第23話 家主に負けるシルキー

「……ま、負けた」


 そう言って、千秋さんは頭を抱えた。その声色は嘆きに染まっており、腕の隙間から覗く表情は絶望に染まっている。


「一口のあとの第一声がそれか……」


──なお、これは俺の作った飯を食べての反応である。どういうリアクションだと問い詰めつつ怒るべきだろうか?


「だって、だって……! 遥斗君の作ったうどん、凄い美味しいんだもん! あんなチャチャッて作ってたのに、私の本気料理よりも絶対に美味しいんだもん! 胃袋絶対に握れないじゃんこんなの!」

「飯時に騒ぐんじゃないよ。唾飛ぶでしょうが」

「……ゴメンなさい」


 注意したら顔を赤くしてトーンダウンした。やはり唾云々は恥ずかしかったらしい。相変わらず謎に常識的な羞恥心である。

 あとサラッと言っているが、俺の胃袋を握るつもりだったのかこの人。こういう言動を見ると、本当に攻略しに来てるんだなと普通に感心してしまう。……なのに何故初手から盛大に道を踏み外したのだろう?


「にしても、そんなに美味しかったコレ? 内容としては、まんま手抜きの賄い飯なんだけど」

「美味しいです。私じゃ逆立ちしたって遥斗君に勝てないと思うぐらい……」

「過大評価がすぎる」


 やけに絶賛されているが、出したメニューは超お手軽うどん+スーパーの漬け物である。俺はさらにサイドとしてバター醤油ご飯を添えているが。

 うどんについては本当に簡単で、パックの鰹節を丼にぶち込みレンチンして、そこに醤油やらごま油やら、適当な調味料を適量加えてタレを作る。あとはそこに茹でておいたうどんを放り込んで、最後に卵、胡麻、刻みネギ、刻み海苔を掛けて完成というもの。

 料理の質としてはマジの賄いレベル。美味いから作っているので、そりゃ味については自信はあるが、それにしたって限度というものがあるだろうに。


「いやだって、こんな美味しい料理を片手間で作られたら……」

「まあ、だからこそ賄いなんだけど」


 チャッと作って、ササッと食べれる。仕事の合間にお手軽エネルギーチャージ。それが賄い飯というものだ。

 ちなみにうどんの調理時間は五分と少しぐらい。タレは目分量で作れるので、うどんの茹で時間=調理時間のようなものだ。


「一度レシピ見て材料記憶すれば、千秋さんだって簡単に作れるでしょ」

「いやそうだろうけど、そうじゃないんだよ。遥斗君と私じゃ、手際の良さが違うんだよ。後ろ姿だけで、それをありありと理解させられたんだよ」

「そりゃそうでしょ。バイトとはいえ、料理で金貰ってる立場だし」


 何度も言うが、俺はホールもキッチンもできる、マリンスノーの万能バイトである。勤務時間は控えめではあるが、バイト歴はそこそこ長いベテランだ。

 店長から『卒業したらうちで働きなよ』とスカウトされるぐらいには認められているので、調理技術もそれ相応のものがある。


「うぅ、女子力で負けた気がする。……美味しい」

「うどん啜りながら嘆かないでくれ。あと男子に女子力は基本的に死にステだから」


 辛気臭い顔を浮かべつつ、しっかり味は絶賛してるから反応に困るんだよなぁ。

 手料理を褒められたとドヤ顔を晒せばいいのか、それとも表情について文句あるのかとツッコめばいいのか。……まあ、別にどうでもいいか。食べられてるなら問題なしということにしよう。

 それよりも、だ。地味に気になっている部分がある。なので味変感覚で漬け物を齧りつつ、千秋さんに問いかける。


「今日の予定は?」

「それはデートのお誘いですか!?」

「会話が成立してないんだよなぁ……」


 質問の答えになってないんだよ。質問を質問で返すなと言わないが、せめて脈絡を繋げてくれ。


「何時までここにいる気だって訊いてんのよ」

「許してくれるなら宿泊すら選択肢の内ですが?」

「許さないので普通に予定を話してください」

「遥斗がつれない……」


 つれるつれないの問題じゃないだろうに。泊まりとか許すわけないだろ常識的に考えて。

 というか、一度泊まりを許せば、そこからなし崩しで我が家を侵食してくるだろ。千秋さんはそういうこと絶対にやる。


「えっと、今日はバンドの練習があるから、いれるとしても四時までかなぁ」

「ガッツリ予定あるじゃんか。それでよく泊まるなんて言えたな」

「え、練習終わったらここに帰ってくれば良くない?」

「良くないですね」


 なんか千秋さん的には、第二の自宅みたいな感覚でいるっぽいんですけど、ここって俺の家なんですよ。鍵持ってるから認識バグってるんですかね?


「って、そうだ。いま思い出したけど、鍵」

「鍵?」

「そう鍵。千秋さん、俺の部屋の鍵持ってんでしょ?」

「……返さなきゃ駄目?」

「いや返………………さなくて、いいな。うん」

「本当っ!?」

「……うん。あげるよそれ」


 反射的に返せと言いそうになったけど、よく考えれば返してもらう必要がないんだもん。

 いやだって、鍵返す=俺の在宅時にしかやって来れなくなるわけで。つまるところ家事の頻度が減るので、返してもらうメリットがない。

 非公認シルキー時代なら、それでも返してもらう選択肢もなくはなかったが、公認となり身元も割れたいまなら、まあ現状維持でいいか。


「えへへっ。大切にするね!」

「宝物か何かだと思ってる?」

「宝物だよ! だって遥斗君のお家の鍵で、遥斗君からの初めてのプレゼントだもん!」


 プレゼントかぁ(手渡した記憶はない)。ものは言いようである。なお俺個人としては、シンプルに業務で必要な支給品だと思っている。


「ところでいまさらだけど、その鍵って何処にあった? それ、多分俺がなくしたやつだと思うんだけど」

「玄関の扉に挿しっぱだったよ? 遥斗君、あれは普通に危ないから気をつけたほうが良いと思う」

「……うす」


 予想以上に馬鹿な喪失理由で笑えなかった。落としたとかじゃなく、玄関の外に挿しっぱとか……。俺、そんなアホだったのかなと。

 いやマジで危なかった。引っこ抜いたのが千秋さんで良かったわ。空き巣とかのガチ犯罪者の手に渡ってたら、入られ放題の悪用され放題じゃねぇか。……よくよく考えたら、千秋さんも犯罪者だし、入られ放題の悪用され放題だったような?


「……いいや、考えんの止めた。つまり四時には帰ると。了解」

「うん。だからチャチャッと家事終わらせて、一緒にゆっくりしようね遥斗君」

「え?」

「え?」

「……いや、家事終わったら帰るでしょ普通」

「何故に!?」


 何故にじゃないが。むしろ何で居座る気満々なんだ。友達でも客でもないと最初に言ったでしょうが。




ーーー

あとがき

 ネタが出尽くしたんで、上手い感じのサブタイを考えるのはもうやめますわー。ネタ思いついたらやる程度で。


 それはそれとして、タイトル回収が早すぎて、今後の展開が気になっているというコメントが。ごもっともではあったので、軽く説明をば。


 お忘れかもしれませんが、この作品は元はボツネタ供養です。ぶっちゃけ、初投稿時は六話書いてたか書いてないかレベルでした。

 つまるところ、当初の予定ではタイトル回収までいくつもりもなかったですし、タイトル自体もクソ適当に付けました。まんまなのもそういうことです。

 なので時期が来たら、高確率でタイトルは変えます。時期はいつかは未定です。ですが変えることはほぼ間違いないかと。その辺はご了承ください。

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