第32話 シルキーさんの断罪モノ
「「「うちのメンバーが、大変なご迷惑をお掛けしました!」」」
「お掛けしました!」
人生というのは、実に数奇なものである。まさか女性四人から頭を下げられることになろうとは。
「はい。謝罪は受け取りました」
中田さんに誘われ、混ざらせていただいたライブの打ち上げ。ちなみに場所はカラオケ。ライブ終わりにまた歌うのかと思われるだろうが、謝罪の内容が内容なので仕方ない。
かなり込み入った話になるので、個室のほうが何かと融通が効く。そんな理由から、一名を除いて大して交流のない女性たちと、カラオケに足を運ぶことになったのである。
「では、これで一連の話は終わりということで。三人とも頭を上げてください」
「……三人? ねぇ遥斗君、私は?」
「別に名指しした記憶はないんだけど。まあ思い当たる点があるらしいし、それなら千秋さんはあと五分ぐらい頭下げてて」
「墓穴掘っ……いや待って五分は長くない!?」
「ほら顔上げない」
「そこは上げなって言ってほしいかな!? 遥斗君なんか怒ってる!?」
「いや別に。しいて言うなら、一人だけ謝罪が雑だったことの意趣返し?」
「元凶が謝罪で手を抜くとかどういう了見だこの馬鹿」
「痛い!?」
横からゴンッと一撃。春崎さんの拳骨が千秋さんの頭に見事に炸裂した。結構痛かったのか、千秋さんも涙目になっている模様。
「メグさん!? いまのはガチで痛かったんだけど!?」
「あっそ。ちなみに私もガチで怒ってるけど?」
「……すぅぅ」
ガチトーンで返されたからか、一瞬で千秋さんの勢いは消失。そして分が悪いと判断したのか、席を立ってそそくさと俺の隣に移動してきた。……人を緊急避難先にしないでほしい。
「おいコラ逃げるな。水月さんに迷惑も掛けるな。さっさと弁明しろ馬鹿」
「いやほら、私はもうしっかり謝ってるし……?」
「冬華。ドラムスティック出して。夏帆はギターケース」
「うん」
「ドラムも載っければ?」
「当然」
「まさかここで江戸時代の拷問する気!? しかもいままでで一番エグいのやろうとしてるよね!?」
テキパキと動き出した三人に、戦慄の表情を浮かべる千秋さん。ついでに俺もビビっている。
ちなみに俺たちのいるカラオケボックスだが、お客さんがいなかったのと、千秋さんたちが大荷物だったこともあって、かなり大きめの個室に案内されている。……つまり正座させるのに不都合はない。
「冗談! 冗談だから! 特に手を抜いたとかそういうのじゃないから!」
「じゃあ理由は何」
「……な、ナチュラルに言葉端折ってましたぁぁ!!」
「もうシンプルに馬鹿かよ」
呆れたとばかりに春崎さんが一言。その後、こちらに対してチラリと視線を向けてきたので、苦笑しながら頷いておく。
それで意味は通じたようで、冷たい目で拳骨をもう一度叩き込んだあと、拷問正座は免除となった。……あ、他の二人もこっち来た。交互にペシッと一発入れられてる。
「本当にうちの馬鹿がすいません。よく言って効かせますので……」
「いやー、お気になさらず。さっきのも悪ノリみたいなものなので。実際は手抜きとも思ってないので、あまり怒らないであげてください」
「寛大な対応痛み入ります」
改めてのガチ謝罪である。春崎さん、マジで千秋さんの保護者だったりするのではないだろうか。
とはいえ、この空気のままというのもよろしくはない。正式な謝罪のために招待された身ではあるが、そもそも俺は部外者で、この場はアバンドギャルドの打ち上げという目的がある。
神妙な雰囲気はそうそうに切り上げて、是非ともイベント終わりの空気を楽しんでほしいというのが正直なところ。
そのためにはどうするかと頭を捻るものの、いい案は中々思いつかない。なので仕方なく、千秋さんに頼ることにした。
「千秋さん、千秋さん」
「え、遥斗君どしたの?」
「何か面白いことやって」
「待ってなんか地獄みたいな無茶ぶりされたんだけど!?」
頼ったら千秋さんが再び戦慄の表情に。そんな変なこと言ったかしら?
「なになになにっ!? 急にどうしたの遥斗君!? 言葉端折っちゃったの、やっぱり実は怒ってたりする!?」
「違う違う。ほら、空気がちょっと重かったから。千秋さんの面白い一発ギャグか何かで、和気あいあいとした雰囲気を作ってほしいなって」
「ねぇサラッといまハードル上げた! 一発ギャグになった!? いくら遥斗君の頼みでもやらないよ!?」
「いやでも、せっかく打ち上げなんだからさ。楽しい空気にしたいじゃん」
「地獄みたいな空気になるよ!? 嫌だよ私! 遥斗君の前でダダ滑りする姿なんて見せたくないよ!!」
「……その口ぶりだと一発ギャグはあるんだね」
「ないよ!?」
ないの? 本当に? わりと普段の言動が芸人みたいなアレさなのに? 本当にないの?
「そんな不思議そうな顔しないで!? ……いや不思議そうな顔されるのも納得いかないんだけどさ! というか、そんなことしなくてもちゃんと打ち上げするから! いまからやるから! ねっ、皆!?」
同意を求めるように、千秋さんが三人に向けて叫ぶ。
「……は? アンタ何言ってるわけ?」
──しかし悲しいことに、返ってきたのは春崎さんの底冷えするような声だった。
「え、あの、メグさん……?」
「このままどうやって打ち上げに移行するのさ。何かギャーギャー騒いでるけど、周り見てみなよ?」
「いや、え、ちょ」
「完全に通夜みたいな空気になってんじゃん。それでどうやって楽しい打ち上げを始められんの?」
「メグの真横で夏帆がめちゃくちゃお腹抱えてますけどぉ!?」
千秋さん渾身のツッコミ。なおその結果として、日向さんの体調はさらに悪化。腹を抱えるどころか、テーブルに頭を沈める羽目になった。
「確かにこのままでは、打ち上げに移ることはできない。せめて通夜の空気は払拭しなければ」
「だ か ら !! 通夜どころか、もう現状で十分和やかになってるよ! むしろ私がハブだよいま! 皆楽しそうだけど、私だけ冷や汗ダラダラだよ!」
「大丈夫。蘭ならできる」
「無責任な後押しをヤメロォォ! 泣くよ!? そろそろ私泣くよ!?」
「大変。凍った空気のせいで、ついに涙が流れそうな人が出てしまった。これは蘭の激ウマギャグで場を温めなければ」
「私が泣くんだよ!?」
全力で千秋さんが拒絶するが、残念ながら四面楚歌である。お仲間であるはずの三人が、一切千秋さんに味方をする様子がない辺り、もはやこの流れを止めることは不可能だ。
うーむ。ものは試しとばかりに、千秋さんを頼らせてもらったものの(ネタ的な意味で)、まさかここまで空気が変わるとは。
というか、本当に見事な連携である。きっかけを作り出したのは俺のほうだが、そこから打ち合わせなしで応えてきたあたり、アバンドギャルドの面々は大分愉快な性格をしているようだ。……日向さんは腹筋のダメージで死にそうになっているだけだけど。
まあ、やはりアレだ。ナチュラルに言動が面白い人と付き合っていると、自然にその手の感性が磨かかれていくのだろう。
「……ぐぬぬっ! 分かった! 分かったよ! やれば良いんでしょやればぁ!!」
おっと。感慨にふけっている間に、ついに千秋さんが折れたようだ。
羞恥で顔を真っ赤に染めながら、立ち上がって『一発ギャグやります!』と叫んでみせた。
「──ゆ、指が……はなれーる」
──そうして披露されたのは、親指が離れるマジック。
「「「「……」」」」
「な、何か言ってよ……!」
「水月さん。せっかくカラオケに来たんですし、何か歌いません?」
「あ、いいですね」
「はいコレ端末」
「そうだ。ポテトか何か頼みましょ? せっかくの打ち上げなんだから、軽く摘めるものはあったほうがいいよね」
「……わぁぁぁぁ!! もう皆きら……遥斗君以外きらぁぁぁい!!」
千秋さん、あまりの羞恥にガチ泣き。……それはそれとして、ここで俺をちゃんと省くあたり、一周まわっていじらしいというか、なんというか。
ーーー
あとがき
あと二、三話で一段落かなぁ。
それはそうと、前回の小ネタで分からないというコメントが多数寄せられたので、軽くキーワードだけ。
・イロ〇ネア
・み〇お または ゴ〇エ
・ワンナイR〇R 番組
・とど〇きさん
・〇鳥美麗物語
・レ〇ドシアター 番組
・学校〇いこう 番組
・軟式〇ローブ
・尾〇豆
この辺調べると出てきます。それでも分からないという方は、コメント欄に出没するであろう有識者をお待ちください。
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