第40話 暗躍するシルキー

「──いらっしゃいませー」


 カランというドアベルの音に吊られ、条件反射で声が飛び出る。

 接客用語が癖として登録されるほどに働いてきたマリンスノーであるが、最近になって一つの変化が起きた。


「あ、どうも」

「春崎さんじゃん。こんばんはー」

「こんばんは」


 特定のお客さん……まあアバンドギャルドの面々ではあるが、交流が生まれたことである。

 千秋さんから端を発した関係性。その結果として、こうして接客の合間に私的な会話を挟む程度には、彼女たちとは縁ができた。


「今日はウェイターなんですね」

「キッチン溢れたんですよねー。っと、席にご案内しますね」


 あまり長話をするわけにはいかないので、早々に仕事の方に戻る。

 そうして春崎さんを空いてる席に誘導しつつ、お冷とカトラリーを用意。


「ご注文がお決まりになったらお呼びください」

「あ、もう注文しちゃいます」

「左様でございますか。少々お待ちください」


 流石は常連の一人と言うべきか。すでにメニューは決まっていたようで、流れるようにオーダーが入っていく。


「そういえば、今日って水月さん何時上がりなんですか?」

「え? あー、上がりはもうすぐですけど。何故でしょうか?」

「いや、蘭が急いでたんで……。水月さんがバイトから帰ってくる前に、いろいろ準備しておきたいと」

「なんか不穏なんですが」

「だからコーヒーついでに知らせに来ました」

「……お手数お掛けします」

「いえ、こちらこそうちの馬鹿がご迷惑を……」


 互いにペコリ。俺の方は仕事中ではあるので、本当に会釈程度ではあるが。

 いや、本当にありがたいというか、頭が下がるというか。まさか千秋さんの動向を伝えるために、わざわざ来店してもらえるとは。

 本人はコーヒーがメインですのでと笑っているが、それが事実かどうかも怪しい。……いや、春崎さんがこの店のコーヒーを好んでいるのは間違いないのだが、それと同じぐらい千秋さんに手を焼いているのも知っているわけで。


「では、ごゆっくりどうぞ」


 会話を切り上げ、キッチンの方に向かう。そしてオーダーを伝えるついでに、近くをうろついていた店長に一言。


「店長。この伝票預かっててくれません?」

「え、なんかあったの?」

「あ、いえ。上がる時に俺が払うんで。構いませんよね?」

「水月君が? 四番テーブル……あ、常連の。え、なに。もしかしてナンパ? それは流石に駄目だよ?」

「違いますよ。普通に知り合いですって。今ちょっと恩ができたんで、そのお返しです」

「おっと、ゴメンゴメン。ちょっとした冗談だよ。水月君がそういうことする子じゃないのは、ちゃんと分かってるから」


 あははと笑う店長に、思わず溜め息が零れる。普通に人聞きが悪いので、冗談でもそういうこと言うのは勘弁してほしい。


「んー、にしてもアレだね。あの常連さんグループと仲良くなったのは、なんとなく察してたけどさ。水月君にしては珍しいよね。親しいお客様ができるの、多分はじめてでしょ?」

「なんすか、その人見知りがはじめて友達を作ったかのような言い草は……」

「ははっ。あながち間違ってはないでしょう? 水月君、ガッツリ公私分けるタイプだし」

「まあ、否定はしませんけど」


 公私を分けるというか、そもそも私の部分ですら人付き合いが壊滅的に悪いのが正確なところである。

 実際問題として、バイト中にお客さんの区別が付いているかも怪しかったり。仕事モード&店内という特定のシチュエーションで、ようやく薄らではあるが常連の判別が付くレベルだし。


「彼女たちとは……まあ、プライベートなところで縁があったんですよ。そこからいろいろあって、今に至る感じです」

「ふーん。キミが女性、しかもグループと話すようになるとは、随分と強烈な縁だったみたいだね?」

「言っちゃなんですが、強烈なんて言葉じゃ表せないレベルでしたよ」

「否定しないんだ……」


 なにせ犯罪者と被害者である。あくまで『一応』という枕詞が付きはするが。

 それでもまあ、店長の想像の斜め上を突き破っているのは間違いないだろう。肯定した時点で驚いてはいるが、事実を知ったら間違いなくドン引きだ。


「んー、まあ了解。じゃあ、着替え終わったら声掛けて。あと、もう上がって良いよ」

「マジすか? まだ微妙に時間じゃないっすよ?」

「十五分ぐらいなら誤差みたいなものだよ。今日は余裕もあるしね。人件費削減もしなきゃだしねー」

「左様で。んじゃ、お疲れ様でーす」


 責任者からありがたいお言葉を頂戴したため、本日のお仕事はこれにて終了。

 グッと軽く伸びをしたあと、備品を戻してスタッフルームの方に移動する。


「……あり? 水月さん、なんか手ぶらっぽいけど、まさかもう上がり? まだ時間じゃなくない?」

「店長がもう大丈夫だって言ってね。余裕あるから、俺は早上がり」

「はー!? ズルいんすけどそれ! というか、余裕あるのに余裕なくなるようなことされても困るんだけど!」

「そこで俺に対して熱くなられても……」


 いや、言いたいことは分かるんだけどさ。確かに同じ職場で働いている側からすると、早上がりを許された奴がいたら『こなくそっ』とか思うけども。……残ってる側に負担がやって来るからね。仕方ないね。


「で、そういう近藤さんは? なんかスマホ持ってるけど、休憩はとっくに終わってるよね?」

「トイレっす! いやー、便器座ってるだけど手持ち無沙汰なんすよねー」

「……ああ、うん。訊いた俺も悪かったけど、そういうのストレートに答えなくて良いから。花の女子高生でしょキミ」

「アッハッハッ。JKに夢見すぎっすよ水月さん! クラスでも普通に『トイレ行くー!』って叫んだりするし」

「あ、うん。ノーコメントで」


 マジで反応に困るから、そういう話題を振ってこないでほしい。セクハラとか言われたら、今のご時世だと普通に詰みかねないんだって。


「てか、水月さんってか彼女いないの? いたら女に幻想なんか持たなくなるべ?」

「急に話題が飛んだね。あと、それは流石に偏見だと……思うよう、な……うーん」


 なんだろう。あんまり否定できる要素がない気がする。いや、彼女なんていないし、女性に夢を見ているつもりもないのだけど。

 ただSNSとかでよく流れてくる客観的なデータと、最も身近かつ、不本意ながら一番そういう立場に近いところにいる女性が、その……あまりにアレなので。


「え、何その反応。予想してたのと違うんですけど。まさか水月さん、彼女いんの……?」

「いや、いないけど。いないんだけど……」


 元は付くけどストーカーがおりましてね。


「……まあ、とりあえずお疲れ様。ほら、近藤さんも早くホール戻りな」

「いや待って!? ここで流れぶった切るとかマジ!? めっちゃ気になるんだけどちょっと!」

「あー、意味深っぽくしたのはゴメンだけど。あんまり人様に話すようなことでもないんで……」


 ましてや高校生に語るような内容ではあるまい。不問にこそすれど、ガッツリ犯罪にまつわる話であるし。


「いや気になるんだけど! 気になりすぎて仕事に身が入らないんだけど!? まさかメンヘラの地雷系にでも捕まった!?」


 あながち間違ってはいない。





ーーー

あとがき

遅れました。すみません。実は先月の半ばから今月がちょっと修羅場ってまして……。

そこにカクヨムコンも控えているので、まあキツイ。


それはそうと新キャラ。扱い的にはまだフルネームにもなってない準ネームドですが。


なんで出したかっていうと、往年のラブコメの作法に従った結果です。

大体ラブコメって、二巻ぐらいに新たな女性キャラ(ヒロイン、またはヒロイン候補)が増える印象ありますよね。

まあ、ネット小説なので二巻ではなく二章ですが。

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