二章

第35話 シルキーがいる日常(悪化)

 容姿というものは、人生において重要なファクターである。『初対面の人の印象は外見で八割決まる』などと言われるように、容姿が優れていればそれだけで好印象を与えられる。


「……」

「遥斗くーん。聞いてるー?」

 

 人によっては、それを贔屓と呼ぶかもしれない。だがしかし、悲しいことに純然たる事実としてそれらは存在している。

 誰が言ったか『ただしイケメンに限る』。女性だろうと、容姿云々で対応が変わるのが現実である。なんとも世知辛い。


「ねー。そろそろ返事してよー」

「……」


──だが、それでも限度というものがあると、目の前で存在を主張する美少女を見て思うのである。


「そんなに同じ歯ブラシ並べてたの駄目だった?」

「むしろ何でそれ許されると思った?」


 いや本当に。容姿という名の免罪符が機能しない程度には、千秋さんがやらかした内容は罪が重い。

 というのも、ことの発端は昨日の夜。さてそろそろ寝るかと動き出し、歯を磨くために洗面所に向かった際にそれを見つけた。

 歯ブラシを突っ込んでいたコップの中に、使が追加で刺さっていたのである。


「万歩譲って、勝手に千秋さん用の歯ブラシがあるのは脇に置くとしても。同じのは駄目じゃん? もうそれは一周回って嫌がらせじゃん?」


 私物の持ち込みはこの際見逃すよ。正直なところ、歯ブラシ以外にも着々と千秋さんの私物が増えていってたし……。

 外堀を埋めるかの如く、ジワジワと生活圏が侵食されていっているのは、元ストーカーである千秋さんに家事をやらせている時点で、というやつだ。コラテラル・ダメージとして許容するとも。……諦めたとも言う。

 だが、歯ブラシを揃えるのは駄目だろう。同商品の色違いだったら『今度は歯ブラシかぁ……』程度の反応でスルーするが、完全に同じなのはシンプルにアウトである。


「間違って使ったらどうすんのさマジで……」

「間接キスじゃない?」

「ヤンデレやメンヘラという言葉でも誤魔化せないぐらいには気持ち悪い」

「一応冗談だったんだけど!?」


 冗談じゃ済まないレベルで気持ち悪いってことなんですが?

 いやマジでさ、流石に歯ブラシ取り違えて『間接キス』って発想は駄目でしょ……。食べ物に体液入れるのと同レベルでアウトだよ。

 そりゃ別に俺も潔癖症じゃないし、間接キス云々だって基本は気にしないよ? もちろん、知り合いかつ衛生的な相手に限るけど。

 でも歯ブラシは違うじゃん。アレはシンプルに汚いじゃん。口の中の汚れを掃除する道具だぞアレ。しかも何回も使い回す系のやつだぞ。

 アーンとかでスプーンを咥えたり、一つのコップで回し飲みしたり、食い残しを代わりに処理するのとはわけが違う。

 衛生面はもちろんだが、心理的にも相当にアレだ。やる側もやられる側も御免蒙るし、それを故意で引き起こそうとするとか許されざる大罪である。


「普通にコレ新手のテロでしょ」

「いやテロって……。片方は新品なんだから、そんな間違わないでしょ?」

「間違いますが?」


 ブラシの開き具合で判断しろとか、何で自宅でそんな細心の注意を払わきゃならないんですかねぇ。というか、逆説的に気を抜くと間違うっていう証明でしょそれ。

 実際、今朝とか寝惚けて俺やらかしかけたからね? 間違えないよう、自分の歯ブラシをコップから避けて、ティッシュの上に寝かしてといてもだよ?

 ぼけーっとした状態だとね、、当然のようにコップに入っている方に手が伸びるんだよ。で、歯磨き粉を絞ろうとしたところで、ティッシュの上の自分のに気付いて急ブレーキ。

 ネタでもなんでもなく、真面目に他人の歯ブラシ口の中に突っ込むところだった。おかげで一瞬で眠気が飛んだ。


「まあまあまあ。そんなに気にしなくても大丈夫だよ。アレ新品だし。間違ったところで汚くなんかないってば」

「封を開けた本人にしか分からない時点で、大丈夫もクソもないって気付いてくれない?」

「むぅ。私は遥斗君のなら……気にしないんだけどなぁ」

「なら今の間は何よ」


 明らかに内心で『うっ……』って思ったでしょ。引っ込み付かないから言い切っただけで、実際はまあまあ抵抗あったやつでしょ。


「失礼な! 私は遥斗君のすべてを受け入れられるよ!?」

「受け入れられないものもあるって言ってくれた方が、好感度的にはマシなんだけど」

「生意気言いました! 無理なものもあります! 歯ブラシはちょっと悩ましいです!」

「欲望に素直なのはよろしいけど、そこは普通に断言してほしかったなぁ……」


 悩ましいって時点で、世間一般的にはアウト判定なんだけど、千秋さんその辺り分かってる? ……分かってたらストーカーなんかしないか。


「……むぅ。仕方ない。それじゃあ、見分けがつくように目印付けることにする」

「いや、もう俺のを新しいのにしたから、それはやらなくていいけど」

「何でよ!? せっかくお揃いにしたのに!」

「何でもなにも間違うからだよ」


 紛らわしいんだから、新品の歯ブラシ引っ張り出してくるに決まってるでしょうが。何でいままでの話の流れで、そんなショックみたいな反応が出てくるの。

 というか、何度も言ってるけどさ。──歯 ブ ラ シ を お そ ろ い に し よ う と す る な !


「うぅっ。頑張ってドラッグストアで同じの見つけてきたのに……」

「そもそもからしてチョイスが間違ってるから」


 マジで何で歯ブラシにしたんだ。そこは普通、服かアクセだろ。それかせめて食器とかでしょ。


「だってしょうがないじゃん。遥斗君、アクセの類いは一切付けないし、食器もシンプルな無地のしかないし……」

「じゃあ服は? ペアルックは王道でしょ」

「無難すぎてペアルックって感じがしない」

「それはそう」


 無地のTシャツと長ズボン、たまに追加でパーカーがデフォな人間です。没個性すぎてNG食らっても、まあ納得しかない。


「あとやっぱり、日用品を揃えた方がラブラブ感も出るし……」

「歯ブラシが喫緊すぎて棚上げしてるだけで、そもそも私物を追加してる時点で図々しいって気付いてる?」

「こういうのは臆したら負けって何かで言ってた!」

「攻めすぎても法的に負けるのが現実です」


 実際、千秋さんあなた俺の匙加減一つで負けてたからね? そこんとこ本当に憶えてる? つい最近のことなんだけど。……反省するような性格ならストーカーしてないですね。知ってた。


「……やっぱり歯ブラシお揃いにしちゃ駄目? ちゃんと目印付けるからさ」

「駄目です」


 そんな上目遣いでお願いしてきても許すわけないでしょ。これも何度も言うけど、容姿で許されるにしても限度というものがあるんだって。……改めて考えると、何よこんな馬鹿みたいなやり取りが飛び交う日常って。




ーーー

あとがき

ぼちぼち投稿再開します。ただ流石に以前と同じペースの投稿はキツイので、水曜六時(大体)投稿でいこうと思います。

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