第50話 つ鏡
「──そういや俺、ちょっとバイトのシフト変わるんだよね」
近藤さんとファミレスで話し合ってから、数日。いつものように我が家で家事をしている千秋さんを見て、俺のスケジュールを伝えなきゃなと思いまして。
「んー? どっかで休み取ったってこと?」
「いやそうじゃなくて。シフト自体が変わるの。わりとガッツリ」
「……え?」
──そしたらどう言うわけか、千秋さんは絶望の表情を浮かべながら、抱えていた洗濯物を落としたのでした。……えぇ?
「じょ、冗談だよね? お茶目なジョーク的な……」
「んなわけないが?」
「ど、どれぐらい変わるの……?」
「えっと新しいシフト表が……」
確かカバンの中に。……あったあった。内容的には、多少の擦り合わせはしたものの、基本的には近藤さん側のスケジュールに合わせた形になっている。
いやはや、一、二年の時にフルで単位を取っていたので、大学のスケジュール的にかなり余裕があったのは幸いだった。あと、イラストの副収入。
このままいくと毎月そこそこの金額になりそうだったので、ついでに店長と相談してバイトの時間を削ったのだ。大学生だと税金や扶養の問題があるので、ある意味良い機会だったかもしれない。
あ、ちなみに近藤さんのバイト問題については、ドチャクソに怒られ、心配されたそうだがなんとか説得できたらしい。……説得できるとは思わなかったけど。どんな説得をしたかは謎だ。俺の助力も不要だったみたいだし。
「とりあえず、当分はこんな感じかなぁ」
「こ、こんなに……? これじゃあ、会える時間が減っちゃう……」
「いや、シフト的には削られてるし、むしろ顔合わせる頻度増えない?」
「増えないよ! 私、今までの遥斗君のシフトでスケジュール組んでるんだよ!? 講義はもうどうしようもないから、バンドの方でいろいろ調整してるの! 遥斗君のバイトの時に練習入れたりとか! だから少なくとも、今月は減っちゃう!」
「あ、ふーん」
「反応薄くない!?」
いやだって、俺は別に顔合わせなくても困らないし……。合鍵も渡してる以上、家に出入りする分には不都合もないわけで。
シフト変更を伝えたのも、単純に千秋さんが来た時に『あれいない?』ってなるのを防ぐためってだけだし。
「というか、何で急にシフト変わったの!? 遥斗君、特別な予定なきゃずっと固定するタイプでしょ!? てか、そもそもシフト変更って普通は来月からじゃないの!?」
「いやー、それがちょっと面倒ごとでねぇ……」
ごもっともな疑問であったので、シフト変更となった経緯をざっくりとだが説明していく。
「──なにそれおかしくない!? ストーカーとか絶対危ないじゃん!」
「ここ姿見とかないんだけど」
「鏡見てから言えとでも!?」
そうだよ。
「いや確かに私が言えたことじゃないんだろうけど、そうじゃなくて! 何で遥斗君が巻き込まれてるのって話だよ! そんなのバイトのすることじゃないって!」
「うん、知ってる。ただ断るとパートさんが怖くてねぇ……」
「それもおかしいんだって! そんな理由で犯罪に巻き込まれたら堪ったもんじゃないでしょ!?」
「鏡」
「茶化さないで!」
「ア、ハイ」
思ってた以上にガチな剣幕で怒られたので、少しばかり意識を切り替える。
いろいろと前科のある人ではあるが、千秋さんも真面目に俺のことを心配してくれているらしい。ならばある程度の気恥しさは飲み込んで、ちゃんと向き合うべきだろう。
「まー、アレだよ。そうやって千秋さんが俺のことを心配してくれるように、俺もなんだかんだで近藤さんのことは心配だし」
「……正直なところさ、私その女の子に良い印象ないんだけど。聞いた限りの話だと、結構ヤバい子じゃない? 心配するより、距離置いた方が良くない?」
「んー、まあねぇ。これが大学生ぐらいなら実際その通りなんだけど、近藤さんまだ高校生だし。こんなもんじゃない?」
「いやいやいや。高校生だって自分の行動の客観視ぐらいはできるでしょ。どう考えても危ないし、バイト上でしか付き合いのない知り合い巻き込むとか普通やらないでしょ」
「ストーカーさんや。客観視がなんだって?」
「うぐっ……」
近藤さんが評価が『ヤバい』になることは同意するし、言ってることも正論ではある。ただ言ってる側のかつての所業が所業だけに、説得力が欠片もない。おま言うってやつだ。
「正直な話、千秋さんと知り合ったせいで縁切りのラインが上がった気がするのよね」
「私が原因なの!? ……いやでも否定できない!」
ストーカーして不法侵入して、挙句の果てに家事で存在主張しながら服とかすり替えてた知り合いがいるからね。なんなら今目の前に。
それに比べれば、言動がアレで頭が弱くて恐らく無自覚に自分本位なところがある女子高生なんて、まあ可愛いものだろう。悪意があるのならともかく、ないのなら許容範囲かなと。
あとやっぱり、年齢と学生フィルターを踏まえれば、こんなもんじゃないかなぁ。小学生と中学生、中学生と高校生、高校生と大学生。ほんの二、三歳差だが、体感だとかなりの差があるものだ。
十代の数歳差は大きいし、学校もまた社会とは大きく違う。バイトに出てようやくそれを実感する大学生だっているのだから、近藤さんの言動もまだ『若さ』の範疇じゃないかって。
「あとはやっぱ、近藤さんって可愛いんだよねぇ」
「は?」
「急に声冷たくなったね」
「私に対する宣戦布告じゃんこんなの」
「怖いって」
千秋さんの据わった目とか初めて見たんだけど……。
「いやでも、男なんてそんなもんでしょ。見た目が良くて愛嬌もある子に頼られれば、多少なりとも甘くなるって」
「へー、ほー、ふーん?」
「一応言っておくけど、千秋さんを前に見逃したのも、同じ理由だからね? 不細工だったら即警察呼んでた」
「……ふーん?」
「頬ひくついてますけど」
「うるさいなぁ! 落としてから上げるとか遥斗君ちょっとズルいんだけど!? 私怒ってんだよ!? 遠回しに可愛いって言われたら嬉しくなっちゃうでしょ!?」
「チョロいなぁ」
「ちょっとぉ!?」
事実を言っただけで勝手に機嫌が治るんだから、本当にお手軽な性格してるよね千秋さんって。内容自体はかなりゲスいこと言ってるのに。
「うぐぐぐっ……! ま、まあ? 遥斗君もなんだかんだ男の子だし? わ た し みたいに可愛い子に甘いところがあるのも、知ってはいたけど?」
「はいはい」
「それでも通い妻としては! 旦那様にはそういう危ないことに首突っ込んで欲しくないんですよ!」
「うんうん。ちょっと待とうか」
通い妻じゃねぇから。何度も言ってるけど、家政婦と雇用主だっての。てかせめて僭称するにしても彼女にしろ。夫婦気取りは図太いがすぎるだろ。
「急にギア上げてきたけどどうしたの?」
「だって遥斗君、告白されたんでしょ!? なら私の方が上だって示さなきゃじゃん!」
「精々がモーション掛けられたぐらいなんだよなぁ」
「同じだよ!」
いや結構違うと思うけど。
「……てか、やけに近藤さんに厳しいのってそういう?」
「いやそれについては恋愛感情とか抜きにした上での評価」
「それはそれで救いなくない?」
嫉妬で厳しく当たってるならともかく、素でそう思ってるのならブーメランの切れ味が上がるだけなんですが。
千秋さんあなた、通報前に示談が決まるミラクル起こしただけの犯罪者だからね? その辺ちゃんと分かってる?
「だって危ないじゃん! 何度も言ってるけどさ! 遥斗君を巻き込んだ時点で、私としては厳しくもなるよ!」
「それだとマリンスノー自体がアウトじゃない? 最終的に決めたの店長だよ?」
「個人的には原因その二のパートさんはアウト。店長さんは遥斗君と同じく振り回されてる被害者だと思う。でもやっぱり、一番の元凶は近藤さんって子」
「うーんシビア」
いや間違ってはないんだけどさ。それはそれとして、やはり同性になると判定厳しくなるんだなぁって。
俺や店長の場合、パートさんたちには強く出れないから渋々折れるしかなかったし。近藤さんは『被害者』の認識が強くて、可哀想だし仕方ないかなって思ってしまってるし。
なので少し新鮮と言うか、本気で俺を心配してるのが伝わってくるので、普通に嬉しかったり。
ただ同時に、やっぱり知り合いの女の子が危ない目に遭うかもって状況で、何もしないってのは寝覚めが悪いと言うか、落ち着かない感覚もあるわけで。
「まー、危ないのは否定しないけどね。ちゃんと自衛のための手段は用意してるから、心配しないでよ」
「……自衛って? なに遥斗君って喧嘩強いの?」
「中高の体育で柔道やってたから。あと漫画でストリートファイトの奥義も学んだ!」
「ぜんっぜん信用できないんだけど!? 体育の授業と漫画知識で自衛とか正気なの!?」
「最終的には、クラスのインハイ常連柔道部レギュラーと互角ぐらいになってたから! 多分イける、はず!」
「いや全然駄目……え、待って凄くない? 遥斗君マジで喧嘩強い民?」
「高二の時に、柔道部の顧問から『お前なら今からでも全国優勝狙える』とガチ勧誘されるぐらいには」
「予想外の情報のせいで、今までの話題が全部どうでも良くなったんだけど……」
自分で言うのもアレだけど、コミュニケーション能力以外は大概ハイスペックよ俺。
ーーー
あとがき
『見た目が可愛いくて、馬鹿ではあるけど性格自体は悪くないから、トラブルメーカーでもある程度は大目に見る』
男が協力する動機なんてこんなもんで良いんですよ。もちろん、主人公は良識もちゃんと兼ね備えてます。だからこそ余計にって感じ。
なによりメインヒロインがガチ犯罪者だからね! そりゃちょっと頭が弱いギャルJKなんて微笑ましく思いますわ!
大体この作品における真面目な話、特に説教関係は、主人公かヒロインにブーメランとしてぶっ刺さってきます。
それはそれとして、そろそろ更新頻度を整えなければ。原因は間違いなく昼夜逆転生活なんですけどね……
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