第29話 シルキーの歌

「──次の曲、いきまぁぁす!!」


 周囲の熱狂に身を任せ、数十分ほど経過した。何組ものバンドが歌い、気付けばライブハウス内の人口密度はかなりのものになっていた。

 オープン直後はもちろん、一組めの演奏の時よりも遥かに多い観客。ステージの上から眺めたわけではないのでアレだが、体感では満員と呼べるぐらいの客入りな気がする。

 さてここで問題である。今回のインディーズライブ? が初体験で、当の本人は自他ともに認めるインドア派。そんな人種が、盛況と表現できるライブに開幕から参加していたらどうなるだろう?


「……キツくなってきたなぁ」


──正解は、疲労と人混みのせいでグロッキー一歩手前ぐらいの状況になる、でした。


「……」


 いやもう、わりと真面目にキッツイ。というか疲れた。足が痛いし、演出のライトのせいか頭も重い。

 イベント特有の空気感というか、集団心理的な熱狂でバフが掛かっていたからだろうか? 最初は盛り上がっていたし、素直に楽しんでいたのだが、時が進むにつれて誤魔化せなくなってきた。

 にしても、おかしいなぁ。これでも一応、立ち仕事のベテランではあるんだが。何故こうも早く足に疲労が溜まるのだろう?

 このライブがどうこうというわけではなく、出先だと結構な確率でこうなるのが本当に謎。短時間で消耗するし、なんなら体感で通常より疲労度マシマシなのが……。人類共通の特徴だったりするのだろうか?


「……千秋さんには悪いけど……」


 ともかく。こうなってしまっては仕方ない。人混みの中だと加速度的に疲労が溜まるので、大人しく撤退一択である。

 なにせ無駄にオープン直後からいるせいで、俺がいたのはほぼ最前列の好位置だ。ここに留まるのは、いろんな意味で具合が悪い。

 まず周囲の圧が、疲労困憊の身体にはかなり堪える。当初はバフとしての効果があったものの、現在では間違いなくデバフの類いに変化してしまっている。ワンアウト。

 次に、間違いなく楽しみきれない人間が、好位置を独占する行為に対する罪悪感。俺はあくまで成り行きで参加しているが、他の観客はそうでもない。ファンとして参加しているのだから、楽しめない自身よりもそこは優先されるべきであろう。ツーアウト。

 最後。シンプルに疲れた。このままだと体調が悪化する可能性も普通にあるので、マシな体調のうちに動きやすい場所に移動しておきたい。スリーアウト。チェンジ。


「失礼しまーす……」


 若干前のめりの体勢のまま、手刀を切って人混みの中を掻き分けていく。

 目指すは最後尾。もっと言うなら寄りかかれる壁際。未だに出番が来ていない千秋さんには悪いが、ここは申しわけなさを振り切って下がらせてもらう。

 そうしてのそのそと移動し、どうにかこうにか最後尾まで撤退。……ほぼ満員状態になっているからか、後ろに下がることも一苦労だった。


「ふぅ……」

「水月さん?」

「え?」


 最後尾付近の壁に寄りかかり、ほっと一息ついたタイミングで声を掛けられた。

 振り向くと、そこには尾形さんが。後方で作業でもしていたのか、偶然近くにいて俺が目に入ったようだ。


「どうしました? もうすぐ、てか次は千秋たちの出番ですよ?」

「あー、いや……その、お恥ずかしながら人混みに酔いまして……」

「ありゃま。まあ、ライブ初心者ですからねぇ。特に今回は混んでますし、仕方ないっちゃ仕方ないですか」


 ライブの邪魔にならないよう、小声で下がった理由を話すと、尾形さんも苦笑い。いやはや、フォローされると余計に情けなくなってくるな……。

 というか、千秋さんたち次だったのか。直前でダウンとか我ながらアレすぎる。これならギリギリまで粘るべきだったか?


「申しわけなさそうな顔してますが、無理するもんじゃないですよ。無理したほうが千秋も堪えるでしょう」

「……そう思っておきます」

「ハハッ。それに後ろでも十分に楽しめますよ。ライブで一番重要なのは音楽ですからね。人混みで多少見えにくくとも、歌と演奏が聴こえるんです。千秋が伝えたいことは、ちゃんとここでも伝わってきます」

「そういうもんですかね」

「ええ。実際、お客さんの中にもそういう人いますしねー。ほら、あそことか。あえて後ろで聴いてる人もいるんですよ」

「あ、本当ですね」

「ちなみにアレは、無駄に通ぶってるここの常連の一人です」

「……」


 反応に困るネタがぶっ込まれた。でもなんとなく言いたいことは分かる。どこの業界でも、そういう人って必ず何人かはいるよね……。

 そんな風にあるあるネタに共感していると、ステージのほうで動きがあった。演奏していたバンドが引っ込んだので、遂に千秋さんたちの出番となったようだ。


「お、来ましたね。知ってはいるでしょうが、アレがアバンドギャルドですよ」

「おぉ……」


 無意識の内に零れた感嘆。ステージの上を歩く千秋さんは、それだけ雰囲気が違っていた。

 普段の彼女とはかけ離れた、なんとも凛とした立ち姿。他のメンバー、春崎さん含めた常連さんたちも、俺の知る雰囲気とは大きく違う。

 俺が知っている『アバンドギャルド』は、マリンスノーで集まっている女性グループ。楽器を置いて談笑し、お茶とスイーツに舌鼓を打つ。そんな常連客としての姿。

 だが、いまの彼女たちはどうだ。仲良さげ、気心知れた雰囲気はなりを潜め、まとっているのは鋭い雰囲気。まるで公式戦に臨むアスリートのような、そんな凄味のようなものがあった。


「──アバンドギャルド。よろしく」


 千秋さんがマイクを握り、放たれたのは短い言葉。それでいてズシリと腹の底に響く声色。

 なるほど、これがカリスマか。あの能天気さに溢れた、馬鹿っぽい声がここまで変わるのか。これは確かに別人だ。尾形さんが『最高のロックスター』と評するのも分かる気がする。


「……こんなに変わるんですね、千秋さんって」

「いや、アレは単にカッコつけてるだけですね。普段のオープニングトークは、もっと長いし馬鹿っぽいですよ」


 あれー?


「え、アレがカリスマじゃないんですか?」

「違いますね。その証拠にほら。他の観客たちも微妙に戸惑ってるでしょ。いつもだったら、春崎に怒鳴られるまで逆に喋り続けます」

「えぇ……」

「今回はアレですね。水月さんがいるから、デキるバンドマンを演出したかったんじゃないですか? だからほら、ヤケに『らしい』でしょ?」

「まあ、確かにTheバンドマンみたいな雰囲気出してますけど。それで良いのか……」

「一応は。ファンも千秋の奇行にも慣れてるので」


 まさかの周知されてる系だった。尾形さん曰く人が変わるとのことだから、てっきりマイク握ると性格変わる的なイメージだったんだが。こう、公私で思いっきりキャラが違う的な。

 というか、ここから生まれるカリスマってなんなんだ。尾形さんの解説が挟まったせいで、現状では純度百パーな『千秋さん』なんだけど。


「それでは聴いてください。【水面の彼岸花】」


 やけにカッコイイ曲名きたな。大丈夫か? いまのところ完全にアホ丸出しというか、イメージ的に千秋さんの持ち歌が日常アニメのキャラソンなんだが……。


──カン・カン・カン


 そんな俺の不安を他所に、打ち鳴らされるドラムスティック。カウントダウン代わりの、乾いた音がライブハウスに響き渡り。


「────」


──不安も、イメージも、俺の体調不良すら吹き飛ばすような歌声が、ライブハウスに迸った。






ーーー

あとがき


 そういや書いてて思い出したんですけど、一回だけインディーズっぽいライブ行ったことあるかもしれません。確か○○ル○○ー○モ○○○のライブだったかな?

 学生時代、姉弟がファンでチケット取ったものの、仕事か何かでいけなくなって、代わりに母親と一緒に連れてかれた。

 なお私は全然グループ知らないわ、ライブ自体が人生初だわ、人混み酷かったわ、せっかくの休みに強制的に連れてかれたわで、かなりキツかった記憶ガガガ。完全に記憶の奥底に埋没してたのも、多分そのせいっすわ……。

 

つまるところ、作中の主人公の体調は、かつての私の状態を幾分マイルドにした感じの経験談です。

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