第45話 因果は巡る
──労働というものは、無理難題の連続である。それはバイトであっても変わらない。
「店長ー? 言われたから来ましたけど。なんかあったんですか?」
「ああ、水月君。わざわざ悪いね」
普段通りにバイトとしての作業をこなしていた最中、何故か店長に呼び出されて休憩室に。
てっきり業務関連で何かやらかしたのかと思ったのだが、生憎と思い当たる節はない。そして案の定、店長もそういう雰囲気ではない。
「……なんすか本当に。すっごい面倒そうな気配するんすけど」
「あはは……。分かっちゃう?」
「分かりますよそんくらい」
困ったように笑う店長に対して、渋い表情を浮かべて溜息を吐く。
こちとらバイトではあるが、店内のポジション的には準社員のような立ち位置になっているのだ。厄介事かどうかなど、店長の表情と雰囲気だけで判別できる。
なにせバイトの中では古株で、受け持つ業務はホールとキッチンの両方。できた方が良いという名目で、叩き込まれたアレコレ。
最終的には業務のほとんど、それこそ発注や棚卸しすらやらされてきた経験が言っているのだ。今回も『そう』だと。
「で、今日は何の無茶振りですか? これ以上はマジで給料上げてもらいますよ?」
「あはは……。いや本当にゴメンね? 水月君は頼りになるからさ」
「単に店長たちが、パートさんたちの機嫌を損ねたくないだけでしょ」
「何度も言うけどね、水月君。接客業において、パートさんたちこそがボスみたいなものだから」
「知ってますよ、んなこと」
パートさんたちを敵に回してはいけない。コレは接客業の真理である。
「ただまあ、安心して。今日は業務がどうこうって話じゃないから」
「そうなんすか?」
「うん。あんまり大きい声では言えないんだけど、近藤さんがちょっとね……」
「近藤さんが?」
近藤さん。フルネームは近藤……彩音だっけ? 今年の春頃にホールとして働きはじめた女子高生である。
性格はギャル、いや典型的な陽キャか? なんというか、良くも悪くもクラスの中心にいるタイプの女子って印象。声大きいし、若干アホっぽいし。
ただまあ、悪い子ではないと思う。基本明るいし、常にニコニコ笑っているし、見た目も可愛いらしいしで、年上から好かれるタイプだ。
具体的な例を挙げると、パートのオバサマ方からめっちゃ可愛いがられてる。家猫かってレベルでお菓子貰ってる。
「彼女がどうかしたんですか? ヤバいことやるような娘さんには見えませんけど」
「ああ、うん。近藤さんに問題があるわけじゃないんだ。……実は、ちょっと付きまといされてるみたいで」
「付きまとい?」
妙に身に覚えのある、それでいて物騒な単語が聞こえてきたことで、意識を切り替える。
「実はちょっと前から、仕事中にあるお客さんから話しかけられてたそうでね。最初は近藤さんも仕事中なのでってあしらってたんだけど、そしたら悪化しちゃってね。他の子経由で連絡先の書いた手紙渡してきたり、退勤時間に待ち伏せされたり」
「それ俺に話してどうするんです?」
いや、これ本当に厄介事のジャンルが変わったと言うか、明らかに業務外だしバイトの出る幕じゃないでしょ。
なんだ手紙に待ち伏せって。普通にヤバい案件じゃんか。
「そこはもう素直に警察では?」
「……被害が出たわけじゃないから」
「あー……」
待ち伏せぐらいじゃ警察も動けないと。まあ、被害、いや危害と認定するには微妙なところよなぁ。……千秋さんみたいに不法侵入とかなら一発なんだろうけど。
「一応、店としても可能なことはしたんだ。件の男性は出入り禁止にしたし、念のため渡された連絡先の写しもとった。あと近藤さんのシフトを早い時間に変えたり」
「ほう」
そういや最近近藤さんとシフト合わないなと思ってたけど、そういう理由かぁ。前に会ったのが千秋さんのビキニエプロンの時だから……一週間ぐらいかな?
つまり先週ぐらいから事態が動いていると。蚊帳の外だった身としては、随分と急速に状況が変わっているなと思う。
「ただ、それでも効果があるかと言うとね……。出禁にしても働いていることには変わりないし、店外で待ち伏せされたらお手上げだ。実際、されたっぽい」
「相手そんな暇人なんすか?」
「……確認した印象だと、お世辞にも社会人って感じではなかったかな」
「年齢は?」
「恐らく、二十後半から三十代」
「完全にアウトでしょそれ」
近藤さんJKだぞ。わりとスタイル良いし、髪も金に染めてるから大人びてるけど。あの子ゴリッゴリの未成年だぞ。
明らかに成人してて、パッと見でフリーターまたはニートと推測される外見の人間が言い寄るって……。どう考えても事案だろ。
「で、近藤さんはどうしたんですか?」
「んー、本人は気にしてない感じを出してるんだけど、やっぱりちょっと周囲を気にしてる感じはあるかな……」
「そりゃまた可哀想に」
まあでも、そうだよな。どんなに図太そうな言動をしていても、近藤さんも普通の女の子である。不審者に付きまとわれているとなれば、そりゃ敏感にもなるかー。
「とりあえず、事情は分かりました。近藤さん、辞めちゃうんですね」
「いや違うけど」
「あれー?」
え、違うの? 近い内に辞めるから、シフトの調整をお願いされる的な話かと思ったんだけど……。
「いやあの、近藤さん辞めないんすか? もう辞めるぐらいしか選択肢残ってない気がするんですけど」
「うん。僕もそう思ってたんだけど、彼女はどうしても辞めたくないって」
「何故に」
「時給が良い、家から近い、制服が可愛い、金髪OKだからだって。あと、もうすぐ夏休みだから稼いでおきたいとも」
「自分の安全には変えられないと思うんですけど」
「それは僕も言ったんだけどねぇ……」
明らかに優先順位がおかしいというか、度胸があるというか。それとも、最近の女子高生ってこんなものなのだろうか? ……俺が言えた義理でもないけど。
「ちなみにご両親はなんと? 未成年ですし、親が危険と言ったらそれまででは?」
「それがねぇ。本人の意志を尊重してください、だって」
「えぇ……」
いやいやいや。親としてどうなんだそれ。放任主義にしても限度があるだろ……。
「ともかく。彼女自身に落ち度があるわけではないし、保護者も同意済み。である以上、働きたいと言われたら、こっちとしてもその意志を尊重するしかなくてね。……人手が減ると困るのは事実だし」
「……まあ、ようやく戦力になってきたってのは認めます」
労働力的な意味では、確かに近藤さんに抜けられるのは痛いというのは事実である。
「ただ危険があるのを分かっていて、何もしませんってのは問題だろう? ましてや近藤さんは高校生、子供だ。雇い主としても、大人としても見過ごせない」
「大人としてと言うのなら、無理矢理にでも辞めさせるべきな気もしますが」
「……おじさんじゃあ、今どきの若い子には強く出れないんだよ」
「悲しいっすね」
凄い苦い顔で言われてしまった。切実な中年男性の嘆きである。
実際、店長としても頭が痛い問題ではあるのだろう。本人はバイトを優先し、頼みの綱の保護者もアレな気配がプンプンときているのだ。キリキリと胃を痛めていても不思議じゃない。
「そんなわけでさ、水月君が良ければではあるんだけど、当分の間近藤さんの面倒を見てあげてほしいんだ」
「面倒、ですか?」
「シフトが合う日は二人で退勤時間を合わせて送ってあげたり、そうじゃない日は彼女の退勤に合わせて迎えにきてあげたり」
「え、普通に嫌なんですけど。てか、何で俺なんすか?」
「……パートの皆さんの推薦と、それに後押しされた近藤さんの希望かな……」
「……」
店のボスたちからの直々の指名ってマジで言ってます?
「太田さんたちがね、水月君なら安心だって盛り上がっててさ……。なんか、前に商店街で女の子をナンパから助けてたって証言もあって」
「……」
「僕としても特別手当だしたりとか、色々協力するからさ。……お願いできないかな?」
「……分かりました」
仕方なく。本当に仕方なく、俺は店長の提案に頷いた。
パートさんが近藤さん擁護に回った以上、この無茶振りを引き受けないという選択肢は存在しないのである。……バイトを続ける以上、パートさんたちからの針のむしろだけは絶対に避けなければならないが故に。
ーーー
あとがき
というわけで、新キャラが急遽参戦。こういうのも往年のラブコメの醍醐味ですよね。
なお接客業において、パートさんこそが真のボスなのはガチです。あの人たちの機嫌は損ねられない。最悪その日の営業が詰みます。
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