第21話 シルキーがいる日常

「ふぁぁ……」


 目が覚めた。時計を見る。時刻はなんと昼手前。あと何かいる。


「……そういや休みか今日」


 一瞬、すわ二日連続で寝坊したかと焦ったが、スマホで大学のサイトを開いたところで、今日が創立記念日であったことを思い出す。

 いやはや、危ない危ない。随分前に確認してから、そのままうっかり忘れてしまっていた。大学は自由度が高い反面、こういう部分から気が抜けない。

 高校など違って、この手のお知らせは自分で確認しなければならないので、情報収集をサボると大学についてから休みと知る、なんてことをやりかねないのだ。

 特に創立記念日を筆頭とした学校固有の休日は、カレンダーだけでは把握しきれないので、わりとマジで見逃しがちだったり。


「あっ、やっと起きた。おはよ。遥斗君って寝るの好きだねぇ」


──まあ、それはさておいといて。人が寝てる内に家に上がりこんでいるストーカー、もとい千秋さんに対して、俺はどうリアクション取るべきだろうか?


「……」


 何故いる、とここは返すべきなのだろうが、なんかもう完全に今更ではあるので、そこに関してはツッコミはしまい。

 というか、いること自体は別におかしいことではないのだ。流石に睡眠中に侵入をかましてきたことはいままでなかったが、ずっと我が物顔で部屋に上がり込んではいたのだし。

 ましてや、現在の千秋さんは不法侵入系ストーカーから、家主公認シルキーへとジョブチェンジを果たしているわけで。

 文句を言う筋合いがない、というのが妥当な見解か。いやそもそも、こちらが寝ている間に家事をしてくれているのだから、文句など特にないのだが。


「おーい? まだちょっと寝ぼけてるー? 挨拶ぐらい返して欲しいんだけどー」

「……」


 ただそれはそれとして、寝起きでこのテンションの人間を相手するのは面倒くさい。

 元々人付き合いを積極的にするタイプではないので、必然的にコミユニケーションに対する消費カロリーが多くなっているのである。

 ではここでクエスチョン。必要がなければ会話をしようとしない人種が、朝っぱらから微妙な関係の相手、それもぞんざいに扱っても問題ないカテゴリーに入っている人物に対して、どのように対応すると思う?


「顔洗ってくるから、冷蔵庫のお茶コップに注いどいて」

「扱いが完全に使用人だぁ……」


 答えは事務的に指示だけ出して、会話についてはなるべく取り合わない、である。

 というわけで、ベッドから出て洗面所にごー。水で顔、特に目元を擦って眠気を飛ばし、口を濯いで気分スッキリ。最後にシェーバーで髭を剃って、ザッと身嗜みを整えて終了。


「えっと、テーブルにお茶置いといたよ」

「ん。……っんぐ、あぁぁぁっ」


 一気に飲み干し、ぷはぁと息を吐く。いやー、寝起きのお茶の美味いこと美味いこと。

 冷たい感覚が喉を伝い、空きっ腹に水分が貯まっていくのが分かる。最初の一杯は本当に格別である。


「……おじいちゃんみたい」


 唐突に失礼だなコイツ。ピチピチの大学生を、言うにこと欠いてジジイ扱いか。……ピチピチって表現もしかして古いか?

 いやそうじゃなくて。そこはせめてオッサン扱いで留めてくれ。老人は流石に過剰表現だし、そもそも同世代だろ多分。


「千秋さんって何歳?」

「いきなり!? じ、十九だけど……」

「あそ」

「リアクション薄いな!? 自分から訊いといてそれで終わりなの!?」


 だってちょっと気になっただけだし。話題を膨らませるほどの興味はない。

 にしても十九かぁ。俺の二つ下だ。二十歳前でこれだけ拗らせてるとなると、将来は苦労しそうだなと思う。


「……」

「……?」

「……」

「……あの?」

「……」

「ちょっと!?」


 何よ。いま朝の日課、ソシャゲのログボ回収で地味に忙しいんだけど。


「いや、そんな面倒くさそうな目で見ないでよ……。無言ですごすんじゃなくて、会話しようよ」

「……人が無視止めた途端に主張するようになったな」

「無視されてても頑張ってコミュニケーション取ろうとしてたんだけど?」

「言われてみれば」


 確かに千秋さん、延々と独り言を続ける不審者だったな。今更と言われれば今更だわ。

 つまり、千秋さんのやかましさが上昇したのは、俺が受け答えするようになったから。やっぱりいない者扱いがベストアンサーだったのでは?


「会話したくない」

「何で!? 私なんか嫌われるようなことした!?」

「一般常識に則れば、ガッツリしてるほうなんだよなぁ」

「そうなんだけどさぁ……」


 ストーカー行為からの不法侵入は、通常弁明の余地なくアウトよ。いまの待遇が完璧なイレギュラーってだけで。


「でも遥斗君、こうして全部許してくれたじゃん……!」

「だってシンプルにコミュニケーション取るのダルいんだもん」

「……もしかして私のこと揶揄った?」

「いや純粋な本音」

「うわ澄んだ目だぁ……」


 そんなドン引きしたようなリアクションされましても。世の中には相手の好感度に関わらず、コミユニケーションを億劫に感じる人種というのも存在するのですよ。

 必要ならば普通にやるけど、不要なら遠慮したい。俺の中のコミュニケーションというのはそういう位置づけ。


「遥斗君、その考え方は将来苦労すると思うよ……?」

「いや外でならちゃんとするわ。他人の目がない自宅だからこそ、リラックスしたいってだけ。あーゆーおーけー?」

「いや私が……ハッ!? つまり私は、取り繕う必要がある『他人』じゃないと!?」

「客ならもてなす。友人なら一緒に遊ぶ。……で、千秋さんは俺の何?」

「……奥さん?」

「大分飛ばしたなオイ」


 誇張するにしても、そこはせめて彼女にしとけよ。一足飛びで婚姻を結ぶな。

 そして実際のところ、千秋さんの立場はギリギリ家政婦、みたいなものである。家政婦、つまりビジネスライクの関係。


「千秋さんは、これまでの不法行為の贖罪&趣味と実益のために労働力を捧げる。俺は諸々を咎めない代わりに、家事の奉仕を受ける。そういう関係でしょう?」


 では、そこに私的なコミュニケーションはいるか? 答えは否だ。いや、全否定はしないが、片方が骨を折ってまで付き合う必要はないだろう。


「指示とか要求とか、必要な会話は全然するけど。関係ないお喋りはねー」

「えぇ……。でもそれ、気まずくない? 少なくとも私は寂しいし嫌なんだけど」

「ずっと無視してた俺にそれ訊く?」

「そういえばそうだった……!」


 なんだかんだ、結構な期間千秋さんを無視できた人種ぞ。いない者として扱うのは大分しんどかったが、普通に沈黙を保つぐらいならわけないね。


「えー。なんでよぉ。せっかくお邪魔してるんだから、お話ししたりしようよー!」

「んー、俺が気になる話題なら食いついてもいいよ。その代わり、興味ない話題だったら返事しないって感じ?」

「殿様じゃん」

「嫌気が差したら離れていいのよ?」

「そんな遥斗君も素敵だと思う」

「なんて澄んだ目をしてやがる……」


 ここまでぞんざいに扱ってなお、瞳に一切の曇りがないだと……!? どんな思考回路してるんだこの人。


「……まあ、ともかく。一人で話すのは全然構わないんだけど」

「うん」

「近所迷惑になるから、テンションと声のトーンは落としてね。明るい時間はお隣さんもいないけど、それはそれとしてマナーよ」

「あ、はい。ゴメンなさい」


 うむ。よろしい。






ーーー

あとがき


更新頻度上げると書いたら、そんな一身上の都合は聞いたことないというコメントが多数。……仕方ないんや。文字数が必要になったんだ。



それはそうと、ちょくちょく感想で『新感覚ラブコメ!』みたいな評価を受けるんですけど、個人的には真新しい感じしないんですよね。

主人公やヒロインのキャラ、テンションとか、一昔前のラノベだとこんなんじゃありませんでした? ……一昔?(グサッ


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