第41話 シルキーさんの悪巧み

「──おかえりなさい! ご飯にする? お風呂にする? それとも、わ た し?」


 問.不穏な情報を信頼できる筋から入手したため急いで帰宅。その結果、上記の台詞で出迎えられた際の正しい反応を述べよ。


「んー? 固まっちゃってどうしたの? ……もしかして、私の格好にドキドキしてたり?」


──なお、出迎えた相手は正面から見る限りだと、エプロン以外に何も身に付けてないようにしか見えないとする。


「……ねぇ千秋さん」

「なぁに? ダーリン」

「今から春崎さんに連絡するから、ちょっと小一時間怒られてくれない?」

「待って?」


 答.保護者に連絡。


「ねぇ遥斗君。仮にも女の子が一世一代の大勝負に出たってのに、そこで他の女の子の名前を出すのはどうかと思うの」

「バイトで疲れて帰ってきたら、知り合いが旧世代のコントを仕掛けてきたんだよ? 保護者に連絡して説教してもらうに決まってんじゃん」

「旧世代のコント!? 旧世代のコントって言った今!?」


 どう考えても数世代ぐらい古いだろうがよ。ギリギリ白黒脱却したブラウン管テレビで放映されてそうなネタじゃねぇか。


「ちゃんと見てよコレ! 私の格好! この格好で『それとも、わ た し?』って言ったんだよ!? 女の子がここまで勇気出したのに、それを旧世代のコントって酷すぎるよ!」

「千秋さんや。それは勇気を出したなんて言わないの。それは『身体を張った』って言うんだよ」

「身体を張ったギャグだとでも言いたいの!?」

「そう言ってんだよ」


 だってコテコテなんだもん。確かに七三とか、ルーズソックスとか、時代を廻って流行るものはあるけどさ……。

 世の中には、そうじゃないものもあるんだよ。一世を風靡した代物でも、現代についていけないモノもあるんだよ。


「あのね千秋さん。時代を考えようよ。今は令和だ。蕎麦屋がチャリで配達中に転んでも受けない。メガネを頭にかけたまま、地面を這いつくばってメガネを探しても受けないの」

「そのレベル!? 私のコレ、そのレベルの扱いなの!?」

「そうだよ」


 いやまあ、今挙げたネタも工夫次第では受けるとは思うけど。鉄板ネタというのは、しっかりとした強みがあるから鉄板ネタと言うのだし。

 だが、それはちゃんと工夫したらの話なわけで。工夫ゼロでかつてのネタに手を出しても、ありきたりで時代遅れという評価にしかならないのである。


「いや違うでしょ!? 誘ってるんだよ!? 女の子が誘惑してるのに、ギャグやコントって判断するのはどうかと思うの!」

「むしろ逆に訊くけど、この一連の何処に誘惑要素があるわけ?」

「台詞でガッツリ言ってるじゃん! それにこの格好! こんな恥ずかしい格好してるんだよ!? これで誘ってないとか嘘でしょ!?」

「恥ずべき格好の間違いだろそれ」

「そういう意味じゃなくてね!?」


 人としての尊厳を明後日の方向に放り投げてる時点で、完全にそういう意味だろうに……。


「ちゃんと見てよこの格好! ドキドキするでしょ!?」

「いやまあ、うーん……?」

「待って? そこから? え、それマジで言ってる? 全然ドキドキしてないやつ!?」

「だって、その……ねぇ?」


 まず先に宣言しておくが、俺も男なので裸エプロンは普通に好きだ。少なくともシチュエーションや、イラストの設定としては十分に鉄板ネタだと思っている。

 が、こうして現実で遭遇するとどうだろう? 確かにドキッとはした。それは否定しない。……だが、それが性的な意味での反応か、純粋な驚愕かの判別がつかない。

 だってそうだろう。いきなり正気じゃない格好をした知り合いが現れれば、誰だって驚く。性的な格好ではあるのだろうが、それ以上に突拍子がないせいで事態の把握に時間が掛かる。

 で、ようやく状況が飲み込めそうなタイミングで、例の時代遅れ丸出しなトンチキ台詞であるわけで。……いろいろと気が抜けてしまうのも無理もないと思う。


「一瞬面食らいはしたけど、一回冷静になるとなー……」

「何で!? こんなえっちぃ格好なんだよ!?」

「そこは否定しないけど。うーん……」


 裸エプロン。なるほど。それは間違いなく男の夢が詰まっている格好であると言えるし、千秋さんの姿もそれをちゃんと踏襲している。

 千秋さんのアイドルフェイスに、レースがふんだんにあしらわれたふりふりエプロン。その下から覗く肩や脇、素足は実に色気がある。

 自称する通り、えっちい格好である。そこは否定しないし、なんなら賞賛しても良い。


「でもなぁ……」


 が、現実はあくまで現実である。一度トンチキ台詞のせいで冷静になった我が頭脳は、正確に状況を分析した。してしまった。


「これは個人的な印象なんだけどさ」

「ダメ出し!? ここまでやってダメ出し!?」

「千秋さんのこれまでの言動的に、マジの裸エプロンだったらここまで堂々としていない気が……」

「っ、スゥゥゥ……」


 おいそこ。そんな爆速で顔を逸らすな。もうその反応の時点で自白してるようなもんだぞ。


「アレだけ騒いでおきながら、さっきから頑なに後ろ側を見せようとしないし。誘惑してるって主張するなら、背後を見せる素振りの一つてもすれば良いのに」

「うっ」

「なんなら激しく動くことも控えてるっぽいし。それが羞恥心から来る反応なら分かるけど、その割にはツッコミの元気一杯だし」

「うぐっ」

「それにまあ、裸エプロンかと思わせて実は、なんてネタも鉄板ではあるからね。下着……は似たようなもんだから除外するとして。ビキニ着てたり、チューブトップにローライズデニムとか、エプロンで隠せるようなデザインは女性服に多いし」

「……」

「沈黙は肯定と捉えるけど」


 それでもなお頑なに目を合わせようとしない千秋さん。もはやここからの逆転は不可能である。


「ま、あえて敗因を語るとすれば、トンチキ台詞で冷静にさせた点かなぁ。アレがなければ、俺も動揺して千秋さんのお望み通りのリアクションしたかも?」


 まあ、信頼できる筋からの情報提供があったので、初っ端から警戒心MAXだったことは秘密である。


「総評、百点満点中の六十点。学校次第では赤点なので、もっと頑張りましょう」

「そんなぁ……」


 採点終了とともに、千秋さんが座り込んだ。自滅宣告が予想以上に刺さったらしい。

 それはそれとして、座り込んだことで千秋さんの真の姿が判明。背中に太めの紐……いやバンド? まあ、なんか見えたので、ビキニタイプの水着を着ていると思われる。

 しかしまあ、改めて見ると凄い格好である。よくこんな格好になれるなって。自分に自信がないと無理じゃないかって呆れと、実際問題それが許される見た目だよなった再認識でこう……いろいろバグる。

 いや本当。パッと見だけど背中とか超綺麗だもん千秋さん。これで一般人とかマジ? 普通の人って、もうちょい肌質とか悪いイメージなんだけど。モデルとか、そういう肌とか見られる仕事してるんじゃないかってレベルだろコレ。


「……あの、遥斗君? ここで急に黙り込まれると、その、困るんだけど。しかもめっちゃ見てるし」

「え、こんな馬鹿みたいなことしといて?」

「そうなんだけどね!?」


 それでもマジマジ観察されるのは恥ずかしい。本当に羞恥心のポイントが分からない娘さんである。


「それで、その……観察した感想とかあります?」

「ストーカーの時もそうだけど、アプローチの仕方を尽くミスるよなって。普通に水着見せてくれれば、こっちもちゃんと反応したのに」

「普通に水着見せるって何!? それどういう状況なのさ!」

「……デートにでも誘えば良いじゃん。もうすぐ夏だし。海かプールとかの理由付けて。それかその前段階で、一緒に水着買いに行くとか」

「……そんなので良いの!? 遥斗君なのに!?」

「俺のこと何だと思ってらっしゃる?」


 俺、別に芸人とかじゃねぇんだわ。癖のあるアピールとかを望んでいるわけじゃねぇんだわ。


「千秋さんさ。その迷走癖、マジでなんとかした方が良いよ?」

「うぅっ……!」

「……まあ、努力したことを認めるのは吝かではないけど」

「……えっ!?」

「仕方ないから、今回は折れてノッてあげるよ」

「えぇっ!?」

「ご飯でお願いします。唐揚げ食べたいから作って」

「ノッてない! それノッてない! ……というか待って? 揚げ物しろって言ってる? まさかこの格好で!?」

「天ぷらでも良いよ」

「嫌ですけど!?」




ーーー

あとがき

盛大に遅れました。ゴメンなさい。

いや実は、昨日朝から深夜まで出かけてましてね。そして寝落ちして、急いで書き上げて今です。

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