第57話 店長の懸念
「接触禁止令ねぇ……」
「そんなのあるんだなって驚きましたわ」
近藤さんから電話が掛かってきたあの日から、次の出勤日。
割り当てられた仕事をこなしつつ、隙を見て店長にストーカーの件を報告した。
一応、店長も関係者ではあるし、近藤さんの方から報告らしいものは受けているだろうが、念のためと言うやつだ。それに俺の視点からの意見も必要だろうと判断した。
で、その結果がこの微妙な空気感である。やっぱり店長も俺と同じ種類の懸念を抱いてるっぽい。
「ちなみに、効果あると思います?」
「……普通の人なら、警察の命令には従うと思うよ」
「普通の人は、そもそも警察から命令なんかされないんですがそれは」
「……」
この場合の無言とは、つまりそういうことである。効果は期待できない、いや期待しない方が良いと店長も考えているらしい。
いやまあ、そりゃそうだ。普通の人間ならストーキングなんてしないし、ストーカーでも躊躇うぐらいには俺たちも警戒している。
学校への登下校では、近藤さんのお母さんが駅まで付き添い。バイトでは俺がシフトを合わせて、自宅まで送っているのである。
ここまで警戒されてなお、ストーキングを続けるのだから、相手もまあ普通じゃない。ほとぼりが冷めるまで手を引く気配すら見せなかったのだから、余程の執着の持ち主だ。
そんな奴が警察に命令されたぐらいで、大人しくなるかと言うと……まあ期待薄だろう。
「はぁ……。やんなっちゃうねぇ。警察も命令なんて出してないで、とっとと捕まえてくれれば良いのに」
「それは本当にそう」
「あー、嫌だ嫌だ。オジサンになると穿った見方しかできなくなるんだから。嬉しそうに話してた近藤さんを見習いたいよ」
「一応、まだ警戒はしとくように釘は刺したんですけどねー」
「それでも事態が動いたことが嬉しかったんだろうさ。……本人がそれだけ堪えていたってことの裏返しでもあるけどね」
「本当、犯罪者ってクソっすねぇ……」
「全くだよ」
揃って溜息。マジで迷惑千万。いっそのこと階段から落ちて死なねぇかな。誰にも迷惑かけずに自滅してほしいんだけど。
「ま、現状こっちでやれるのは、気を抜かずに警戒を続けることだけだ。申し訳ないけど、今後も水月君には頼らせてもらうよ」
「言われなくても。ケリがつくまでちゃんと協力しますよ」
「うん。ありがとう。それじゃあ、仕事に戻ろっか」
「うっす」
現状維持との結論が出たので、報告会は終了。二人で事務所を出てホールに戻る。
「あ、店長に水月君! やっと戻ってきた! ちょっとこっちお願い!」
「え、うわー。目を離した隙に急に混んでら……」
「マジか。発注やりたかったんだけどな……。いや仕方ない。僕はレジと案内やるから、水月君オーダーお願いできる?」
「今日俺キッチンなんすけどー」
「キッチンは数足りてるから! ちょっとこっちお願いね?」
「ういっすー」
いやこれキッチンも直ぐに修羅場るだろと思いつつ、オーダーを捌いていかないとそもそも回らないのは事実なので、渋々店長の指示に従うことに。
忙しくなったらヘルプに入れられる。万能バイトの辛いところである。
なお修羅場前に人員を削られたキッチン組から、怨嗟の声が上がった模様。全員苦しむことには変わらないから諦めて頑張れとしか。
「あれ水月さん!? 今日キッチンでしたよね?」
「店長に駆り出された。それより近藤さん、四番と七番テーブルのお客様にお冷」
「あ、はい! ナイス店長これなら乗り切れる!」
すれ違った近藤さんに指示を出しつつ、その後ろ姿に苦笑する。
最近は密かに沈みがちだった近藤さんだが、今は珍しく気合いが入っている。それだけ警察が動いたことに安心したのか、修羅場のせいでそれどころじゃなくなっているのか。……絶対に後者だなコレ。
結局人間と言うものは、思い詰めた時は何かに打ち込んだ方が気が紛れるのである。それが避けようのない仕事だったら余計に。
メンタルがキツイ時に仕事を割り振るのも善し悪しではあるのだろうが、少なくとも近藤さんは良い方に転がったのだろう。
「近藤さん、本当に働いてる時は生き生きしてるよなぁ……」
バイトとか、もうちょいマイナスな感情を覗かせるもんだろうに。近藤さんの場合はストーカーなんてもんも生み出してるし。
普通なら、接客業全般にアレルギー反応を出してもおかしくないレベルだ。それなのに良くもまぁと感心してしまう。
仕事に対して色々と愚痴ったりはしてるが、それでも楽しそうに取り組んでいる姿も頻繁に目にしていた。根本的に接客業が、いや人と関わるのが好きなのだろう。
「水月さん! 二番テーブルのナポリタンとホットサンド! あと急いでキッチン戻って!」
「はい了解です。そんで戻って大丈夫かは店長に言ってください」
「店長ォ……! キッチンも大変なんだけど……!!」
一番大変なのは、キッチンとホールを行き来させられる俺なんですが。いや火に油だろうし言わんけども。
とりあえず、飛び火が怖いのでさっさとサーブに戻る。キッチンの恨み節はしっかり店長に届けてくれ。
「お待たせ致しました。ナポリタンとホットサンドでございます。ナポリタンのお客様……あ、はい。ホットサンドも、はいありがとうございます。注文は以上でございますね? こちら伝票でございます」
追加注文はなし。……っと、またベル鳴った。マジで今日忙し──
「きゃぁぁぁぁっ!?」
は? 悲鳴?
ーーー
あとがき
遅れました。まさか昨日が水曜だったとは……。定期的に曜日感覚が消えるここ数年。
それはそうと、書籍化に対するお祝いコメントありがとうございます! 励みになります! 買ってくれたらもっと励みになります!
んで、ついでにちょくちょく言われたタイトル変更についてざっくり解説。
Q.ストーカー消えたんか
A.最近のコンプラ的になー。絶対駄目とは言わんけど、安牌を取るとやっぱりね? 初見さんに倦厭されるかもだし
Q.タイトルのシルキーどこ行ったん……?
A.本文に移住した。あと帯とかカラーページとかにも移住するかも?
理由としては『シルキーって何?』って層にも届けるため。なんだかんだでファンタジー用語なので、詳しくない人は詳しくないからね。
Q.前のタイトルの方がインパクトあった気がする
A.そら(何でもありのWeb版でインパクト重視のために名付けたんがら)そうよ。
ただ新規やライトユーザー向けだとこっちよねってなりました
大体こんな感じでしょうか? ネタも交えているのでかなり雑な雰囲気ですが。
ちなみにタイトル周りは編集さんとガッツリ話し合い、同意の上で変えておりますのでご心配なく。マジで何個案を出したか憶えてない
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます