ。できれば良いから、今日は泊まってって欲しいかな」

「待って待って分からない! 私もう何が真実なのか分からないよ!? 遥斗君、実は私を心臓発作で殺そうとしてる!?」

「言い掛かりにしても不名誉がすぎる」


 何でだよ。千秋さんが散々アピールしてきたから、恥も外聞も無視して頼もうと思ったのに。そこからどう飛躍したら殺害計画に発展するってのさ。

 一応言っておくけど、嫌がらせとかでは断じてないからねコレ。あと軽い気持ちで言ってるわけでもない。頼むさいに多少の悪戯心が混ざったのは認めるが、それはある種の照れ隠し……いや違うな。もっとみっともない強がりだ。


「じゃあ何なの!? 遥斗君は何を思ってあんなこと言ったの!? やっぱり頭とか打ってる!? 救急車呼ぶ!?」

「正気を疑うレベルで信じられないのは分かったけど、体調関係はマジで心配しなくて良いからね? 何度も言うけど、怪我とか一切してないから。ピンピンしてるから」


 心配してくれてるのは痛いほど理解したよ。でもそろそろ分かって? 俺ずっと正気だから。錯乱とかしてないから。


「ただアレなんだよ。改めて言葉にするとめっちゃ恥ずかしいから、正直言いたくない」

「いや言って? 申し訳ないけど言って? 切実に私は説明が欲しい」

「……」


 うー、むぅ。言いたくねぇなぁ。冗談抜きで言いたくない。言わなきゃ駄目なのは分かってるんだけど。

 

「……あー、その、ほら」

「うん」

「今日の俺って、客観的に見ても凄い危ない目に遭ったわけじゃん?」

「そうだね。だからこうして私も、遥斗君の様子を見に来てるわけだし」

「でしょ? で、その、あー、正直かなり無理してたのよ。警察署にいる間はアドレナリンがドバドバ出てたのか、そんな感じはなかったんだけど。……一度帰って、千秋さんの顔見たら何か安心しちゃってさ」

「あ、うん。……ちょっと待って凄い顔がニヤケそう。ゴメンだけど一旦待って?」

「待たない。勢いで言わなきゃこっちがキツイ」

「遥斗君!?」


 申し訳ないけど無理です。本当に羞恥心がヤバいので。今の流れを逃したら、多分言えなくなるから。


「まあ、それでよ。安心したら、恐怖心的なやつが今更になって湧き出てきまして」

「それは……普通の反応だと思うけど? 恥ずかしがる必要ないんじゃない?」

「それで人肌恋しくなっても?」

「ふえ?」

「いやもう、本当にぶっちゃけるとさ。割と真面目に怖いのよ。さっきも風呂で血塗れの床とかフラッシュバックしたし、なんなら今も気を抜くと手とか震えそうになるし」

「……」

「だからさ、エロとかそういうのを抜きにして、千秋さんには今日傍にいてほしいんだ。適当に夜更かしとかしながら、俺が寝落ちるまで隣にいてほしい。……駄目かな?」

「……」

「千秋さん? やっぱ無理? 駄目なら全然構わないんだけ──」

「遥斗君!」

「うおっ!? は、はい! な、何でしょう?」

「今夜は! キミを! 寝かせません!!」


 いや寝かせて? 寝落ちするまで付き合ってほしいんであって、オールさせてとは言ってないのよ。ねぇ聞いてる?






ーーー

あとがき


はい。第一巻発売まで大体一週間前となりました。是非とも皆さん、予約とか購入とかよろしくお願いいたします。


で、話は変わりまして。事前に予告していたとおり、更新ブーストを掛けようかなと思ってはいるのですが、ここで皆様にお訊きします。


二、三日に一話ぐらいのペースでぽんぽんぽんと更新するのと、書きだめして発売開始より数日前ぐらいから連続投稿するの、どっちが良いですか?

なお、毎日更新は多分無理なので悪しからず。やりたい気持ちはあるんですけど、何分そこまでの余裕と気力はないです。


まあ、そんなわけで。軽く皆様に質問させていただきました。あ、ブースト自体はちゃんと掛けるつもりではあるので、そこはご心配なく。……なんとか頑張るんで。


それではご意見あればコメントに。あとついでにハートや星もください。

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