第53話 シルキーの不安

 ある日の木曜。休講の関係で大学が早く終わり、バイトも入っていないために半休が発生。

 そこに千秋さんの予定が上手いこと噛み合い、昼過ぎぐらいから二人でずっと部屋で過ごしていたところ。


「……で、どんな感じなの?」

「何が?」

「バイトちゃんのストーカーだよ。ストーカー。遥斗君が協力してから、大体一周間は経ったわけだけど。何か動きとかあったの?」


 お菓子を片手にスマホを弄っていた千秋さんが、唐突にそんなことを訊いてきた。……なお、その表情は不満げで、未だにこの件についての納得がいっていないと全力でアピールしている模様。


「急に機嫌悪くなるじゃん。さっきまで鼻歌歌ってスマホやってたのに」

「そりゃご機嫌でしたよ。今日は予定より長く遥斗君と一緒にいれるし? 最近は家事さえ終われば、ここで寛いでても遥斗君も何も言わなくなったし? やることも多くなかったから、まったりお家デートを楽しんでましたよ」

「……一部語弊があるけど、まあ良いや。んで、そこから何で唐突に近藤さんの話が出てきたわけ?」

「堪能してた途中思い出しちゃったからだよ! スケジュールが噛み合って良かったってニマニマしてたら、最近遥斗君のスケジュールがおかしくなったってことをね!! そしたらムカってきました!!」

「情緒ジェットコースターなの?」

「だって不愉快にもなるでしょ! 人の彼氏を都合良く使ってくれちゃってさ! しかもそのバイトちゃん、遥斗君にちょっかい掛けてるんでしょ!? そんなの『ハァッ!?』ってなるじゃん!」

「勝手に恋人を自称せんでもろて」


 流石に彼氏扱いは見過ごせんよ? そんなことしたらこれ幸いと外堀埋めてくるだろうし。

 お家デート云々は、あくまで自己解釈の範疇としてスルーしてあげただけだからね? そこそこの頻度で、そこそこの時間千秋さんが部屋にいるようになったから、もう似たようななもんだし良いやと妥協しただけなんで。

 その辺は履き違えないでください。部屋に長時間居着くことと、恋人関係になることは別物です。


「それでも遥斗君と一番距離が近いのは私なの! 恋人以上夫婦未満なの! ポッとでのJKなんてお呼びじゃないし、危ないことに巻き込むなんて言語道断なんですぅ!!」

「意地でも貫き通すじゃん」


 なんなら恋人より上のポジションに移行しようとしてんじゃん。図々しいにもほどがあるでしょ。メンタル鋼か。……ストーカーしてる時点で鋼か。


「まあ、恋人云々はゴミ箱に叩き込むとして」

「そこはせめて脇に置いてほしいんですが! てか、遥斗君も意地張りすぎじゃない!? 私と遥斗君の関係は!?」

「知人」

「お願いだから友人扱いはして!?」


 ちょっと前までは友人にカテゴライズしても良かったんだけどね。身分詐称する人間を友達と呼ぶのはどうかなって思って。


「話を戻すけど。近藤さんの件は特に進展ないよ。ただバイト終わったら、家まで送ってるだけ」

「……ストーカーは?」

「たまにいる」

「いるの!?」


 残念ながらいました。毎回じゃないのが救いだけど。


「おかげで俺も、最近バイトでチャリ使うようになったんだよねぇ」

「……何で自転車?」

「逆恨みで自宅特定からの家凸されても困るじゃん」

「あ、うん……」


 最初にストーカーの存在を確認してからは、自分の身も守らなきゃってことで移動手段は即変えた。

 近藤さんを家まで送ったら、自転車かっ飛ばして滅茶苦茶に走り回って、確実に撒いてから帰るようにしてます。出勤に関しても、家から向かう時は似た感じにしてる。

 こういうのは警戒するに越したことはないからね。……ここには千秋さんも通ってるし。


「なんか、思ってた以上にガチじゃん。大丈夫なの……?」

「今のところは。ただコソコソ付いてはきてるから、やっぱり付き添いはしなきゃって感じ」

「ちょっとぉ! 予想以上にちゃんと危なそうじゃんか! やっぱり警察に任せた方が良いんじゃない!?」

「んー、俺もそこまで詳しくはないんだけどね? 雰囲気的に、そろそろ動き始めんじゃないかなぁ」

「そうなの!? 何時から!?」

「流石にそれは知らんけど。でも、自衛だけじゃ限度があるし。警察の動きが鈍いって言っても、ここまで不穏になってくるとねぇ……」


 一応、初期の相談でもパトロールを増やしたりはしてくれてたらしいのだが……。ちょっとそれだけじゃ足りなそうな気配が漂ってきているのも事実。

 男が側に控えた状態ですら、明らかに家まで付けてきているのだ。それが複数回ともなれば、冗談抜きで最悪の事態まで進みかねない。


「ちょっと前にストーカー中の映像も撮ったし、それで警察も本腰入れてくれると思う。……多分」

「映像なんて撮れたの? 良くそんなことできたね?」

「どっかの誰かさんのおかげで、隠しカメラは持ってたからねぇ。それを上手い具合に近藤さんに持たせた」

「……そのどっかの誰かさんって、もしかして私?」

「自覚があるようでなによりです」


 いや本当、世の中って何がどう転ぶか分からないものだ。まさかストーカーだった頃の千秋さんのために用意した代物が、こんな形で再び日の目を見ることになろうとは。

 正直、再利用できるとは全く思ってなかったのでビックリしてる。あと、隠しカメラを渡した時の近藤さんもビックリしてた。

 ヤバイ勘違いが発生しかけたので、千秋さんのことをザックリ説明してどうにか納得してもらった。……盗撮犯扱いを免れたことは助かったが、代わりに謎のシンパシーが発生してアピールが増えたのは誤算だった。

 てか今更だけど、俺の人生ちょっとストーカーに縁がありすぎないか? 対象こそ違うものの、普通はこんな立て続けにストーカー案件なんぞやってこないだろうに。呪われてるのだろうか?


「ま、そんなわけで。この件、案外早く決着が着くかもしれないんだよね。相手逮捕で」

「映像が決め手?」

「さあ? あれが証拠扱いされるかは知らない。盗撮判定だったら、証拠になんないって聞くし。……ただまあ、警察が動く根拠にはなるんでない?」


 ここからどう動くかは、流石に俺にも分からない。これで一気に片が付く気もするが、ストーカー犯罪だと警察は後手に回りがちな印象もある。

 結局、そういうのに詳しいわけではないので、解決するまでは現状維持かなって。


「……怖くないの?」

「そりゃ怖いよ。あと面倒くさい。……でも、乗りかかった船だしねぇ。近藤さんのお母さんからもお願いされちゃったし」


 ボディーガードを始めた日にね。家まで近藤さんを送ったら、お母さんが出てきて深々と頭を下げられたのですよ。

 涙目のままあれだけ申し訳なさそうにお願いされたら、流石に怖いなんて言ってられないかなって。

 自宅まで特定されてる以上、バイトの有無は正直もう関係ない。今更辞めたところで無駄だろうし、ここまで不穏だと顔見知り&年上として看過できないからね。

 もうやるしかないでしょう。ここで逃げるのは俺の良心が許さない。嫌だよ、こんな若い身空で重たい後悔背負って生きるのなんて。

 最後まで付き合って、一安心して一件落着。それが一番だ。……てか、最初に近藤さんを送った時点で、ストーカーに俺もロックオンされてる可能性高いし。そういう意味でもやるっきゃないのだ。


「……うぅっ。心配だよ私はぁ……!」

「心配してくれてありがとね。これについては素直に嬉しいので、お礼は言わせていただきます」

「あとシレっとバイトちゃんが親紹介してるのが納得いかないー!!」

「台無しだよ」


 もうちょっと堪えられなかった? 俺、ちゃんと千秋さんに感謝してたんだけど? 折角ジーンときてたよに。感動返して。






ーーー

あとがき


前回の休載文なんですが、エピソードの消去のやり方分かんなくて、書き直す形にしました。

ちょっと更新通知がどうなるのか不安です。まあ、通知来なかったら次回冒頭にでも書いときます。


ちなみに遅れた理由は燃え尽き症候群です。なんとか山場を超えて気が抜けました。





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