第60話 とりあえずは一段落
「……」
──死んだような顔で椅子に座る男がいた。なお場所は警察署とする。
「ぁぁ……」
客観的に考えると、警察署で燃え尽きている男で連想するパターンは三つ。犯罪に巻き込まれた不幸な被害者か、やらかした側である加害者。そして事件に巻き込まれた関係者だろう。
どちらにせよ、抱く感想としてはご愁傷様、または関わりたくないが妥当なところだろう。少なくとも俺ならそう思う。……問題はその男が俺自身ということなのだが。
「疲れた……」
いや本当に疲れた。一週間分ぐらいの気力が今日一日で消し飛んだ。
激動なんてもんじゃない。ストーカーが包丁構えて襲来し、店長が負傷。なんとかストーカーの撃退には成功したものの、その後に待っていたのは警察に対する事情説明と被害報告、及び店内に関する後始末。
駆け付けた警官たちに一連の出来事を説明し、怪我した店長は救急車で搬送され、当然ながら営業している場合じゃないので店を閉め。
現場検証っぽいものに付き合いつつ、出勤してたスタッフ総出で閉店作業を行ったり、今日休みだったメンバーに連絡を回したり。
で、ようやく一段落かと思ったら『じゃあ詳しい話は警察署で』と、何故か俺と近藤さんの二人だけがパトカーに乗せられる羽目になり延長戦が決定。
それがようやく終わって今である。ことが起きたのは夕方で、現在時刻が二十一時過ぎだ。どれだけ慌ただしかったかも分かろうと言うもの。
「やってらんないわマジで。警察の人らにはクッソ怒られたしさぁ……」
ちなみに俺が警察署に引っ張られた理由だが、負傷していた店長に代わって警察に対応していたことと、ストーカーに後遺症を与える勢いで撃退したことが理由だったりする。
曰く、やりすぎらしい。未成年の同僚を守るために割って入ったことは賞賛するが、流石に銀トレイを縦にしての顔面フルスイングは危険すぎると。
状況が状況なので正当防衛であることは認めるが、だからと言って相手に何しても良いわけではない。場合によっては過剰防衛として罪に問われかねないと、懇々と説教されてしまった。
「確か、近藤さんはもう帰ったんだっけ……」
溜息を吐きつつスマホを開く。一応、警察の人から一足先に帰ったと聞いてはいるのだが、自分の目でも確認したい。
そして目に入ったのは、近藤さんから送られたであろうチャット。大丈夫ですかと身を案じる内容から始まり、助けに入ったことに対するお礼、そして今日はお世話になりましたという文で〆られていた。
で、その下にもう一個丁寧なお礼の文が続いていた。冒頭に『彩音の母です』と名乗りがあったので、近藤さんのスマホを借りたのであろう。
とりあえず、問題らしい問題はなさそうでなによりである。ご両親も迎えに来て、付き添いの警察官とともに帰ったらしいので、今日は是非ともゆっくり休んでくれればなと。……俺も今日はゆっくり休むし。なんなら明日の大学も休む。
「──お待たせしました」
「あ、ども」
「それじゃあこちらに。ご自宅までお送りさせていただきます」
「すいません。お手数お掛けします」
「大丈夫ですよ。これも我々の仕事ですから」
刑事……いや警官? まあどっちでも良いか。警察の担当らしき人が来たので、頭を下げてから後ろに続く。
そうして一緒に移動して、辿り着いたのはパトカーの前。はい、まさかの送迎でございます。
何でこんなVIP待遇みたいなことになっているのかだが、その理由はシンプル。犯人を撃退こそしているものの、俺も被害者の一人であるからである。……警察署にまで引っ張ってこられたが、ちゃんと被害者扱いはされているのだ。
「いやにしても、最終的には捕まったとはいえ、あのクソ野郎結構逃げましたね。てっきり即確保されるかと思ってたんですが」
「ははは。こちらとしてはお恥ずかしい限りです。一応、直ぐに動いたんですがねぇ」
「家とかは割れてたんですよね? 前日に警察署に呼び出し食らってるってことは」
「まあ、そうですね。あんまり詳しいことは言えないんですが、とりあえず自宅には帰らなかったようで」
「駅近いし、電車で逃げでもしたんかねぇ……」
パトカーに揺られながら、手に輪っかを掛けられているであろうストーカーについて思いを馳せる。
とっくに身元も割れているし、起こした事件が事件なので、逃げたところで即逮捕されるかなと予想していたのだが……。中々どうして、ストーカーは社不に似つかわしくないガッツを見せたそうな。
まあ、事件現場であるマリンスノーは駅近の好立地だ。この場合の駅近とは、電車にタクシー、バスなどの足にこと欠かないということでもある。
またこれまでの情報から推測するに、ストーカーは地元民疑惑が濃厚なので、土地勘を使って上手い具合に逃げたのだろう。
警察側の包囲網というか、捜査規模やら何やらを知らないので所詮憶測でしかないのだが、こう考えると確かにワンチャンぐらいはある気がする。
「いやでも、歯とか折ったんだけどなぁ。なんなら、鼻や顎周りの骨が折れてても不思議じゃないんだけど……」
「言いたいことは分かりますけど、堂々とそういうの言わないでくださいねー。さっきお話してる時に散々注意されたでしょう?」
「アドレナリンとか出ててたんですかねぇ」
「どうなんでしょうねー」
なんとも気の抜けた会話だが、内容自体は物騒極まりない。
いやでも、実際よく逃げたものだと思う。あの顔面フルスイングを食らって、警察相手に鬼ごっこを続けるとは見上げた根性である。
普通ならそんなことできない。漫画やアニメじゃないのだ。歯は折られ、他の部分の骨にも異常が出ている可能性が濃厚で、なおかつ血だらけの状態でそうそう動けるものか。その点に関しては、俺としても素直に感心するしかない。
惜しむらくは、その根性が世のため人のために発揮されなかったことであろう。それだけガッツがあるなら、ストーカーなんかせずに真っ当に生きれば良かったものを……。
「えーと、この辺りでしたよね?」
「そうです……あ、見えてきました。この辺で大丈夫ですよ」
「分かりました」
とは言え、今更何を言っても詮無きことである。覆水盆に返らず。起こってしまったことは仕方ない。
ストーカーは重犯罪を犯し、物の見事に御用となった。この話はそれでお終いなのだ。
「ではお世話になりました。お送りいただきありがとうございます」
「いえいえ。近日中にまたお話しを窺うことになると思いますので、その時はどうか。お手数お掛けしますが、ご協力の程よろしくお願いいたします」
「はい。分かりました」
「では失礼します」
走り去っていくパトカーを見送る。そしてホッと一息。自宅を前にしたことで、やっと肩から力が抜けた気がする。
「……っ、ふぅ。疲れたぁぁ」
今日何度目か分からない呟きが零れる。とりあえず、さっさと風呂入って寝たい。泥のように眠ってしまいたい。それぐらいクタクタだ。
「ああでも、その前に飯……面倒だしカップ麺でチャチャッと済ますか」
流石に今日は飯を作る気力がない。腹はもちろん減っているが、気力が湧かない以上はどうしようもない。やることは最低限で済ませたい。
「……ん? 電気付いてね?」
──そんなことを考えていると、ふと気付いた。俺の部屋の電気が何故か付いている。
「家出る時はちゃんと消したし……。てことは、千秋さんの消し忘れか? いやでも、今日って千秋さん来ない日じゃ……?」
一瞬、我が家の家政婦モドキこと、警察のお世話になってない方の元ストーカーがミスをしたのかと首を捻ったが、直ぐにそれは違うと考え直す。
ほぼ毎日我が家にやって来ている印象が強い千秋さんであるが、流石にそんなことはない。
大学の講義やら、バンドの練習やらでどうしても時間が取れず、我が家にやって来ない日もあるにはあるのだ。……その頻度が異様に少ないのは間違いないのだが。
まあ、それはともかく。今日はその珍しい日に該当する。特に頼んでもないのに、千秋さんが事前に教えてきたので間違いない。
つまるところ、こうして部屋の電気が付いているのはおかしいわけで……。
「え、まさか泥棒? そんなことある?」
必然的に最悪の事態が連想された。ここにきてまさかのエクストラステージ疑惑である。警察の人を帰さなきゃ良かったかもしれない。
「……」
しかしながら、後悔先に立たずである。ずっとドアの前で突っ立っているわけにはいかないし、覚悟を決めて中を確かめなければ始まらな──
「……かして遥斗君!? 帰ってきたの!?」
「何だよ千秋さんか心配させないでくれる!?」
「いや私の台詞なんだけど!?」
前言撤回。エクストラステージはなかったです。てか何で千秋さんいるの?
ーーー
あとがき
昼夜逆転してると、早朝までは水曜日な気がしてくる不思議。
それはそうと、書籍発売まで一ヶ月となりましたね。そんなわけで軽いお知らせ。
書籍にはなんと特典があります。なおその話を聞いた時、私はマ?ってなりました。
詳細に関しては後日となりますが、とりあえずお楽しみに。
二つ目。もうちょいしたら今月の後半から更新頻度を上げる予定です。できれば発売日までにこの章は終わらせたいなーって感じ。
以上、軽いお知らせでした。
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