第28話 ありがとうシルキーさん

 尾形さんに対し、漠然とした苦手意識が芽生えたものの。あくまで苦手意識であり、不快感ではないため、結局俺はライブが始まる直前まで、いろんなことを教えてもらった。

 今日のライブが対バン、複数のバンドが参加するタイプの内容であること。

 アバンドギャルドを筆頭とした、参加バンドの特徴と見どころ。

 オススメのインディーズバンドと、個人的に跳ねるバンドの見分け方。

 ライブハウスあるあるや、過去に起こったトラブルなどの苦労話。

 そのレパートリーは多種多様。尾形さんが話し上手なことも相まって、苦手意識があってなお聞き入ってしまったほどである。


「──んじゃ、そろそろ時間ですんで。しっかり楽しんでくださいね」

「はい。ありがとうございます」


 気付けばライブ開始間際。千秋さんの暴走から余ってしまった時間は、いつの間にか溶けてしまっていた。……店長がほぼ油売ってたようなものというツッコミはなしで。

 いや、一応弁明っぽいものはしていたが。直前でドタバタしたりするのが嫌なので、オープン時間含めてかなり余裕を持った進行にしているそうで。

 トラブルなどが起きなければ、スタッフだけでも回せるようになっているとかなんとか。


「そろそろだねー」

「ねー。混んできたし、早めに来て良かったね」


 近くのお客さんの会話が耳に入る。丸聞こえというわけではないが、弾んだ声音であることが分かる。

 周囲を軽く見回すと、俺が入店した時よりも遥かに多い観客。満杯ではないが、オープン直後の光景とは比べるべくもない程度には客入りがある。

 恐らく、ここからさらに客足は増えるのだろう。正確に言えば、目当てのバンドに合わせて観客たちが入れ替わる感じか。

 どちらにせよ、ライブハウス内に熱気が渦巻いていることには変わりない。自他ともに認めるインドア派としては、初体験と言っていいぐらいには馴染みのない空気感。


「凄いな……」


 元々、イベントごとには縁のない人生だった。友人に誘われれば付き合いはしただろうが、そうでなければジャンル問わずイベントに足を運ぶことはなかった。

 行けば楽しめるのだろう。だが行くまでのハードルが極めて高い。サブカルチャーも好きなほうだが、ネットで作品を視聴すれば十分なライト層。

 漫画、ラノベ、アニメ、ゲーム。あとはVTuberやストリーマー。コンテンツの大元は楽しむ。だがグッズを買うほどではない。イベントに足を運ぶほどではない。

 別に貧乏性というわけではない。作品を買ったり、ゲームに課金したり、配信者にスパチャしたりもする。趣味の範囲では浪費もする。

 ただそこから先が繋がらない。パソコン、スマホの画面の中だけで完結してしまう。俺の中における娯楽というのはそういうもの。


「あっ、始まるよ!」

「きたきたきた!」


 だからこの熱狂は違和感がある。徐々に上がっていく周囲のボルテージで落ち着かない。肌を震わせる人々の興奮がむず痒い。

 臨場感。そう、臨場感だ。覇権アニメの、その中でも神回と呼ばれるエピソードのオープニング。名作映画のハイライト、その直前を眺めているかのような感覚。


「ランバージャックです! 今日は楽しんでいってください!!」


 ステージに上がった男たち。開幕一発目を任されたバンド。……全然知らない名前だ。一応、尾形さんから事前知識は軽く与えられたが、所詮は知識。実態など伴っていない。

 グループ名もさっき聞いた。どんな曲を得意とするかも聞いているが、そもそもジャンル自体がよく分からない。聞いたことはあるようなと首を捻り、漠然としたモヤモヤが残るぐらいの浅い知識。

 にわかとすら言えないレベル。いや、ここはもう潔く無理解と認めるべきだろう。


「それじゃあ一曲目! 【テレプシコーラ】!」


 それが塗り替えられていく。薄っぺらな事前知識に、音楽という肉付けがされていく。


「……」


 かき鳴らされるギターの音。叩きつけるようなドラムの音。地を這うようなベースの音。そのすべてを背負うボーカルの歌。


「……おぉ」


 素直に凄いと思った。技術に関しては俺は知らない。だが正直なところ、俺が普段聴いている音楽よりは拙いものではあると思う。

 だがそれは仕方のないことだ。なにせ土俵が違う。俺が聴いているのは、結局のところ流行りの曲、流行った曲。

 歌っているのは成功者であり、音楽業界の上澄み中の上澄み。比較するのが間違っているのだと、素人ながらに理解できる。

 歌番組で熱唱する歌手より、歌声に力強さがない。オリコンチャートを取ったバンドより、演奏にまとまりと迫力がない。ネットでミリオン再生されたボカロより、歌詞に中毒性がない。


「おぉ……」


 惹かれるようなものがない。俺の知る数々の名曲より、明確にこのバンドは劣っている。惹き込まれるものがない。


「これが、ライブ……」


──なのに、楽しいと感じている自分がいる。……いや違う。楽しい気分にさせられている。


「おっしゃぁ! 次の曲いくぞぉ!!」


 バンドの拙さを補うのは、周囲の観客の熱狂。ファンであろう彼ら彼女らの放つ熱が、否応にも俺の心を掻き立ててくる。

 俗に言うところの集団心理。ある意味シンプルで、分かっていてもどうしようもないもの。

 抗うことができないわけではない。だが抗う意味がない。『踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら踊らにゃ損損』と、これは多分その類い。

 付け加えるなら、ライブハウスという閉鎖空間もそれを助長しているのだろう。

 一般的なライブのイメージ、ドームのようなそれと違い、このライブは小規模だ。収容人数は規模相応だし、その上で普通に空きが目立つぐらいの人数しかいない。

 それでも密集すれば熱は溜まるものだ。そしてキャパシティ自体が低いから、熱気はすぐに満杯となる。

 あとはグツグツ沸騰するだけ。会場のボルテージは勝手に上がり、観客も同じく茹で上がる。これはそういう話。


「……なるほど。インディーズが好きって言う人がいるのも分かる」

 

 ライブハウスにはライブハウスの良さがある。そういう主張は知っていたが、こうして体感すると納得だ。

 もちろん、まだ表に出ていない原石を見つけるとか、そういう楽しみ方もあるのだろう。俺の抱いた感想なんて、素人が周りに流されてるだけのお祭り気分の産物でしかないのかもしれない。

 それでも、人生で一度は体験してみても良い。そう思わせるぐらいの価値はある。少なくとも、俺はそう感じた。


「……こりゃ、千秋さんには感謝しなきゃなぁ」


 多分、千秋さんの目的とは違うのだろうけど。彼女はもっと単純に、自分の趣味と凄さを観てほしかっただけなのだろうけど。

 知らなかったバンドの知らない曲を、周りの熱に浮かされながら、ドリンク片手に堪能するというのは──なんとも良い初体験だなと思えたのだ。






ーーー

あとがき


 知らないバンドですでに満足している主人公。……なお、それっぽいこと書いてますが、作者の知識は相変わらず漫画由来。

 なので前話、前前話含めて、にわか炸裂の修正祭りでございます。……主人公と同じように、取材ってことにして1回ぐらいは経験するべきなんでしょうねぇ。


 それはそれとして、書いていて悟った真理があるのです。

 人類の一日は、朝起きて、夜眠ることを繰り返して成立しております。つまり起きなければ一日は始まらず、眠らなければ終わらないのです。

 ならば人類の一つの指針、『時間』というのは随分とあやふやなものではありませんか? 日の出から日の入りを24分割したのが時間。それが一日と世界はなっている。

 ですが、人は眠る時に眠り、起きる時に起きるのです。ならば一日とは、究極的に言ってしまえば個々人によって異なっているのでは?

 時間とは社会が決めたもの。そうあったほうが都合が良いという理由で設けられたルール。つまり規模を除けば、社則や校則と変わらないのです。社会という公式が勝手に言っているだけなのです。

 社会に生きている以上、人は社会のルールを尊重しなければならない。それは認めましょう。ですが同時に、人とは『個』であることも忘れてはならないのです。

 個を潰した先にあるのはディストピア。なればこそ、人類は個の価値観を忘れてはならない。


 つまり何が言いたいのかというと、私が前回投稿したのは八月九日の深夜。そのあと眠り、起きて、未だに眠っていないのならば、これすなわち連日更新であるということ! ……投稿日11? 知らんわ寝てねぇんだから私の一日は終わっていない!

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