第42話 悪が栄えたためしなし

「あつっ、あっつ!? アツァ……!?」

「なんだこの光景」


 自然とそんな言葉が漏れた。ビキニエプロンの知り合いが、コンロの前で悲鳴を上げながら身悶えているのだから、さもありなんというやつである。

 ちなみに何故そんなトンチキな状況になっているのかと言うと、馬鹿な出迎えをした千秋さんが、着替えもせずに晩飯を作り出したからである。


「んー、本当に頭が悪い」

「ちょっと聞き捨てならないんだけど!? リクエストしたの遥斗君でしょ!?」

「経緯的には千秋さんの自爆でしかないんだけど」


 その抗議の方が聞き捨てならないんだわ。人聞きの悪いこと言うなし。声を大にして主張させてもらうが、俺は人様に危険行為を強要してなどいない。

 いや、ついさっき『その格好で唐揚げ作って』とは言ったが、それはあくまでネタである。あと馬鹿な行為に対するお仕置き。

 ある程度千秋さんを戦かせた後は、冗談でしたとネタばらしをして終わらせたのだ。

 ……が、千秋さんはそのままの格好でキッチンに立った。流石に揚げ物に手を出しはしなかったが、自らの意思で料理を開始したのである。


『遥斗君に、私の手料理を振る舞うチャンス! ついでにこの格好で誘惑してみせる!』


 とは本人の台詞。改めて思い返しても馬鹿馬鹿しいというか、なんというか……。

 ま、そんなわけで。眩しいぐらいの肌色を見せつけながら、千秋さんが手料理を振る舞うためにアレコレしているのである。

 正直見ていて危なっかしいが、自主的にキッチンに立っている以上は止めるわけにもいくまい。馬鹿なことをしているので、一度痛い目を見て学習しろとも言う。


「アッツイ! あつ、あっ、ちょっ!?」

「その有様で誘惑とかよくぞ吠えたな」

「だってこんなに油跳ねるとか思わなかっ、アツッ!?」

「油跳ねを甘く見てるからそうなる」


 半裸と言っていい格好で、キッチンでフライパンを振るう千秋さん。これだけくり抜くとバカップルのイチャつき、またラブコメ的なワンシーンに思えてくるが……現実はそう甘くないのだ。

 実際、衣服によってはあまり実感は湧かないだろうが、油というのは想像以上に跳ねるものだ。

 それは揚げ物に限らず、大体の料理で当てはまる。半袖で野菜炒めでも作ってみれば、料理慣れしていない人も理解できるだろう。

 つまり、エプロンでガードしているとは言え、ビキニで料理している千秋さんは馬鹿だ。大馬鹿者だ。

 目的は誘惑らしいが、油跳ねに悲鳴を上げる姿が滑稽すぎて……。色気よりも笑いと呆れが先に来て駄目だ。

 世の中には『肉を切らせて骨を断つ』なんて言葉もあるが、千秋さんの場合は骨すら断てていない。むしろ骨折り損のくたびれ儲けの方が近いだろう。


「ねぇ遥斗君!? 悪いんだけっ、アツッ。ちょっと着替えてきちゃ駄目ですかねぇ!? あっ、つぅい!?」

「初志貫徹って大事だと思うの」

「もしかしてちゃんと怒ってます!?」

「いや。見世物として微妙に楽しんでる」

「ちょぉ!?」

「もちろん、一回痛い目見て学習しろとも思ってる」

「ごめんなさっ、つぁい!?」

「ハッ」

「鼻で笑ったぁ!?」


 本当、見世物としては上等なんだよなぁ。一昔前のバラエティ番組の収録を、実地で見ている気分と表現すべきか。……一昔前というのがミソである。


「ところで、千秋さんは何を作ってるの?」

「今この状況で訊く!? チキンステーキだけど!?」

「改めて言うけど馬鹿でしょ」

「何で!?」


 チキンステーキとか、ガッツリ油跳ねする系の料理じゃねぇか。知識さえあれば調理難易度は低い分、チョイスとしては悪くはないが……。格好を考慮すると、揚げ物より多少マシぐらいだろう。

 なにせ鶏油なんてものがあることから分かる通り、鳥はかなりの脂を蓄えている食材だ。それに加えて調理油を使うので、調理中のモーションの少なさに反してバッチバチに油が跳ねるのだ。

 個人的には、煮込み料理にでもすれば良いのにと思わなくもないが、直前でメニューを変えるのは上級者でもなきゃ難しいか。

 以前手に入れた情報と、油跳ねに対する過剰なリアクションを考えるに、千秋さんは中級者ぐらいだろうし。『できるけど慣れてない』レベルだろう。


「……ねぇ千秋さん」

「何かな!?」

「面白いから動画撮っていい?」

「いや駄目ですけど!? こんな姿撮られたらあっつ、お嫁にいけなくなっちゃうっつい!?」

「じゃあ何でやったし」


 そんな人生レベルで後悔すると考えてるなら、普通は実行しないと思うんだけど。……普通の人間は後悔云々なしに実行しないんだけどさ。


「まあ、嫌なら止めとくよ。……千秋さんの水着姿、ちょっと手元に残しておきたかったんだけど」

「ポーズは取った方が良い?」

「食いつくかなと予想して呟いた俺の台詞じゃないけど、本当に千秋さん頭大丈夫?」


 こんな見え見えの罠にダッシュで嵌りに来るとか、控えめに言っても馬鹿って表現じゃ足りないんだけど……。

 恋は盲目なんて例えもあるけど、それにしたって人としての知性にすら目をつぶるのはどうかと思うの。


「そういうの良いから! こういう地道な一歩が大事だもんね! それに遥斗君の写真フォルダの中に私がいるって、よくよく考えたらめっちゃ素敵だし?」

「あ、うん……」


 大丈夫じゃないみたいですね。思考回路が相変わらず理解できないというか……。


「まあ、撮らせてくれるなら……うん」

「ポーズとかはどうする? リアクションももうちょい大袈裟にしておく?」

「いや自然な感じでお願いします」

「オッケー」


 何がオッケーなのか分からないですね……。やはり千秋さんは常人には理解できないところにいる。


「えへへ。こうしてると、熱々ラブラブな新婚さんみたいだね。っ、キャッ。油あつーい」

「清々しいぐらいのヤラセ感」


 自然にってオーダーを理解できなかったのかしら? 不自然極まりないんですけど。……いやまあ、これはこれで素材になるから大丈夫だとは思うけど。


「そ れ で ! 遥斗君は、私のあられもない格好を動画に収めて、一体何をするつもりなのかなぁ?」

「そりゃもちろん……」

「もちろん?」

「保護者たちに証拠付きで連絡して、説教してもらうに決まってんじゃん」

「らめぇぇぇえぇ!?」


 残念。すでに専用グループチャットに送信済みです。



ーーー

あとがき

遅れました。喉風邪の体力デバフと薬の副作用で延々と寝てました。年取ると回復力が落ちていやねー。

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