第26話 シルキーは目の前が真っ暗になった

「あっ、遥斗君! 待ってたぁぁぁぁ!?」

「こ の 馬 鹿 タ レ がぁぁ!!」


 満を持して足を踏み入れたライブハウス。その記念すべき最初の光景は、なんとびっくり知り合いが梅干しを喰らっている姿であった。

 というのも、どうも千秋さんが入口付近で待ち構えいたようで。その結果、俺を先導してくれていた春崎さんに、ものの見事に捕捉されたというわけだ。


「痛い痛い痛い!? 急になんなのメグ!?」

「まず散々迷惑かけた水月さんを、無駄に早く来させた件。私たちの印象が拷問も辞さない危険集団になっている件。弁明は?」

「っ、スゥゥゥ……」

「前の状態+足の下にドラムスティック」

「それガチの拷問じゃんかぁぁ!! 印象じゃなくて純然たる事実になってますけどぉ!?」


 涙目で叫ぶ千秋さんに、とりあえず合掌。当初の予定通り合掌。


「おいうるせぇぞ!」


 そしたら知らない人に怒鳴られた。うおっとビク付きながら視線を向けると、シルバアクセをジャラジャラ付けたスキンヘッドのオッサンが。

 ヤバいかと内心で焦りながら、それとなく千秋さんと春崎さんの前に移動し


「あっ、オガさん。ゴメンいつもの」

「見りゃ分かる。だがそれはそれとして騒ぐんじゃねぇ。もう客何人か入ってんだぞ」

「いや大丈夫でしょ。いまいるの全員古参の常連じゃん」

「そういう問題じゃねぇんだよ。ったく……」


──ようとしたが、親しげな雰囲気を確認して足を止める。どうやら顔見知りらしい。


「で、この兄ちゃんは? 知り合いか?」

「私の未来の旦那です」

「あん?」

「アンタそろそろ水月さんから殴られるよ」

「いや殴りはしないけど……」


 ただそれはそれとして、せめて初対面の相手にはマトモに紹介してほしかったなぁ……。いや、ネタとして伝えるならそれはそれで構わないんだけど、遊びのない真顔で言われたら訂正が大変でしょうが。


「えっと、水月と申します。今日は千秋さんにお誘いを受けて、ライブを観に来ました」

「ああ、これは丁寧に。店長の尾形です。今日は楽しんでいってください」

「遥斗君、緊張しなくて良いからね。見た目は完全にギャングだけど、オガさん良い人だから」

「やかましいわ。客商売やっていく上で当然の対応しかしてねぇよ」


 千秋さんの補足に舌打ちを飛ばしたあと、再び尾形さんがこちらを向いた。


「それで、実際のところ千秋とはどんな関係で? やはりコレですか?」

「オガさん、なんで小指立ててんの?」

「あー、いや。そういう関係ではないですね」

「通じてる!? メグっ、いまのジェスチャーの意味って分かる!?」

「小指立てる=オンナ。つまりキミの恋人かって訊いてんだよ。随分と古いけど」

「古くねぇよ!? ちゃんと通じてるじゃねぇか!」

「もう遥斗君はそんな恥ずかしがってー」

「「「ちょっとうるさい」」」

「私だけ怒られた……?」


 いやそんな愕然とした表情を浮かべられても……。わりと真面目に騒がしかったし、残当ってやつだと思うのだが。

 会話の合間合間でピーチクパーチク言われたら、そりゃ注意の一つもされるでしょうに。


「あー、ともかくだ。千秋よ、水月さんとはどういう関係なんだ? 冗談とか抜きで教えてくれ」

「……いやそもそも、何でオガさんに教えなきゃいけないの?」

「シンプルな興味」

「セクハラ」

「おまっ、このご時世にそれは洒落になんねぇからな!?」


 思いのほかガチ焦りをする尾形さん。見た目はゴツくても、やはりコンプラは怖いらしい。

 それはそれとして、これ以上引っ掻き回されても困るので、千秋さんの代わりに俺が答えることにする。……まあ、素直に語れるような関係性でもないので、軽くぼかすつもりではあるが。


「あー、千秋さんとはアレです。家事代行サービスと依頼主、みたいな関係です。その縁で交流があるというか」

「ほーん? なんだ千秋、お前さんバイト始めたのか」

「いやバイトじゃなく通いづ、たぁっ!?」


 余計なことを言おうとした千秋さんの顔に張り手。なお、実行犯は春崎さんである。

 春崎さんとしても、馬鹿正直に経緯までゲロられたら困るからだろう。残念なことに、その辺の信用は千秋さんにはないらしい。


「話が進まないから、これ以上ボケるの止めな」

「いや止め方ってのがあるじゃん……」

「グーが良かった?」

「血濡れでライブしろと……?」


 笑顔で拳を構える春崎さん。ジリジリと後ろに下がっていく千秋さん。

 なんだこの光景。さっきからライブハウスとは思えぬ、コメディチックなシーンばかり脳内に追加されていっているぞ。


「お前ら、そろそろいい加減にしろよ。騒ぐなら裏でやれ。ついでに言うと、他の二人が待ってんぞ。なんか買い出しに行ってたんだろ?」

「あっと、そうだった。ほら蘭、馬鹿やってないで行くよ」

「えー!? それじゃあ遥斗君ぼっちになっちゃうじゃん! 初ライブハウスでそれは心細すぎるでしょ!?」

「アンタが異様に早く呼び出したからでしょうが! てか、マジで何でこんな早くにした!?」

「いやそりゃもちろん、出番まで私が直々に解説やらをしようかと……」

「気 を 遣 え 気 を !」

「痛い痛い痛い痛い!?」


 今度はアイアンクローか。地味に技のレパートリーが豊富である。


「ったく、しょうがねぇな……。だったら代わりに俺が付いててやるから、さっさと裏行ってこい。しょうもねぇパフォーマンスしたら承知しねぇぞ?」

「えー!? 何で美味しい役目をオガさんに取られなくちゃなんないの!?」

「むしろお前さんは何で案内しようとしてんだよ。キャストだったら仲間内での打ち合わせやら最終確認やら、いろいろやることあんだろ」

「え、ないけど?」

「コレでマジで困ることないからムカつくんだよなぁ……!」

「これだから天才は……」


 つまり、ぶっつけ本番ドンと来いと? むっちゃ不遜なこと言ってるけど、すげぇな千秋さん。

 しかも否定されない辺り、マジでそれぐらいできるということなのだろう。


「ともかく行け。お前が良くても、周りのメンバーは違うんだからよ」

「いやいやいや。オガさんは皆を舐めすぎだよぉ。全員即興でも問題ないって」

「技術じゃなくてメンタルの問題なんだよ馬鹿。分かったらほらキビキビ歩く!」

「耳がぁぁ!?」


 うわスッゴ。耳引っ張られて連行されるとか、現実で初めて見た。梅干しといいアイアンクローといい、春崎さんって千秋さんの保護者か何かか?


「……はぁ。いや、すいませんね本当に」

「あ、いえ。むしろこちらこそご迷惑を。話の流れで変な役目を負う羽目になってましたけど、こちらは大丈夫ですので……」

「いえいえ。ご新規さんに楽しんで貰うのも、店長として当然の職務ですんで。ましてや、うちの売れっ子たちの紹介となれば、贔屓の一つも吝かじゃあありませんよ。チケットを拝見させていただいても?」

「あ、はい」

「──確かに。では、軽く案内させてもらいますね」



ーーー

あとがき

ギリギリセーフ。いまは七日の24時。おーけー?


なんかコメントあったんで修正したんですけど、裏で軽く練習するのって何て言うんです? セッション? それともリハのままであってる?


あとこの際ついでに訊くんですけど、ライブハウスってどんな作りなんでしょうね? 個人的なイメージだと、ステージの他に演奏できる小部屋みたいなのがいくつかある、みたいな感じなんですけど。


所詮はにわかのぼ〇ろ知識。限界がある。


更に追記

にわかが完全に露呈したので、無難な形に編集しました。

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