第30話 シルキー? あ、シルキー
「……」
ライブハウスの壁にもたれかかり、無言で上を見上げ続ける。
ライブが終わり、観客が引いていくのを眺めつつ思い返すは、先程までのこと。アバンドギャルド、千秋さんたちのパフォーマンス。
気分が優れず、断腸の思いで辿り着いたのがこの場所で、この姿勢。少しでも体力の消耗を抑えようと、壁に体重を預けて力を抜いていた。
だがいまは違う。体調不良などいつの間にか消え去った。疲労こそ残っているものの、精神的な苦痛は何処かへ飛んでいってしまった。
「……はぁ」
圧倒された。圧巻だった。集中してた。夢中になった。……言葉では表現しきれないぐらいには、アバンドギャルドの演奏は凄かった。
尾形さんが言ってた『カリスマ』が、どういったものなのかも理解できた。問答無用で引き込まれる歌唱力。目を離すことすら難しいそれは、確かにカリスマと表現できるものだろう。
なるほど、ライブのトリを任せられるだけはある。明らかに頭一つ、いや二つは抜けたクオリティ。ライブハウスが満員になるのも頷ける。
「お。まだここにいましたか」
「尾形さん。ええ、人混みが引くまで待ってようかなと」
「なるほど。で、どうでした? アイツらの演奏は」
作業があると一度離れ、何故か再び戻ってきた尾形さん。口角の上がり具合を見るに、感想を訊くことが目的だと思われる。
「凄かった。この一言に尽きますね」
とはいえ、ここで無駄に言い淀むつもりはない。凄いものは凄いと褒めるべきだし、正直言い淀むことを罪と思ってしまうレベルで圧倒された。
なので惜しみない賞賛を。お手上げとばかりに苦笑を浮かべれば、返ってきたのは満足そうな笑み。
「そうですか。なら本人にも言ってやってください。お時間はありますか?」
「ええ、まあ」
「では、ここらで待っていてください。もうちょいしたら、千秋呼んでくるんで」
「分かりました。でも良いんですか? 着々と片付け進んでますけど」
「大丈夫ですよ。店長の自分が許可しますから。スタッフに何か言われたら、名前出しちゃって構いませんので」
「あ、はい」
それだけ言って、尾形さんがまた去っていった。やはりライブ終わりとなると忙しいらしい。
周囲を眺めながら考える。改めて思い返してみると、随分と珍しい経験をしたものだ。初めてのインディーズライブ。それも始めから終わりまでを、こうして体験することになるとは。……しかも運営の人と近い感じで。
去っていく観客たち。片付けを開始しているスタッフさんたち。ドリンクコーナー。物販ベース。その他いろいろ。
先程までの賑やかさは何処へやら。諸行無常……という表現は多分間違っているのだろうが、絶妙な詫びしさを感じてしまう。
ただ同時に、余韻に浸るにはちょうど良い雰囲気だ。微妙に混乱している部分もあるので、この時間を利用して整理したい気持ちもある。
今回のライブで、俺の中の千秋さんの印象は確実に変わった。カッコイイところを見せたいというのが千秋さんの目的ならば、悔しいことに大成功である。
実際、それぐらいカッコよかった。生歌で魅了されたのは初めての経験だ。そして歌っている姿もイカしていた。月並みな、それでいて貧相な表現しかできないが、『凄い』という一言に集約されるだろう。
「本当に凄かったなぁ……」
思い出すだけでも背筋が痺れる。普段がアレだからか、ギャップで余計にカッコよく感じる。なんだったら、アレは夢なんじゃないかと思えるほどだ。
「あ、遥斗くーん!」
──だがしかし、夢ではないのである。ライブハウス全体を震わせるような熱唱を披露したボーカルと、ブンブン腕を振りながら駆け寄ってくる千秋さんは確かに同一人物なのだ。
「待っててくれたんだねぇ! ありがとう! で、どうだった!?」
「……」
「凄かった!? カッコよかった!? 今日は特に頑張ったんだけど!?」
「……」
「……遥斗君?」
「狼がお馬鹿な大型犬になった」
「ワン!?」
「そこでワンって返すのは本当に駄目だと思うよ……」
本当にカッコよかったんだけどなぁ……。なんでステージから降りると残念さが際立つんだろうか。
ああでも、尾形さんの解説のおかげで、ステージ上でも最初のほうは残念な空気が漂ってたか。つまり歌ってる時だけ無駄にカッコイイわけだ。
「せめて飼い犬は飼い犬でも、シベリアンハスキーぐらいのスタイリッシュさを維持してくれたらねぇ」
「……待っていてくれたんだね? 私のかわい子ちゃん」
なんか唐突に壁ドン+顎クイされたんだけど。というか誰がかわい子ちゃんだ。
「……え、あの、え? まさか千秋さんの中だと、スタイリッシュってこんなイメージなの?」
「うるさい口だな。そんなに騒ぐと塞いじゃうよ?」
「一昔前のチープな乙女ゲー教科書にしてる?」
「……ふっ、おもしれぇ女」
「男だよ」
そして現状だと面白い女なの千秋さんだわ。それも文字通り、コメディ的な意味で。少なくともヒロインにはなれないタイプのギャグキャラだよ。
「あとシンプルに邪魔だから離れてくれる?」
「……ねぇ。もっとドキマギしてくれても良くない?」
「歌ってる時の千秋さんならワンチャンあった」
「どっちも私なんだけど!?」
いや別人だよ。少なくとも印象的には果てしなく別人だよ。マイク握ってる時の千秋さんはカッコよくて綺麗だった。
そう伝えると、不服そうにしながらも千秋さんは離れてくれた。なお、その口元は盛大に蠢いている模様。チョロい。
「そっかー。カッコよくて綺麗だったかぁ! こりゃ盛大に見直されちゃっかなぁ!?」
「うん。そこはガチで見直した」
「ファンになった!?」
「CDとか出たら買ってもいいかもね」
「好きになった!?」
「歌は本気で好みだったし、バンドとしては結構ちゃんと好きになったよ」
「女の子としては!?」
「ファンとしての分はわきまえるよ」
「なーんでーよぉぉぉ!!」
いやそこで叫ばれても。見直したし、ファンを自称してもいいぐらいには好きな系統のバンドだったけど、それとこれとは話が別ってやつでしょう。
というか、地団駄って千秋さんキミね。子供じゃないんだからさ……。
「こういう時は惚れ直すもんじゃないの!?」
「そもそも最初から惚れてもないから」
「でもカッコいいんでしょ!? 綺麗なんでしょ!? だったらもうちょい意識してくれてもいいじゃん!」
「それはステージで歌ってる時の千秋さんだから」
「だからどっちも私!!」
「いや全然違うよ」
「同じだよ!」
でもいまの千秋さん、ただの面白い女だし……。
ーーー
あとがき
ライブ描写は盛大にカット! シンプルにめんどくせぇ! というか、知らん分野書き続けるの想像以上にキッつい! おかげで書くの苦戦しまくりだよ!
ということでライブ云々はこれでお終い! あとはいままで通りの緩めの描写で走り切る!
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