第27話 シルキーさんは凄いんだ
というわけで、尾形さんに案内される形でライブハウス内をうろつくことに。……こうして考えると、随分なVIP対応である。店長直々にアレコレしてくれているのだから。
「えっとですね、まずは──」
「あ、オガさーん!」
「あん?」
それじゃあ移動しながら説明を、というタイミングで尾形さんを呼ぶ声。何だと思って声のした方向を振り向くと、耳を引っ張られて消えていったはずの千秋さんが戻ってきた。
「どうした? 何か裏でトラブルか?」
「いや違う違う。渡し忘れてたやつ。はいコレ五百円」
「おん? 何の金だよ?」
「ドリンク代。遥斗君の。誘ったのは私だからねー」
「へ? 俺?」
え、何? ドリンク代五百円? スマンが全然話が見えない。というか高っ。
「んじゃ、コレだけだから。諸々よろしくぅ」
「いやおまっ、てコラッ! 店内走んじゃねぇ!」
話に付いていけず呆気に取られている俺を他所に、言うだけ言って千秋さんはスタタと去って行ってしまった。……あ、最後振り替えってチャって指立ててった。
「ったく、あのバカ娘は……。すいませんね騒がしくて」
「あ、いえ。それより、俺のドリンク代五百円って?」
「あー…うち、いや結構なライブハウスがそうなんですけど、法律上は飲食店扱いなんですよ。その関係でワンドリンク強制でして」
「そうなんですか?」
「そうなんすよ。ライブが観られる飲食店にしたほうが、いろいろと許可が降りやすいんですよね」
「へー」
ううむ。完全に千秋さんに誘われたままにやって来たせいで、何も知らなかったな。チケットちゃんと見たら書いてあったんだろうか?
にしても、ライブハウスが飲食店か。つまるところ、パチンコの換金所とか、スーパーの食玩とか、そういうのと同系統の裏技なのだろう。
そして飲食店として経営している以上、客には必ず食品を注文してもらう必要があると。だからワンドリンク強制。……それはそれとして高いとは思うが。
「いや、そうじゃなくて。あれ? なんか流れでスルーしちゃったけど、俺もしかして千秋さんに奢られた?」
「いえ。水月さんのは招待チケットなので、ワンドリンク無料ですね」
「え? じゃあ何で千秋さんは?」
「良いカッコしたくて、ワンドリンク無料なの忘れてんじゃないですか? それかそもそも知らなかったか」
「えぇ……」
「ま、気にするだけ無駄でしょう」
互いに遠い目。何が酷いって、尾形さんが呆れこそすれ、特に驚いていないところだろう。
流石は千秋さんのホームというべきか。未だに謎が多かった、というか関わる状況がアレすぎて参考にならなかった彼女の評価というものが、どんどん明らかになっていく。
なお明らかになったところで、当初から俺が抱いていた印象と大して変わっていない。なんというか、本当に千秋さんってアレなんだなって……。
俺も変人な自覚はあるが、ここまで周囲を振り回せるアグレッシブさはない。よく発揮できるものである。
「まあ、そんなわけで。はいコレ。当日のみ有効のドリンクチケットですので。お好きなタイミングで、あっちのドリンクスタッフにお渡しください」
「あ、はい。ありがとうございます」
「ちなみに本来なら、受付けの時に渡す物です。今回は説明ついでに渡すつもりだったのと、千秋の暴走のせいで変なタイミングになりましたが」
「あはは……」
いやもう、本当に笑うしかないなコレ。周囲を薙ぎ倒して動き回る台風みたいな人である。
「この五百円はこっちで返しておきますね」
「あ、お願いします」
「ついで揶揄います」
「あー。愛されてますね」
「そりゃもう。千秋は馬鹿ですが、ありゃ愛される馬鹿ですんで。馬鹿な奴ほど、年寄りには可愛く感じるもんなんです」
そう言って尾形さんは、フッと慈愛に満ちた表情を浮かべた。
あえて表現するなら娘、いや甥っ子か姪っ子を見守るかの如き眼差し。だが見た目がかなりイカつい方ではあるので、やけに渋くてダンディな表情になっている。……多分千秋さんがいたらゴッドファーザーとか言いそう。
「実際のところ、水月さんにアイツとの関係性を訊ねたのは、余計なお世話を焼きたくなったからでしてね。変な奴だったら、軽く脅かしてやろうと」
「あ、そういう……?」
「ええ。俺は別にアイツの親でもねぇし、やってることはオッサンのお節介ではあるんですがね。ただうちをホームにしてくれているバンド、それも将来性は抜群なんだ。過保護になりたくもなるでしょう?」
「あー……」
バンドの世界がどのようなものなのかは分からないが、それでも言わんとすることは理解できた。
自身のライブハウスから有名なバンドが輩出されれば、そりゃ鼻が高くもなるし、可愛がりたくもなる。そこに何らかの実益も付いてくるであろうことを考えれば、余計なお世話とも言えないかもしれない。
「ちなみにお訊きしますが、千秋さんたちってそんなに凄いんですか?」
「……俺は店長として、そして一人の音楽関係者として、何組ものバンドを眺めてきました。だからこそ分かるんですよ。アバンドギャルドはビックになる。間違いなく」
「そんなに……」
「ええ。まずシンプルに花がある。アーティストと言えど、見た目はやはり重要だ。そういう意味じゃ、アイツらは文句ねぇ。そこらの地下アイドルなんかより、よほど見目が整ってる」
「それは確かに」
千秋さんも春崎さんも、タイプは違えど二人とも美人だ。残りのメンバーもそうだ。
バイト経由でバンドやっているのは知っていたが、そうでなければ普通にアイドルグループか何かと勘違いしていたかもしれない。
「そして音楽。これもまたレベルが高い。演奏はすでにプロに指が届いている。インディーズという枠組みの中じゃ、最上位でしょう。……まあ、インディーズとメジャー云々は、昔と現在じゃイメージが結構違うので、地味にややこしいんですがね」
「は、はあ?」
個人的には、インディーズもメジャーもよく分からないのだが、尾形さんの口ぶりからして何かしらの違いがあるのだろう。……音楽の勉強もしたほうがいいか?
「まあアレです。アマチュア最上位と思っていただければ相違はないです。ただメンバー全員が若いので、伸び代はとんでもない」
「なる、ほど?」
「その上で注目すべきが歌。ボーカルである千秋なんですよ。あいつの歌は頭一つ抜けている。まだ荒削りではあるが、それでもプロと遜色ない。なによりカリスマがある」
「カリスマ……?」
「ククッ。まあ、そんな反応にはなるでしょうねぇ。でもね、これはマジなんすよ。アイツはマイクを握ると別人になる。普段は能天気な間抜け。だがステージの上では──最高のロックスターだ」
「……」
断言。躊躇いなく言い切った尾形さんのその瞳は、間違いなく未来を見つめていた。
それほどなのか。千秋さんは、それほどまでに凄い人なのか。……え、アレが?
「ハハッ。信じらんねぇって顔してますねぇ。と言っても、無理もないですが。ま、その辺りは自分の目で確かめれば良い」
「それは……そうですね」
「てなわけで、話を戻しますが。アイツらには何ごともなく、スターの階段を登ってほしいんですよ。だから変な虫は追い払うつもりだった」
あ、そこまで話を戻すのか。というか、話の流れ的にその『変な虫』って俺では?
「えっと……」
「ああいや、勘違いしないでもらいたいんですが、水月さんがどうこうって話じゃないですよ? ただバンドなんかやってると、その手のトラブルが大なり小なりくっ付いてくるってのが、長年の経験からの結論でして」
そう言って尾形さんが語るのは、かつてあったバンドが消えていくまでの過程。
曰く、バンドマンの多くは夢追い人の部分があるため、金銭や異性関係でトラブルが多発するのだとか。……なお、千秋さんも例に漏れずガッツリやらかしているのは、この場に限れば言わぬが花というやつだと思う。
「特にアイツらは見た目が良いし、そういう目的で近づこうって奴らもゼロじゃないんすよ」
「あー」
「何度も言いますが、水月さんがそうというわけじゃないですよ? いやコレはマジの話。あなたは少なくとも、人間としては信用できる」
「へ?」
信用? え、何で? この短時間で信用できる要素なんてなくない? 変な虫と警戒されるほうがまだ分かるのだが。
「ほら、さっき俺があの二人に対して怒鳴ったでしょ? あの時、水月さんそれとなく庇おうとしてたじゃないですか」
「……」
「自分で言うのもアレですが、俺みたいなイカついオッサンを前にして、そういう風に動ける奴は中々いない。若い人なら尚更だ。その時点で、アイツらの見た目だけを追う色ボケどもより万倍マシだ」
「……アレは単に、トラブルを避けようとする接客業としての本能と言いますか」
「ハハッ。そういうことにしときましょう」
「……」
凄い生暖かい視線を向けられた。いま気付いたが、俺この人が多分苦手だ。
ーーー
あとがき
前回のあとがきにも書いたんですが、自分のにわかが露呈したので、前回の内容を無難な形に修正しました。
まあ、所詮は漫画知識なので。一応、個人的にも調べはしますが、必ずどっかで粗は出ると思うので。
生暖かく見守っていただければなと。
追記
にわかが出たのでまた編集しました。
ドリンク代の件、どっち……? 結局、両パターンあるってこと……?
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