第34話 エピローグ

「──ただいまー!」

「……」


 最近、思っていることがある。


「あ、もう遥斗君ってば。また洗い物溜め込んで。本当に私がいないと駄目なんだからなー」

「……」


 ここ数日、具体的に言うとアバンドギャルドのライブに行った日以降、千秋さんのウザさというのが跳ね上がった気がする。


「あと洋服。着古したシャツの着心地が良いのは分かるけど、流石に襟首ダルダルになってるのはだらしないよ。ということで、これは私が貰っておくね」

「……」


 訂正。気がするじゃない。明らかにウザく、それでいて図々しくなっている。もはや古着の回収すら堂々とのたまうようになっている辺り、悪化具合は明らかだろう。


「で、代わりのシャツがコレね。新しいやつ、憶えた? 前のと違ってちょっと派手だけど、絶対に遥斗君に似合うと思うんだ。だからプレゼント。ちゃんと他の服に合いそうなやつを選んだから、着てくれると嬉しいな」

「……」


 こういうのを、なんというのだろう? 彼女面と言ってしまって良いのだろうか? まあ確実に言えることは、千秋さんが調子に乗っているということである。


「はぁ……」


 理由は分かっている。先日のライブの日、その帰りで起こったアレだ。

 無意識にやらかしてしまった過ち。不覚なことに、本当に不覚なことに、俺の中での千秋さんに対する認識……いや好感度の上昇がバレた一件。

 アレのせいで千秋さんは勢いづいた。それはもう鬱陶しいぐらいに。ただでさえ、隙あらば距離を詰めようとしていたのだ。それがちゃんと効果があると判明したのだから、さもありなんというやつである。


「どうしたの遥斗君? 溜息なんか吐いてさ。溜息は幸せが逃げるよー? ……まあ? その逃げた分の幸せは、私がちゃんと補填してあげるけど?」

「……」


 誰のせいで溜息を吐いていると思っているのだろうか? ……いやまあ、自覚があったら、ここまでのウザさを誇ることはないのだろうが。

 だが、ある意味で仕方ないとも思う。元々、千秋さんはそういうところがある。図々しくて、調子に乗りやすくて、変に積極的。刹那主義というか、本能に忠実というか。

 じゃなきゃストーカーも、不法侵入もやらない。ましてや、こちらが黙認したことが発端とはいえ、不法行為の発覚後も嬉々として通ってくるなど……。

 なので大変残念なことに、千秋さんにその辺の機微を理解しろというのは高望みというやつだ。もちろん、素面ならまだ可能性はあっただろうが、現在の千秋さんは端的に言ってアホになっている。

 俺の好感度上昇が発覚したことが、予想以上に嬉しかったらしい。マトモな表現だと有頂天、アレな言い方をすれば頭が茹だっている。

 何が面倒だって、理由がアレなせいで怒るに怒れないところだ。これがシンプルに調子に乗っているなら話は別なのだが、理由が絶妙にいじらしいため反応に困るのである。


「……うん! 今日はコレで終わりかな! やっぱり家事はこまめにやっておくと早く終わるね!」

「……」


 とはいえ、それで『はいそうですか』と引き下がるのも違うだろう。

 何度も主張させてもらうが、俺と千秋さんは雇用主と被雇用者の関係だ。……正確に表現すれば、金銭が発生していないので雇用関係の亜種であるのだが、それはさておき。

 重要なのは、あくまでビジネスライクな関係であるということ。つまるところ、度を過ぎた態度は改めてもらわなければならない。

 というわけで、抗議の意を込めていつぞやと同様に無視を実行しているのだが……。


「そ れ で は! お隣お邪魔しまーす」

「……」

「えへへー。最近の遥斗君は、されるがままで可愛いなぁ。コミユニケーションが取れるのも楽しいけど、こっちはこっちで乙なモノがありますなー」

「……」


──誠に遺憾なことに、この頭が残念なことになっている娘さんには、無視の類いが通用しなくなっている模様。


「ほらほら遥斗君。良いのかなー? 良いのかなー? このままだんまりだと、ギュっとしちゃうぞー? 世の中には無言は肯定っていう言葉もあふんだぞー?」

「……果てしなくウザくなったね千秋さん」

「やーん照れ隠し可愛いー!」


 もしかして馬鹿にされているのだろうか? 有頂天になっているフリして、こちらを嘲笑っているのではないかという疑惑が湧いてくる。

 もちろん、千秋さんがそういうことをする人ではないことは知っている。ただそれぐらいウザいのである。


「……あのさ。流石にそろそろ文句を言うことになるんだけど?」

「またまたー」

「いや割と本気なんだけど。いままでは千秋さんの心情も慮って、ささやかな抗議で済ましてたけど。こっちにだって我慢の限界があるんだよ?」

「それは知ってるけど。でも遥斗君の本当のアウトラインは、もっともっと先でしょ?」

「……」

「伊達に遥斗君のストーカーはしてないよ? もちろん、本当に嫌なら私だって空気は読むけど、いまの私なんて全然許容できる範囲なのも知ってるよ。うるさいなぁとは思ってても、ぶっちゃけそれだけでしょ?」

「……」


 なんてことのないように、千秋さんは俺の内面について語ってみせる。一方的な都合の良い意見と切って捨ててしまえばそれまでではあるが、タチの悪いことに分析としてはあながち間違っていなかった。

 ガチの犯罪者であったかつての自分を黙認できる人間が、多少ウザったいだけのいまの自分を拒絶することはないと、千秋さんはそう確信しているのである。


「……分かった上でやるのもどうかと思うんだけど?」

「だってしょうがないじゃーん。こういう態度を取ると、遥斗君の愛を感じられるんだもん」

「愛?」

「うん。どんな私でも受け入れてくれるという『愛』。私のことを気遣って、強く拒絶することをしないでくれる『愛』。怒鳴ったりしないで、無視でお茶を濁そうとしているのとか、本当に可愛い。だから悪いと思っても止められないんだぁ」

「えぇ……」


 思わず頬が引き攣る。久々に千秋さんのドロっとした部分を見た気がする。こちらの内面を正確に読み切って、その上で試して楽しんでいるのだ。

 そういえばこの人ってストーカーだったなと、いまこの瞬間に改めて実感した。


「いままではさ、気にしてないだけかなぁと思ってたんだけど、ちゃんと遥斗君の中で私が大きくなっているのが分かったらさ。ちょっと我慢できないの。だからゴメンね?」

「ゴメン、と言われても……」

「大丈夫大丈夫。遥斗君が本当に嫌なことはしないから。ただちょっと反応を楽しむだけだから」

「……それで嫌われるとは思わないの?」

「ないねー。だって客観的に見て滅茶苦茶やってたいままでが大丈夫、それどころか好感度がちゃんと上がってるんだもん。なら上がることはあれど、下がることはないでしょ」

「凄い自信だ……」

「あはは! そりゃそうだって! いままでの全部が間違ってないって分かったんだよ? なら遠慮する必要なんてないじゃん。──宣言するけど、これからもっと攻めるからね。絶対に遥斗君のことオトしてみせるから、覚悟してよね?」


 そう言って、千秋さんが抱き着いてきた。……返事すれば抱き着かないって言ってたのに。


「……千秋さん、重い」

「うん。ゴメンね。私、ストーカーしちゃうぐらい重いんだ」

「いやそうじゃなくて、物理的に重い」


 何度も言うが、我が家にあるのはビーズクッションである。つまり二人で座るとかなり不安定だし、抱き着かれると体重がこちらにおもくそ掛かるのである。


「……遥斗君? 意趣返しにしても、言って良いことと悪いことがあるんだよ?」

「自己申告したじゃん」

「そういうことじゃないんだけどなぁ!? そんなこと言うなら押し倒すよ!?」

「そしたら春崎さんにチクる」

「ゴメンナサイ」


 春崎さん強いな。とりあえず、宣戦布告はされたけど、この様子なら当分は耐えられるだろう。ちゃんとした防衛手段があるのは強い。


──ストーカーからシルキーに。シルキーから正式な家政婦に。家政婦から先は……さてどうなることやら。



ーーー

あとがき


 第一章[完]。ネタ供養から始まった物語、いかがだったでしょうか? 一応、作者的には良い感じにひと段落つけたなとは思ってます。……まあ、一身上の都合で物語を〆ることはできないのですが。


 ただとりあえず、高頻度更新はここで一旦打ち止めとさせていただきます。今後の更新につきましては、色々と調整した上で設定する予定ですので、活動報告をお待ちください。


 それでは、ひとまずのご愛読ありがとうございました。

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