第52話 始まりは平穏に

「──いらっしゃいませー。二名様でよろしいでしょうか?」


 視界の端で、近藤さんが来店したお客様に対応している姿が移る。


「水月君」

「店長」


 今日から開始となる近藤さんの護衛擬き。始まる前に近藤さんの嘘が発覚したり、話を聞いた千秋さんがヒートアップしたりといろいろあったが、幕開け自体は平静そのものと言って良いだろう。


「慣れない時間だろうけど、どんな感じだった? 問題とかない?」

「いえ特には。まあ、いつものメンバーじゃないのが若干違和感ありますけど。それだけです」

「ははは。キミはシフトがほぼ固定だったからね。確かにそれは大変かもね」

「大変ってほどじゃないですよ。やることは変わんないんですから。むしろ当分はピークタイム前に抜けることになりますんで、そういう意味ではラッキーかも?」

「ああ、うん。そうだよね。今後は水月君いないんだよね。どうしよっかなぁ本当……」


 訂正。店長だけは順調な滑り出しとはいかなかった模様。まあ、俺のシフト変更に伴い、結構な日数でピークタイムに主戦力が抜ける事態が発生しているので、さもありなんというやつだろう。

 トラブルが起きると否が応でもトラブルに対応しなければならない。まさしく管理職の苦悩である。


「まあでも、仕方ないよね……。大切な娘さんを預かってるんだ。よろしくされちゃった以上は、なんとか回すしかないか」

「ソッスネー」


 決意を固める店長だが、背景を知ってる側からするとなんとも言えないものがある。

 この反応からして、近藤さんに騙されたこと多分知らないんだよな店長。結局近藤さんの両親がOK出しちゃったから、その辺りが有耶無耶になっててもおかしくない。

 近藤さん、かなりちゃっかりしてるから、騙してたことをわざわざ伝えるとは思えないんだよなぁ。結果は変わらないから伝えなくて良くないと首を傾げそうと言うか、そもそも伝える選択肢自体が存在していなさそうと言うか。

 かと言って、俺の方から伝えるのもなぁって部分もある。既にことは始まってしまっているし、今更余計なことを伝えて二転三転されても困るのだ。

 ならばこのままやっちまえってのが、俺視点の感想である。近藤さんの教育的にはアウトな気もするが、そこは俺の預かり知らぬところではあるし。

 今回の件を成功体験として歪むか、上手い具合に折り合いをつけて世渡り上手に成長するかは、本人の善性次第だろう。……全部無自覚でやってるため、成長もクソもないという一番アレなパターンの可能性もあるが。てかその可能性が高い。


「……ねぇ水月君。ちょっとで良いから、応援とかお願いできない?」

「無理っすよ。今回だってどうにかシフト変更に対応したんすよ? どんだけスケジュールと睨めっこしたと思ってんすか」

「……そうだよねぇ」


 流石にこれ以上の負担は勘弁してくれ。確かにある程度融通の効く生活をしているとはいえ、ちゃんと無茶はしているのだ。……具体的に言うと、いくつかの講義を早抜けしたり、サボったりしている。

 ただこれは、単位に余裕がある&前期も後半で大半の講義の出席日数はクリア済みだからこそできる荒業。多用すると痛いしっぺ返しが飛んでくるので、やはり無茶は最低限で済ましたい。


「と言うか、ついでに話したじゃないですか。このままだと税金ヤバいんで、全体的にシフト減らすって」

「趣味が収入に繋がったんでしょ? それは承知してるんだけど、水月君って戦力的に大きいんだもん……」

「オッサンがもんとか言わんでください。……あ、もう時間なんで上がりますね」

「水月君が辛辣だ……。あ、じゃあついでに近藤さんもお願いね」

「了解です。んじゃ、お疲れ様でーす」

「お疲れ様」


 店長に軽く頭を下げたあと、言われた通り近藤さんを回収に。ちょうどお客様の対応を終えていたので、手招きしてこちらに呼び寄せる。


「どうしました?」

「時間。上がって良いってさ」

「あ、なるほど。じゃあ、これ置いたら上がります」

「はいはい。着替え終わったら休憩室で」

「分かりましたー」


 伝えるべきことは伝えたので、一足先に更衣室に。そして制服から私服に着替え、休憩室にて暫く待機。

 手持ち無沙汰なのでスマホを弄っていると、高校の制服に着替えた近藤さんがやって来た。


「あ、お待たせしました水月さん!」

「待ってないよ。むしろ予想より早かった」

「人待たせてんのにのんびり着替えるとでも!? 水月さんの中で私ってどんな印象なんです!?」

「前にも言ったけどギャル」

「じゃあギャルの認識が間違ってんすよ。そこまで非常識じゃないんで。そういうのは少数派ですって」

「ふーん」

「ふーんて」


 その少数派に近藤さんが入ってるって話なんだけどなぁ。面倒だから言わないけど。


「ま、それはともかく。んじゃ、帰るとしましょっか」

「……うっす」

「もしかして緊張してる?」

「……少し。やっぱり怖いものは怖いんで」

「ならなんで……はぁ」


 怖がるんならバイト辞めれば良いのにと思わなくもないが、もうこの点は何度も話し合ったこと。いちいちほじくり返すのも無駄というやつか。

 ここで俺がするべきは文句を垂れることではなく、粛々とやるべきことをやって、さっさと家に帰ることだ。


「後ろ」

「え?」

「そんなに気になるんなら、後ろ歩きな。背中で隠してあげるから。意味あるかは知らんけど」

「……そこは手を繋いだりするところじゃないんすか?」

「制服着てる女子高生と? 社会的に死ねと仰る?」


 できるかそんなこと。外聞悪いなんてレベルじゃないぞ。


「てか、今更だけどなんで制服なの? 家近いんでしょ? なら一回帰ればいいのに」

「いやいやいや。それだと着替えなきゃじゃないすか。家よりマリンスノーのが駅から近いですし。むしろ一度帰る方が手間でしょ」

「そんなもんか」


 俺なら一度帰宅して、私服に着替えて荷物置いたりするのだが。まあ、人それぞれってやつだろう。


「じゃ、帰るよ」

「はい! あ、引っ付いたりはOKです?」

「却下。それより、もし例の男がいたら教えて。俺、まだそいつ見たことないから」

「……うす。それはそうと水月さん」

「なに?」

「今の減点。せっかくカッコ良かったのに、わざわざ怖いこと思い出させるのはナシです」

「馬鹿なこと言ってないで早く帰るよ」

「えー」


 えー、じゃない。……ったく、緊張感がないと言うか。これからどうなるんだろうねぇ。




ーーー

あとがき


大学のこととか、学生時代のバイトのこととか、思い出しながら書いている。夏休みが何時からとかマジで忘れてる。

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