第37話 シルキーさんとエッチなイタズラ

「……」

「……」


 嫌な沈黙である。経緯が経緯なので、こうして互いに正座で向き合っているわけだが、控えめに言って地獄がすぎる。

 片や女性の下着を凝視していた変態。片や下着を勝手に持ち込んでいた不届き者。客観的に見たらどっちもどっち。双方論外というか、処置なしとしか言いようがない。……いやまあ、元凶は千秋さんではあるし、個人的には不可抗力寄りの行為だったとは思っているのだが。

 とは言え、常識に照らし合わせるとスリーアウトチェンジどころか、ゲームセットレベルのアウトなのは事実。なので自身を変態と評価することに否はない。

 

「……あの、さ」

「何でしょう」

「……ゴメン。やっぱりちょっとタイム」

「あ、うん」


 にしても、会話が中々成立しないなぁ。なんとなく予想はしてたけど。

 というのも、千秋さんは変なところで常識的というか、純情というか、初みたいなところがあるから。こういうアレな感じの話題だと、絶妙に歯切れが悪くなる。

 実際、千秋さんは凄い気まずそうな表情を浮かべている。羞恥七割、自己嫌悪二割、恨めしげな感情一割と言ったところか。

 なお、俺の方はそこまでだったりする。気まずいと言えば気まずいのだが、相手が千秋さんという時点で……その、うん。丸め込める確信があるので、必然的に余裕が生まれるのだ。

 舐め腐っていると言うなかれ。惚れた弱みというのは、こういう時に力を発揮するのである。特に千秋さんの場合は。


「……えっと、遥斗君はさ。何で私の下着をマジマジ見てたの?」

「部屋にあったから」

「そんな『そこに山があるから』みたいな理由で!? 普通なら見ないよ!?」

「いや見るでしょ。ブラにしろショーツにしろ、男の部屋にあったら観察ぐらいするって。知らない内にクローゼットの一角が占領されてんだもん」

「うぐっ……」


 正論を叩きつけられて口ごもる千秋さん。惚れた弱みとか関係なしに勝てそうと思った。


「いやでもさ! 知らないなんて言うけど、私のだってことは分かるでしょ!? だったら観察する必要はないんじゃないかなって、私としては思うわけですよ!」

「まあね。千秋さんのってのは直ぐ分かったし。そこは否定しない」

「だったら何で!? 凄い恥ずかしかったんだけど!?」

「驚きで目を離せなかったから。あとシンプルに気になった」

「ビックリするぐらい悪びれないじゃん……」


 悪いとは思っているよ。ただ開き直っているだけで。


「……でも、てことはさ。遥斗君も、私の下着は気になるってこと?」

「そんなモジモジするなら訊かなきゃ良いのに」

「いや訊くよ!? 普通訊くって! 大事なことだもん! 早く答えて!?」

「食い気味じゃん……。まあ、事実だからイエスと断言はするけど。特に目的とチョイス」

「目的とチョイス……?」

「何で人の家に下着類を持ち込んでんのってことと、勝負下着っぽいものが一切なかった理由はマジで気になる。無地のやつとか見られてオーケーなん?」

「後半! 前半はともかく、後半を躊躇なく触れるのはどうかと思うよ!? あとオーケーなわけないからね!?」

「じゃあ何で持ち込んでんのさ。しかも無許可で」


 見られちゃ駄目な下着なら、勝手に持ち込んだりする方が悪いと思うのですよ。


「うぐっ。だ、だって! お泊まりの時に着替えなかったら困るじゃん!」

「その時に持ってくれば良いでしょ。あと今のところ、そんな予定はないです」

「今のところってことは、将来的にはあるかもってことでしょ! だから備えあれば嬉しいなってね!」

「……予定の是非については脇に置いて置くとして。もう一度言うけどさ、その時になったら持ってきなって」

「置いといた方が手間ないじゃん」

「効率重視にしたって限度があるのよ」


 そりゃね、その都度持参するより、スペース借りて置いておく方が効率的だろうさ。そこは認める。……ならせめて、家主の許可を取れという話なわけで。

 そんなこっそり占領するんじゃなくて、ちゃんと確認を取ってくれればこんなトラブル起きてないのよ。下着類が仕舞ってあるって知ってたら、俺だって流石に開けないよ。マジマジ見るなんてもっての他だ。

 それをやらかしてしまったのは、偏に俺に情報が入っていなかったから。知らなかったから、不意打ちで発見した下着類に面食らったし、変態の如く吸い寄せられるように凝視してしまったのである。


「い、いやほら。許可くれるとは思ってなかったから……」

「なら躊躇って? バレなきゃオーケーのメンタルで強行するのは、普通に犯罪者の思考回路だよ? 千秋さんは犯罪者だけど」

「違うよ!?」

「違くないでしょ」


 俺が被害を訴えてないから罪になってないだけで、千秋さん自身は正真正銘のストーカーだからね? 不法侵入までやらかしてるバリバリの犯罪者だからね?

 というか、分かってはいたけど反省してないな千秋さん。いや正確に言えば、反省はしているけど、改める必要性を感じてないってところだろうけど。

 理由はシンプル。俺が口だけなのを察しているから。千秋さんの性格がクズだから、というわけではない。……犯罪者の時点で一般的にはクズなのだが。


「そもそもさ、下着とか見られる可能性とか、思い当たらなかったわけ? 変なことされたりとか、考えなかった? 普通、抵抗を感じたりするでしょうに」

「……変なこと。あ、さっきの遥斗君みたいに?」

「もう一度マジマジ観察してあげようか?」

「ヤメテ!?」


 奇遇だね。言ってはみたけど、ぶっちゃけこっちもやりたくはないよ。


「……いや、その、ね? 確かにちょっと考えはしたけど、遥斗君になら、イタズラされても別にいっかなーって……」

「そっか。じゃあ、気が向いたら股の部分にハッカ油でも塗りこんどくよ」

「そういうイタズラじゃなくてね!? あとそれはセクハラ超えて殺意を感じるんだけど!!」


 だろうね。実際、粘膜部分にハッカ油は、マジで洒落にならないことになるとは思うよ。


「そうじゃなくてさ! 遥斗君にならエッチなイタズラもされてもいいかなって、そういう乙女心の話であってね!?」

「……直接局部にハッカ油かけろと?」

「ハッカ油から離れよう!? エッチじゃなくてバイオレンスだし!」

「局部を晒す羽目になるし、結果はともかく過程は結構エッチだと思うけど」

「そんな特殊なプレイは求めてないんだって!」


 下着にイタズラってのも、特殊なプレイの範疇だと思うんだけどなぁ。


「もう遥斗君はさ! 何で話を変な方向に持ってこうとするの!? 今アレだよ!? 漫画とかだとラッキースケベのシーンなんだよ!? もっとこう、それらしい空気とかあるじゃん!」

「……その言い方だと、千秋さんはそういう話題を求めてる感じにならない? なに? エッチなイタズラされたいの?」

「そりゃされたいよ! 遥斗君にそういう目で見られたいに決まってんじゃん! 当たり前でしょ!?」

「ぶっちゃけたねぇ」


 取り繕う気ゼロか。ここまで来ると潔いを通り越して、漢らしいと表現できると思う。


「……まあ仕方ない。そこまで漢気を見せられたら、こっちとしても応えてあげるよ」

「女なんだけど」

「エッチなイタズラ、頑張って挑戦してみるよ」

「……あの、今さっき言った手前アレなんだけどさ。そうやって改めて宣言されると、途轍もなく遠慮したいと言うか……」

「とりあえず、今から千秋さんの無地の下着持ってくるから。綿パンとかのチョイスについても訊きたいし」

「ねぇ待って!? 確かにエッチなイタズラだし、完璧なセクハラなんだけどさ! それでもソレは違うじゃん! そこは触れちゃ駄目なところじゃん!」

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