第33話 シルキーさんの下剋上
千秋さんが不貞腐れ、残った全員で苦笑を浮かべたあと。軽く摘める物を注文したり、適当に何曲か歌ったりし、ある程度したら千秋さんも機嫌を直して合流し。
「──それじゃあ、今日はありがとうございました」
「「「「お疲れ様でした」」」」
なんやかんやで、打ち上げ兼ごめんなさいの会は終了した。
ちなみに、時間としては一時間半ぐらい。千秋さんはすでにライブで喉を酷使しているし、他のメンバーも演奏によって消耗済み。
そして俺は俺で、マトモに絡んだのは今日が初の、それでいて異性の集団の中で熱唱できるタイプではない。
結果として、談笑メインでほどほどに楽しんだら、延長などはしないで解散という流れになったのである。
「じゃあ、私はこっちだから」
「私も」
「では水月さん。今後ともうちの馬鹿をよろしくお願いします」
「よろしくされても困るんですが……。まあ、はい。それでは」
こちらに対してペコリと頭を下げたあと、春崎さんたちは最寄り駅に向かって去っていった。
なんとなくではあるが、その背中が遠くなるまで眺める。念のため言っておくが、名残り惜しいとかそういうことではない。ただ見送りっぽいものはしておこうと、そう思っただけである。
「帰るか」
「そうだね」
三人の姿が小さくなったのを確認し、俺と千秋さんも移動を開始。
すでにカラオケボックスで散々騒いだからだろうか。暗くなって人通りが疎らになった住宅街を、まったりと二人で歩いていく。
「ねぇ」
「んー?」
「どうだった? 私のバンド」
「凄かったよ」
「そういうことじゃなくてさ。メグたちのこと。どんな印象だった?」
「あー……」
印象。その言葉によって、千秋さんの台詞の意図を理解する。
単純な認識については、バイト先の常連客から、凄いバンドのメンバーにアップデートされた。その上で、さっきのカラオケでの会話を基に構築された各々の印象……というわけではないのだろう。
千秋さんが求めているのは、そうした単純な人物評の類いではなく。もっと漠然とした、個々人をフォーカスするのではない内容。視点は複数。あくまでグループ。
「そうだねぇ。いい人たちだったと思うよ」
──私のバンド仲間は、友達はどうだったのかと、彼女はそう訊いているのだ。
「でっしょー? 全員、私の自慢の親友たちだからね!」
俺の言葉にニシシと笑みを浮かべながら、わずかに足を速める千秋さん。
その動作は実に稚気に溢れていて、だが見た目が良いせいか随分と様になっている。
やっていることは『仲の良い友達を褒められてテンションがぶち上がる小学生』なのだが、千秋さんの外見と、普段の言動のせいであまり違和感が湧いてこない。
明らかに年齢不相応の『子供らしさ』のはずなのに、千秋さんがやると『天真爛漫で無邪気な女性』という評価が先に出てくるのだから、美人というのは得な生態をしているなと思う。
「それぞれキャラも立ってたしね」
「そうなんだよ! 一緒にいて楽しいの! ……現実でキャラが立っているっていう表現も結構アレだけど」
「キャラの濃さだと千秋さんが一等だけどね」
「なんですとぉ!? 流石にそれは認めらんないよ!? 冬華のほうが絶対にキャラ濃いって!」
「いやベストフレンドを悪くいうわけには」
「まだそれ引っ張るの!? というか、私は悪く言っても良いと思ってるの遥斗君!?」
「キャラ濃いに関してはシンプルに事実でしょ」
ストーカー+不法侵入してる時点で、キャラの濃さでは並び立つ者なしだよ。犯罪行為が数え役満……いやどっちかというと国士無双か。
「ぐう……」
「ぐうの音をリアルに出されてもね」
「……いや、ちょっと待って? よく考えたら、私を悪く言って良いってところはノータッチじゃない? 否定してくれてなくない?」
「特に否定する必要もないからね」
「誤魔化しすらされない、だと……!?」
だって千秋さん完全にそういうキャラじゃん。女性に向ける評価じゃないけど、大分ヨゴレ寄りじゃん。
「なーんーでーよー! もっと私を褒めてくれても良いじゃーん!」
「いや褒めるところなくない?」
「それどストレートな罵倒では?」
「そうだね。ゴメン」
いまのは言い方が悪かった。あくまで会話の流れ的にで『褒めるところがない』である。
「ちゃんとライブの時は褒めたでしょ?」
「アレ褒めてた……? 褒めるふりして私のこと刺してなかった?」
「カッコいいし綺麗だったって言ったじゃん」
「でも歌ってる時限定なんでしょ?」
「千秋さんは千秋さんじゃん」
「さっきは完全に別人判定してたよねぇ!?」
別人判定は別にしてないんですけどね? ただ限定的な評価と全体的な評価は等価じゃないってだけで。
歌ってる時は高評価、いやもうあえて直接的に表現するけど、歌手としても女性としても魅力的ではあるのよ。ただそれ以外の時がアレすぎるってだけで。
「千秋さんさ、高校の時の成績はどうだった?」
「え、急に何?」
「たとえばテストの点数がざ、数学だけ満点取ったとするじゃん」
「あ、うん」
「でも、他の教科が全部赤点だったらさ、それは成績優秀とは言えないじゃん」
「そう、だね?」
「つまりそういうこと」
「……私もしかして、歌以外の部分は全部赤点って思われてる!?」
「被害妄想ですね」
テストの点数云々は、あくまで分かりやすい例えとして挙げたまでである。念のため伝えておくと他意はない。
それでも何か含みを感じてしまうというのなら、それは千秋さん自身が何かしら思うところがあるということになる。
「遥斗君的にはさ、私ってそんなに駄目なの?」
「駄目というわけではないけど」
「じゃあ……!」
「ただシレッと俺の部屋に一緒に帰ろうとする辺り、そういうところだぞって思う」
「……ピューヒョロロロロロロ」
「また随分と風情のある口笛ですこと」
無駄に上手い口笛に気が抜ける。本当にそういうところだと思う。
「……やっぱり駄目?」
「具体的に何がを言ってくれないと答えられないですね」
「いやほら……お泊まり的な?」
「逆に訊くけど、何で良いと思ったの?」
俺と千秋さんの距離感だと、普通は泊めないんだよ。お泊まりが成立するのは関係性が恋人か、友達以上恋人未満か、関係性とかを脇に置かざるを得ないのっぴきならない事情があるとかだ。俺と千秋さんには当てはまらない。
いやまあ、一般的な男なら、美人にお願いされたら普通に泊めるのかもしれないけど。そういう関係に発展させる気はなくても、一夜の誤ち狙いでOK出すとかね。何度も言うけど千秋さん美人だし。
でも俺は違うのですよ。だって部屋でそういうことしたくないもの。狭いし、アパートも防音じゃないし、後始末も面倒くさそうだし。
その手の行為はそういう場所でやるべきだと思っているので、そっち方面を目的に異性を泊める気は毛頭ないのです。
もちろん、千秋さんが下心から泊まろうとしてるかは不明だ。だが普段の言動的に、そういうことを目的としていると思われても仕方ないわけで。
それでOKなんか出すわけがないのである。……まあ、その辺りを抜きにしても、千秋さんを相手にお泊まりを許可するのは完璧アウトなので。
千秋さんの普段の言動からして、隙あらば関係性を進めようとしているのは明白。そこでお泊まりなんか許したら、それを起点に嬉々として外堀を埋めにくるのは想像にかたくない。
そんな見えてる地雷を誰が踏みにいくのかと、これはそういう話なのだ。最悪の場合、人生の墓場までの地雷原など、よほどの覚悟がなければ迂回するのが安牌というもの。
「でも遥斗君、いまのいままでツッコまなかったじゃん。それもう言外のOKサインでしょう!?」
「あまりに自然に付いてきたから、すぐに違和感を抱けなかっただけです。おかげで二度手間だよ」
「……二度手間って?」
「大通りまで戻らなきゃでしょ。流石に夜道を一人で歩かせるのはアレだし」
「え、優しい。好き」
「反応が大袈裟すぎる……。普通でしょコレぐらい」
「でも遥斗君、いままではアレじゃん。夜帰る時とか、部屋からバイバイしてたじゃん」
「……時間がまだ早かったからね」
「いまも大して変わらないと思うけど」
「……」
アレー? ソウダッタカナー?
「あと今更だけど、一緒に帰るのに違和感を抱けないってさ。それだけ私が隣にいること、自然に思ってるってことでは?」
「……」
「否定とかしないんだ?」
「……そういうの良いから」
「もー! 遥斗君可愛いー!」
「うるさいなぁ!」
くっそ完全に不覚を取った! 無意識に餌あげるとか俺の馬鹿! ともかく、さっさと千秋さんを送り返そう。いまは流石に分が悪い。
「ほら、早く行くよ! 遅くなる前に帰るの!」
「えへへー。なんだかんだで、遥斗君の中で私の好感度上がってるんだねぇ」
「現在進行形で下がってますけど」
「またまたー」
腹立つなぁ! 単に春崎さんたちから、千秋さんのことをヨロシクされたからってだけですぅ!
ーーー
あとがき
次でひとまず最後かなぁ。終わりというわけではないけど、一章は完結になるかなと。エピローグも明日中にはあげたい。
あー長かった。
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