第22話 サブタイ考えるの面倒になってきた
「さて、と」
千秋さんのトーンが落ち着いたのを確認し、一旦話を切り上げる。……近所迷惑と言われたら大人しくなる辺り、本当に変なところで常識的である。何でストーカーやっちゃったんだろこの人。
ま、それはそれとして。目が覚めて、時刻も昼手前となれば、やるべきことがあるだろう。
「昼、どうすっかねぇ……」
飯である。それも朝昼を兼ねた、わりとガッツリしたものが食いたい感じ。
とはいえ、悩みどころだ。毎日の食事というのは、楽しみであると同時に手間でもある。具体的に言うと、メニュー決めがまあまあ大変。
「袋麺は昨日食ったしなぁ。二日連続はちとアレだし、かといって他のインスタントも……」
そこでチラリと視線を移動。キョトンとした表情を浮かべる千秋さんが目に入った。
一人飯なら気にはしないが、残念なことに現在この部屋にはもう一人がいる。流石にこの状況で選ぶメニューではない。
別にカッコをつけてるわけではない。何度も言うが、千秋さんとは微妙な関係性だ。女性的な魅力が高いのは認めるが、そういう対象になるのかと問われれば……まあ、うん。
なのでこれはアレだ。食事に関してはちゃんとする。ただそれだけのことである。俺の数少ない拘りである以上、曲げるようなことはしないというだけ。
千秋さんは客人ではない。雑に説明すれば家政婦モドキである。だからもてなす対象にはならない。だが労働者ではある。
ならば、賄い飯を食する権利はあるはずだ。最低限その選択を与えるべきではないかと、雇用主モドキの俺としては思うわけだ。
「一応訊くけど、千秋さんは昼食どうする?」
「それはランチデートのお誘いってこと……!?」
「いや違うが」
「えー、何でよー。一緒にお外で食べようよー」
「金がもったいない」
一人暮らしの大学生が、そうそう外食なんてするわけないだろうに。節約に精を出すほどではないが、無駄な出費を抑えるのはもはや習慣と言える。……正確に言えば、習慣にしておかなければ痛い目を見る。
まあ、それを抜きにしても外食という選択肢はない。なにせバイトの立場ではあるが、マリンスノーではキッチンスタッフとして働くこともある身だ。
商品として提供できるレベルの腕前は備わっているつもりだし、バイト仲間から賄い飯の指名が入るぐらいにはレパートリーも豊富である。
「嫌いな物は?」
「っ、その口ぶりだと、まさか遥斗君が作ってくれるの!?」
「そのつもりだけど」
「そんな急に優しく……。これがツンデレ?」
「二つの意味で心外なんだよなぁ」
デレはもちろん、ツンと言われるほど邪険に扱った記憶もないのだが。せいぜいが塩である。
そもそも料理を作ることでデレ扱いされても困る。バ先で普通に作ってるわ。俺が虚無顔で作った料理、常連の千秋さんなら絶対に食べたことあるぞ。
「だって遥斗君、家事は私に任せる気満々っぽいし……」
「まあそうなんだけど。料理となると話は別でしょ」
「そんなに料理好きなの?」
「いや単に自分の腕前が一番信用できるから」
「私も料理できるからね!? 趣味って言えるほど上手くはないけど、それでもちゃんとレシピ通りのものは作れるよ!?」
「うん座ってて」
「ちょっとぉ!?」
いまの反応で大体分かった。やっぱり俺が作ったほうが良いなこりゃ。
「何で!? いまのどこに駄目な要素があったの!?」
「日常的に料理やってなさそうだから。レシピ通りに作ろうとしすぎて、逆に手際が悪そう」
「なんか凄いプロっぽいダメ出し飛んできた」
いやプロではないが。一応、店長に将来的な勧誘を受けたことはあるけど、所詮はバイトである。
だがそれはそれとして、日常的にやってる人種と、とそうでない人種を見分けることぐらいはできる。
「レシピはあくまで目安だよ。レシピ通りに作るって言う人は、やり慣れてない場合が多いイメージ。慣れてる人は逆にその辺が雑になってくるし」
目分量とか適量とか言い出したり、勝手に冷蔵庫にある食材で勝手に代用し始める。自分の中で味の完成図ができていて、パズルみたいに手持ちのアレコレを当てはめていくのが、料理慣れしている人の特徴だと思っている。
もちろん、レシピに従わない=料理慣れしているというわけではない。むしろガチで料理をする時は、恐ろしいぐらいレシピに正確になる。
ただ日々の料理にそこまでのリソースを注ぎ込まないというだけ。その配分がしっかりしていて、初めて慣れているという評価になる。
「というか、レシピを使うなら、まず手持ちの材料把握してなきゃ始まらないし。千秋さん、俺んところの冷蔵庫の中身、何があるか分かってる?」
「うぐっ……」
「あと他人の家のキッチンって、慣れてないとかなり手間取るからね。特に千秋さん実家勢でしょ? ワンルームキッチンだと、かなり勝手が違うと思うよ?」
「あれ、私って遥斗君に家のこととか話したっけ?」
「さあ? たださっきの台詞、『できるけど日常的にやってない』みたいな口ぶりだったから」
つまり、代わりに日々の料理をやってる人がいるということになる。そうなると一番可能性が高いのは、まあ無難に親だろう。ワンチャンでルームシェアの可能性もなくはないが。
「私の周り、何故にこんな察しの良い人ばっかりなんだ……?」
「変人と付き合っていくには、察しが良くないとやってけないんじゃない?」
「世の中には類友って言葉があるんだよ遥斗君」
「じゃあ俺と千秋さんは一生友達かぁ」
「どぼじでぞんなごど言うのぉぉぉ!!」
そんな四つん這いで叫ばないでほしい。あとまた随分と古いネットミームを持ってきたな。
「千秋さん。近所迷惑は考えてって、さっき言ったんだけど」
「……注意じゃなくて慰めの言葉が欲しかったんだけど。やっぱり遥斗君ってツンだよ、ツン」
「あっそ。文句?」
「まさかー。ただ絶対にデレさせてやるって思っただけー」
「怖」
純度百パーの笑顔で誓ってくるじゃん。そして本当にブレないな千秋さん。
「ま、ともかく。家事は全部千秋さんにぶん投げるつもりだけど、料理は基本的に俺がやるから。今後も必要だったらそんな感じで。片付けだけやって」
「つまり毎日一緒にご飯食べよう、ってことぉ!?」
「食費増えるから却下に決まってるでしょ」
「いくら入れればオーケーですか?」
「遠回しに拒絶してるんだけど」
だから財布を出すな。その万札は引っ込めろ。
ーーー
あとがき
日常系だからか、書こうとすれば会話だけで一話が終わってしまう不思議。ダラダラ展開にならないよう注意しなければ。
なおサブタイに関しては文字通りの意味しかないです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます