第54話 バ先の不都合
「──水月君。ちょっとこっちに」
キッチンで資材の発注をしていると、店長に呼ばれた。チラリと時計を見る。もうすぐ上がりの時間だ。
作業スピードを上げ、キリが良いところまで一気に終わらせる。とりあえず資材はOK。原料は店長に任せるか。
「お待たせしました。とりあえず資材の発注はやったんで、残りはお願いします」
「あ、うん。了解。ありがとうね。預かります」
「ういっす」
作業を引き継ぎつつ、店長の後ろに続く。予想はしていたが、何か話があるっぽい。この感じだと事務所かな?
「終わり前にごめんね? で、近藤さんの件なんだけどさ」
「はい。なんでしょう?」
「一応訊くけどどんな感じ? 私も報告自体は受けてるけど、付き添ってくれてる水月君の意見を教えてほしいな」
「ガチで犯罪一歩手前っすね。あー、この場合の犯罪ってのは、傷害とか、婦女暴行とかの意味で」
「……やっぱりかぁ」
店長が頭を抱える。俺も内心で頭を抱える。自分で言っておいてアレだけど、本当にこれ嫌すぎる。
「いやさ、水月君と近藤さんが移動しちゃったせいで、他の人たちにも迷惑掛かっちゃってるじゃん? それでちょっと苦情みたいなのが上がっててね……」
「苦情っすか」
「うん。でも内容が内容だから、あまり大っぴらに言えなくてね。……広まると、それはそれで他の人たちも萎縮しちゃうし」
「それはそう」
店長曰く、原因が原因だけに妙な情報格差が発生してしまっているらしい。具体的には、男性陣がハブになっているそうな。
切っ掛けが切っ掛け故に、パートさんたちの間では既に話は共有済み。バイトの女性陣も、パートおばちゃんらと仲の良い人らは伝わっているそうな。
それで何故男性陣に情報が回らないかと言うと、会話の機会の差だろう。大前提としてあまり言いふらすような内容ではないために、男女の雑談で題材として挙がらないのだとか。
「あとは場所もあるよねー。ほら、女の人らって、そういう話題は更衣室とかで話すから」
「あー」
分かる。マジでシークレットな内容は、休憩室じゃ話さないんだよ、パートさんって。わりと遠慮なく内容は共有する癖に、密談の体裁は無駄に拘るのよね。
だから男はハブにされがち。なんなら話題すら知らないなんてこともある。……まあ、パートさんの中でも、仲がよろしくないと情報共有されなかったりするんだけど。
「そんなわけでさ、ちょっと面倒な感じになってるんだよね。水月君とシフトが被ってた子たちの中で、事情を知らない側からアレな苦言が……」
「アレとは?」
「……どうも一緒に帰ってることだけは知ってるらしくてね。『イチャつきたいがためにこっちに迷惑掛けんな』って」
「誰っすかそれ言ったの」
「み、水月君。気持ちは分かるけど落ち着いて? 目が据わってるから」
落ち着いてますが? イラッとなんかきてませんが? ええ、外聞より知り合いの身の安全を取ったわけですしね?
全部納得の上で大学の授業料をドブに捨ててるし、危険なのも承知で近藤さんには付き添ってるし。外野の意見なんて気にしてる余裕なんてないですし?
「えーと、ね? 一応こっちでも注意したし、問題にならない程度に触りだけ事情も説明したからね? ただちょっと、もしかしたら水月君に変なことを言う人が出るかもって、先に説明しておこうかなって」
「……ああ、そうっすか」
「う、うん。本当に水月君には迷惑掛けてるし、落ち着いたらちゃんとお詫びとお礼もするから。もう少しだけお願いしたいんだ」
「まあ、別に構いやしませんけど」
前に千秋さんにも語ったことだが、今更手を引くなどあり得ないのだ。
そもそもからして良心と年長者としての義務感で動いているし、それに加えて現在は身の安全も追加されている。
最早他人の『お気持ち』でどうこうなる段階ではない以上、最後まで付き合うしか俺に選択肢はない。
「……でもやっぱりそうだよねぇ。意外と大丈夫そうなら、徐々にシフトとか元に戻していこうかなって思ってたけど。そんな感じじゃないよねぇ……」
「わりと真面目にヤバいことになりますよ? 少なくとも、ストーカーが逮捕されるまでは気が抜けないです」
「だよねぇ……」
やはり店長も危機感がMAXになっているらしい。正直、ここまで来たら近藤さんにはバイトを休んでもらいたいが、それと同じぐらい目の届く範囲に居て欲しい気持ちがある。
実際、事態はかなり切迫している。マジでストーカーの雰囲気がヤバいのだ。たまにそれとなく視線の中に収めるようにしているのだが、毎回ヤバい感じがある。なんと言うか、目がイッている。
能天気な近藤さんも、ようやくことの危険性に気付いたようで、挙動の端々に怯えが出ている。登下校の際には母親が駅まで付き添っているそうだし、休日は家から一切出ないようにしているそうな。
俺が送る時も、かなりしっかりくっ付いてくるようになった。……正直、傍から見たらイチャつきと思われても仕方ないレベルだ。
ただそれがストーカーを刺激している気もするので、なんとも言えない部分はある。正しく危機感を抱いてくれるのは結構だが、それでストーカーの危険度まで上げないでほしい。
「はぁ……。接客業だし、お客様とのトラブルが起きるのは想定してたけどさ。僕も店をやって長いけど、流石にこういうのは初めてだよ」
「でしょうね」
「ストーカー云々なんて、人生で縁がないと思ってたんだけどなぁ……」
「でしょうね」
実際、ストーカーなんて普通に生きてればまず関わらないだろう。……俺はエンカウント二回目だが。本当に何だこの人生。
ーーー
あとがき
方々に悪影響が出てるよって話。
ちなみに主人公が働く喫茶店は、特段従業員仲が良いわけでもなく、悪いわけでもないです。普通のバイト先。
……なんでパートのおばちゃんたちって、何食わぬ顔してギスるんでしょうね?
それはそうと遅れました。実はまた最近忙しくてですね。確定申告やら、各種書籍化作業やらで地獄です。
場合によっては、スケジュール関係で近況ノートを使うかもなので、それだけ先んじてご報告させていただきます。
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