第24話 シルキーからのお誘い
千秋さんが公認シルキーとなって、数日の時が経った。といっても、非公認時代から特に何かしら変わったわけではない。
元々、ほぼ毎日我が家に侵入していたのだ。頻度的にはカンストのような状況であり、それを越えるとなると同棲ぐらいしか選択肢がなく、そんなこと許すわけがないので、必然的に変化など起きなかったのである。
「……次は何しよう」
「やることなくなったら上がっていいよ」
「いーやーでーすー! まだ帰らない!」
「毎度のことながら、よく居座るねぇ」
訂正。一つだけ変化はあった。というのも、千秋さんが我が家に留まる時間に上限を設けたのだ。
いままでは、俺が千秋さんのことを無視していたために、ある意味でされるがままとなっていた。家事を終わらせたあと、千秋さんはスケジュールが許す限りこの部屋に留まり、隣に座ってくるなど好き放題やっていたわけだ。
が、無視を止めたとなれば話が変わる。なんなら、公認したことで力関係的には上位となったために、しっかりと家主として主張を通させてもらった。
「うぅっ……! 家事が終わったらすぐ帰れって、遥斗君は本当にいけずだよ!」
「時間が許す限りいられても困るの。俺にだってプライベートってもんがあるんだから」
「いやほら、そこはいないものとして扱ってくれればいいから!」
「いない者として扱ってた時に無法してた人に言われてもね……」
「うぐっ」
もはや何度目か分からない抗議に、同じく何度目か分からぬ反論でもって応える。
いや本当に、いけずと言われても困るのである。そもそもこの対応は、個人として正当な権利の行使なのだから。
何度も言うが、千秋さんは高頻度で我が家にやってきている。時間帯はまばら、滞在時間にも差異はあるが、それでもほぼ毎日である。
ストーカーを黙認していた立場で言えたことではないが、俺にだってプライベートはあるのだ。人といるとストレスが掛かる、なんて主張するほどのコミュ障ではないが、それはそれとして一人の時間が落ち着くのも事実。
本職のように弁え、家政婦に徹してくれるのならまた話は変わるが、千秋さんの主張の強さ的にそれも無理。
つまるところ、ほぼ毎日やって来て、長時間居座られたら寛げない。だからその日の家事が終わったら、大人しく帰るという条件を呑ませたのである。
そのせいで毎度毎度、部屋を隅々まで掃除したりするようになったのは誤算だったが。おかげで我が家は常にピカピカである。
「正直、綺麗すぎて逆に落ち着かないんだけど。男の一人暮らしにあるまじき綺麗さだよ」
「だってそれぐらいしなきゃ直ぐ終わっちゃうんだよ!? 短時間でさよならとか寂しいじゃん!」
「交換条件で、多少の雑談に応えてるでしょ。それで良しとしてほしいんだけど。……てか、ほぼ毎日顔合わせてるのに寂しいとか叫ばれても」
「何でよ!? ほんの少しの間しか一緒にいれないなんて、現代の織姫と彦星だよ!?」
「正直なところ、お互いの粗が見えないから、年一に会うぐらいがちょうど良いと思うんだよね」
「凄いシビアな返しするじゃん……」
いやでも、男女関係ってそんなもんじゃない? どんなに付き合いたてがラブラブでも、長くいればそれだけ嫌なところも見えてくるし。熟年離婚なんてその最たる例な気もする。
だったら、下手に嫌なものが見えない、それこそ年一に会うぐらいが、良い感じに感情を維持できるんじゃないかなと。
「いやそうじゃなくて……。私としてはさ、『ほぼ毎日顔を合わせてるんだから、織姫と彦星に謝れ』的なツッコミを期待してたのであってね?」
「分かった上で言ってるんじゃないか。ついでに補足すると、遠回しに頻度落とせって主張してたりもする」
「やっぱり遥斗君はいけずだよ! 会えるなら会いたい乙女心を蔑ろにしすぎだよ!」
「代わりに俺のプライベートが蔑ろになってるんですがそれは」
「だって遥斗君、本気で言ってないじゃん。叶わなかったらそれはそれ程度にしか思ってないじゃん」
「よく分かってらっしゃる」
何だかんだで付き合いが長いせいか、俺の思考回路に対する理解が深くなってるな。最初のほうは、普通に驚いたりしてたんだが、最近は察しが良くなって驚くことが減ってきた。
「ま、それはそれとして。実際問題、千秋さん俺のところに来すぎじゃない? どんな生活してるの?」
「え、生活? 別に普通だと思うけど……」
「いやだって、俺の二つ下で、確か前言ってたけど大学行ってるんでしょ? それでこの頻度で来れるって中々アレだよ?」
「そうかな?」
「そうだって。めっちゃ楽な大学通ってんのかなと思うぐらいには」
「あれ? 通ってるところ話さなかったっけ?」
「うん。有名なところ?」
「まあ知名度は全国区だね」
聞いたらメタくそ有名な大学だった。全国区とかそういうレベルじゃねぇぞそこ。というか千秋さん頭良いんだな。俺の前での言動は頭悪いのに。
そして余計に分からなくなった。偏差値がアホみたいに高い有名大学なら、何故こうも高頻度で家事しにやってこれるのだろうか。
「単位とか大丈夫なわけ? 講義の数多かったり、難しすぎて落単とかないの?」
「んー、その辺は特に心配ないかなぁ。ちゃんと計画的に履修してるし、内容もそんなに? スマホ弄りながら聞いてても、普通に理解できるし」
「あ、駄目だこれ天才の台詞だ」
いまの受け答えで分かった。見栄でもなんでもない自然の感じ、これ頭のデキからして違う人種だ。難関大学に入るべくして入った系だ。
「……まあ、うん。同じ学生として激しく納得いかないところはあるけど、学業に支障がないのは分かった」
「そーそー。講義は適当に固めて取って、空いた時間に来てるだけだからねー。全然おかしなことはないんだよ?」
「適当なのか……」
「うん。別に大学でやりたいことないし。モラトリアムを消化するため的な?」
「もらとりあむ……」
「そ。だからぶっちゃけると、大学は何処でも良かったんだ。国立を受験したのは、適当な理由で両親に高い学費を払ってもらうのもアレだったからだし。あとは周りに勧められるままに、近場で一番有名な国立を選んだんだ」
「……」
思わず沈黙。またなんとも、世の受験生を敵に回す発言だこと。そんなふわっとした理由で、国内最高峰の学び舎に入れたら世話ないのだが……。
特にタチが悪いのは、千秋さん本人はマジで言ってそうなところか。大学のネームバリューとか、一切気にしてない。なんだったら、この口ぶり的に受験勉強をしたかどうかも怪しいぞ。
俺とて受験に苦労した口ではないし、何か目的や将来のビジョンがあって通ってるわけではないが……。それでもかつての空気を知ってる身としては、なんとも理不尽に感じてしまう。
「そう考えると、失敗したなぁって思っちゃうよねぇ。遥斗君と同じ大学に入ってればなぁ……」
「馬鹿と天才は紙一重、か。世の中って理不尽だねぇ」
「この流れでシンプルな罵倒!?」
「あー、でもアレか。知性の代わりに人間性は欠けてるし、差し引き的にはプラマイゼロなのか」
「罵詈雑言が止まらないねぇ!?」
いや、愚痴の一つも言いたくもなるわ。そんなに頭が良いのなら、常識も同じように身につけてほしかったよ。何故ストーカーになったんだ。
あと同じ大学は俺が嫌だ。大学でまで付きまとわれたくはない。鬱陶しい。
「ちょっとズレたね。話を戻すけど、やっぱり解せないところがある」
「何が?」
「大学は問題ないのは分かったけど、バイトとかはどうしてんのさ。音楽活動するのだってタダじゃないんだし、なんかやってはいるんでしょ?」
これまでの付き合いで、千秋さんが本気でバンドに取り組んでいることは分かっている。
なんかレーベル云々でお祝いしてた記憶もあるし、何度も練習を理由に帰っていることも考えれば、ある程度は察せられる。
となれば、相応の支出もあるはずなのだ。音楽活動は出費が大きいイメージがあるし、それをカバーするには資金の補充は不可欠。
学業、バイト、バンド活動。この時点で三足の草鞋。それに加えて我が家での家政婦なのだから、忙しいという言葉では片付けられまい。
だからこそ分からない。この状況で、何故ほぼ毎日会いに来ることが可能なのか。どうやって時間を捻出しているのか、本当に不思議でならないのだが。
「んー、バイトの類いは特にやってないよ? 私、実家暮らしだし。生活費はかなり抑えられるってのと、ライブのバックがあるから」
返ってきたのは、俺の予想を根底から覆す内容で。
「バイトしてないの!? てか、バック?」
「そー。簡単に言っちゃえば収入かなぁ。まあ、この辺はバンド事情に詳しくないと想像できないよねぇ。──てことで、はい」
「……なんこれ? チケット?」
「そ。今度ライブあるからさ、遥斗君も見に来てよ。せっかくだから、私のこともっと知ってもらいたいし!」
──そう言って、千秋さんは満面の笑みで俺のことを誘ってきたのだった。
「……面倒だしパスしたいんだけど」
「何でぇ!? ちゃんと遥斗君のシフトを考慮した日を押さえたんだよ!? メンバーに結構無理言ったんだから来て! お願い!!」
「えー……」
ーーー
あとがき
なお作者のバンド周りの知識は最近のアニメ経由。つまり結構ふわっとしてる。
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