第44話 馬鹿も時には侮れない
ということで、ご飯を食べます。客観的に判断して馬鹿な会話を続けたせいか多少冷めてしまっているが、それでも許容範囲。
まだ十分美味しく食べられるだろうし、さっさと味わってご馳走様と伝えるべきだろう。
「……えっと、それでは、その、召し上がれ」
なお、今回の料理人である千秋さんはやけに緊張している模様。
ちなみに格好は相変わらずのビキニエプロンなので、しおらしい表情が死ぬほど似合っていない。ちゃんちゃらおかしいまである。
「そんな畏まられても困るんだけど……」
「無茶言わないでよ! 遥斗君に料理作るとか緊張するに決まってんじゃん!」
「何でよ」
「遥斗君の方が圧倒的に料理スキル高いからだよ!!」
魂の叫びであった。それはそれとして何を言っているのかが分からない。
「なんか不思議そうにしてるけど、乙女としてはかなり死活問題だからね!? 胃袋掴めないかもしれないんだから!」
「あそ。じゃあ、いただきます」
「聞いて!?」
聞いてるよ。その上でスルーしてるんだよ。温かい内に食べたいって言ってんでしょうが。
「あー!? ちょっ、本当に食べるの!?」
「千秋さんはどうされたいんだ……」
俺に食べてもらうために作ったはずなのに、この反応ってあなたねぇ……。もう何でこう会話の大半が頭悪い内容になるんだか。
とは言え、いつまでも馬鹿話に付き合っていられない。本当に料理が冷める。
なので騒ぐ千秋さんを無視して、皿の上に切り分けられたチキンステーキをパクリ。
「た、食べた。本当に食べちゃった……」
「んぐっ。リアクションが明らかに絶望してんの、なんとかならない?」
「お、お味のほどはいかがでしょうか……?」
「いや美味しいけど」
無駄にビクついているところ悪いが、普通に美味いよ。味付けはしっかりしてるし、火入れしすぎて肉が固いってこともないし。
「……え、そうなの? う、嘘とかじゃないよね?」
「嘘じゃないです」
「あの、漫画とかでよくある、メシマズだけどヒロインに気を遣って『美味しい』って言ってる的な……」
「違うが?」
何でそうなるんだか。自分で調理手順を思い返してみれば分かるだろうに。
格好とリアクションのせいで珍妙な光景にこそなっていたが、見ていた限りでは千秋さんの調理手順に変なところは特になかった。
調味料の類いは無難な種類を、無難な量しか入れてない。焼き加減をミスって焦がしたとかもない。メシマズな人がやりがちな謎アレンジなど、素振りの『そ』の字も見せていない。
ならば不味くなるわけがない。フィクションじゃないのだ。料理は科学と言われるように、手順に沿った結果しか出てこないのである。
「えっ。じゃ、じゃあ、それ本当に美味しいの……?」
「むしろ何でそんなに自信ないわけ? 前は自己申告で料理も多少できるって言ってたでしょ。それに自分で味見もしてたでしょうに」
「そ、それはそうなんだけど……。私じゃ遥斗君の舌を唸らせることはできないって思ってたから」
「人を勝手に美食家キャラにするな」
なんだ舌を唸らせるって。そんな表現できるほど美味いもん食ってないわ。こちとら料理ができるだけの大学生だぞ。
「で、でもだよ!? 遥斗君って普段から美味しいもの食べてるんでしょ!? 自分で作ったやつ! それで美味しいの基準が上がってたりするかもじゃん!」
「なんか勘違いしてるみたいだけど、『料理上手い=舌が肥えてる』じゃないから。日々の料理に力入れてる人間なんてそんなにいないわ」
合間合間に料理をパクつきながら、何を言ってんだと千秋さんの主張を切り捨てる。
本当、どういう幻想を抱いているのやら。普通にコンビニ飯やジャンクフードとか食べるし、作るにしても大抵が手抜きか、冷蔵庫の中のあり合わせだ。少なくとも俺はそう。
食生活、いや味覚のレベルと言うべきか? ……まあともかく、そういうのは料理スキルよりも、その人の生活レベルに左右されるものだろうに。
「なんなら、千秋さんの方が良い物食べてると思うけど? 春崎さんたちから聞いたけど、そんなナリして結構なお嬢様なんでしょ?」
「そ、そんなナリ?」
「唖然とするなら改めて今の格好を思い出してくれ」
何度も擦るようで悪いが、ビキニエプロンである。ビキニエプロンなのである。
「ま、ともかく。千秋さんの心配は杞憂も杞憂よ。生憎と、そこまで上等で繊細な舌は持ってません。なんなら貧乏舌で子供舌だよ」
「え、可愛い」
「脈絡」
急に会話の流れを放り投げるのは止めてくれ。あと可愛いと言われて喜ぶ男はほとんどいない。ましてや味覚の好みを可愛い称されるのはシンプルに遺憾である。
「はぁ。てか、そもそも論としてさ。千秋さんは俺のことをどういう風に思ってるわけ?」
「え、大好きだけど」
「……違うそうじゃない」
ノータイムで返すな。可愛い発言もそうだし、さっきもサラッと自分のことヒロイン扱いしてたし。羞恥心というものは……いや、ないか。知ってた。
ただそれに付き合わされるこっちの身にもなってほしい。最近は千秋さんの奇行を『そういうもの』として認識しだしてしまっているせいで、違和感よりも好意の方が先に伝わってきてしまうのである。
なので若干の気恥しさが芽生えはじめている。なんという深刻な精神汚染だろうか。
「俺が言いたいのは、無駄にビクついてた理由よ。緊張もあるんだろうけど、それ以外にもあるでしょ絶対」
「……正直、美味しくないって言われたあと、いろいろとダメ出しされると思ってました」
「よくそんな男好きって言えたね?」
人に対してなんてイメージを抱いていやがるという思いもあるが、それ以上に千秋さんの恋愛観が分からなかった。
千秋さんのイメージ上の俺、常識的に考えてパワハラモラハラする系のクソ野郎では? 外野が待ったかけるか悩み出す系のアレでは?
「大丈夫! 確かに遥斗君はつっけんどんなところがあるけど、ちゃんとツンデレだって分かってるから! 秘められた優しさも理解してるから!」
「徹頭徹尾ツッコミどころしかないない台詞吐くの止めて?」
まず俺はツンデレじゃないし、秘められた優しさ云々もこの場合は的外れである。そして無駄に闇、いや病み要素を漂わせるな。
「あのね千秋さん。これは至極一般的……少なくとも俺の周りではそうなんだけど。好意や善意から手料理を振舞ってくれた場合、よほど味に問題がない限り『ありがとう。美味しいよ』って答えるものなんだよ?」
なので基本的に美味しいと答えるし、ダメ出しなんてもってのほかである。
「……つまり、さっきの感想はお世辞だった?」
「違います。何で料理に限ってそんな悲観的なんだ」
さっきちゃんとお世辞じゃないって伝えたよね?
「ほ、本当に……?」
「しつこいなぁ。本当だって」
「美味しかった?」
「だから美味しいって言ってんじゃん」
「味付けは大丈夫だった?」
「大丈夫だってば」
「毎日食べたい?」
「食べたい食べた……なんかコレ意味違くない?」
くどく感じて雑に返事してたけど、毎日云々だと味噌汁の亜種みたいにならないか? ……千秋さん満面の笑みだし、これはもしかしなくても嵌められたな?
「……やってくれたな」
「えー? なんのことかなぁ?」
「白々しいなこの野郎……!」
別にこれで言質取ったと言わせるつもりはないが、上手い具合にしてやられて腹が立つ! 一体いつから狙ってやがった……!
「ところで遥斗君、食べ終わったみたいだけど、何か言うことは?」
「……ご馳走様でした! 美味しかったです!」
「えへへー。お粗末さまでした!」
あー、クソが。ここぞとばかりにウッキウキになりおってからに!
ーーー
あとがき
遅れました。正直もっと早く投稿できたけど、リワード増とのことでそれに合わせました。私は金の亡者です。
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