第20話 シルキー千秋が言い出した示談の──
「……おっかない誤魔化しは駄目だって。無駄に警戒レベル上げるとこだったわ」
「あはは……。いやー、後半反射で喋ってたから恥ずかしくて」
「だから羞恥心を抱くところはそこじゃない」
何度目か分からない溜め息が漏れる。そもそも犯罪行為を恥じるべきなのだが……。
まあ、ここまで来たら強くは言うまい。俺が犯罪行為を一度も咎めず、それどころかスルーしたせいで、俺に対する後ろめたさが完全に吹き飛んでいる疑惑もあるし。
このモンスターを育てあげてしまったのは、恐らく俺。そう考えれば、愛着とまではいかずとも、責任感の一つぐらいは芽生えるというもの。
実際問題、まだ取り返しがつく範疇ではあると思うのだ。千秋さんがタチの悪いストーカーであることは間違いないが、未だに危害らしい危害を加える素振りはゼロで、マイナス的な意味での究極進化の兆しは皆無。
一瞬、コズミック的な恐怖を感じたものの、問い詰めてみれば単に脊髄で単語を生成していただけとのことで、うわ言や寝言の親戚でしかなかった。
となれば、腰が引けることはない。意味のない会話を交えつつ、のらりくらりと対応するだけである。
「はぁぁ……。で、よ。話を本筋に戻すけど、ちゃんと俺から許可を貰った上で、これまで通りの活動を続けたいんだっけ?」
「あ、うん。そうなんだよ! 私も不味いよなぁとは思いつつ、なあなあでこれまでやってきたわけじゃん? ただそれは駄目だって、バンドメンバーからも怒られちゃって」
「むしろ怒られで済んだのか」
「いや本当にそれ。正直、バレた時は縁を切られると覚悟したんだけど……。なんとか拳骨とお説教、あと江戸時代の拷問で手を打ってくれてね」
「いや最後」
スルーするにはインパクトがありすぎるワードが混ざってたんだけど。何よ江戸時代の拷問って。やっぱり千秋さんのバンドメンバーもおかしくない? 類友じゃない?
「あの、この国って法治国家なんですよ? 私刑はもちろん、拷問なんて許されてなくてですね?」
「あっ、いや違うからね!? 拷問って言っても言葉の綾みたいなもので、全然血なまぐさいものじゃないから! 単に正座してその上に重しをいくつか載せられただけで!」
「あーね? ……いやそれやっぱり拷問」
「そうなんだけども!? 駄目だ誤解なのに誤解じゃないから弁明がムズい!」
他の常連さんたち、パッと見だとマトモそうだったんだけどなぁ。思ってたよりファンキーなようで。
まあ、目の前に前例、陽キャっぽい癖して、内面ドロッドロな気配が濃厚なストーカーがいるので、そこまで驚きはない。人は見かけによらないというやつだ。
「ともかく! そんなわけで、なんとか許可を貰ってこいって話になったの! やっぱりバンドとしては、通報一発でメンバーが逮捕されるかもって状況は、かなり気が気じゃないわけでね?」
「止めるという選択肢は?」
「止めたところで、過去に犯した罪は消えないよ?」
「ストーカーしてる側の台詞じゃないんだよなぁ」
間違ってはないんだけど、盛大に間違ってるんだよ。罪の犯した側が吐いていい台詞ではないだろそれ。どんなメンタルしてるんだマジで。
とはいえ、言いたいことはまあ分かる。すでに法的には言い訳の余地がないぐらいにやらかしていて、常連さんたち側からすれば顔も割れてる状況。
言ってしまえば、いつ警察に逮捕されてもおかしくない。俺が通報してしまえば、その時点でゲームオーバー。不祥事のせいでバンドも解散、なんてことになってもおかしくないわけで。
だからストーカーを止めさせて、そのままトンズラという選択肢はない。最低限、謝罪して許されたという事実は必要になる。……何故か継続の提案まで一緒に添えられてきたが。これは千秋さんの独断という認識で構わないのだろうか?
「まあ、つまるところ示談交渉をしたいってことね」
「そんな感じ! 私の身体は好きにしていいから、これまでのことは水に流してくださいっ、てことです」
「ちょくちょく価値観が過去に飛ぶのどうにかならない?」
そんな身売りみたいなこと言われても、現代社会に生きる一般人としては反応に困るわけですよ。江戸時代の拷問なんかしてる、エクストリーム人類の常識にはついていけないというかね?
「まあ私の身体の件は冗談……うん冗談にしてもね」
「なんで二回言った?」
「ただ許してもらっただけじゃ、遥斗君側にメリットないでしょ? だからお詫びも兼ねて労働で返そうかなと」
「そこは普通に示談金とかでよくない?」
「……いや、その、はい。私個人の願望が多大に入っているのは否定しないです。ただそれはそれとして、本気の示談となるとお互いに弁護士とか必要になってくると思うよ? 私も詳しくないからアレだけど」
「じゃあいいや。面倒くせ」
「いいんだ!?」
だって弁護士とか依頼したら金掛かるし、絶対に面倒なことになるじゃんか。正式な示談交渉をするにしても、内容と過程が酷すぎて難航するのが目に見えてるし。
あとなにより、ガチの示談交渉とかしたら、絶対に家族に連絡がいく。そしたら連鎖的にこれまでのアレコレがバレて〆られる。ひいては仕送り停止、または実家送還なのでマジで遠慮したいところ。
「大事にしたくないってのは、俺としても同意見だし。示談金とかはなしの方向で」
「……恩恵に全力で預かっている私が言えた立場じゃないけど、遥斗君のその考え方は本当に損するよ?」
「そんなお人好しみたいなニュアンスで言われても……」
単に一定ラインを越えるまでは、省エネかつことなかれで対応したいってのと、個人的な事情が合わさっただけなのだが。
念のため言っておくと、俺は別に性善説を信仰しているんけではない。見過ごせないレベルの損害が出そうになったら、普通に反撃するぐらいには一般人である。
「そもそも示談と言われたところでだしなぁ。無視こそしたが黙認してる時点で、そこまで有害とも思ってないわけで。放置してた相手と、いまさらリーガルバトルするのもかったるいし?」
「やっぱり遥斗君ってメンタルおかしいと思う」
「千秋さん、ブーメランしか入ってない四次元ポケット持ってる?」
示談交渉なんて謳っておきながら、シレッと趣味と実益を兼ねた提案を出してくる奴に言われたくはないんだよなぁ。
流石に図太いがすぎるだろうに。こちらに咎める意図が皆無なのを察してのことだとは思うが。……相手を選ばずにデフォルトでコレなのならば、それはもう人から外れたナチュラルボーンモンスターだ。
「ま、別にいいんじゃない? 家事をやってくれるのは助かるし、好きにすれば?」
「本当に!? 嘘じゃない!?」
「古着を入れ替える以上のこと、金目の物を盗んだり、食品に体液入れたりとかしなければ、特に通報するつもりもなかったし。許可の一つや二つ、あげるぐらい全然構わんよ」
「やっ……待って? あ、あの、遥斗君? 私が服とか回収してたの、もしかして知ってた?」
「下着を嬉々として回収してるのは知ってる。ストーカーがいると分かれば、早い段階で監視カメラぐらいは仕掛けるわ。それを抜きにしても、出した憶えのない新品が増えてれば、嫌でも気付く」
「うぐぅっ……!?」
「ただ理由までは知らんよ。正確に言えば、考えないようにしてる」
「にゅあぁぁぁ!?」
千秋さん、まさかの絶叫。この反応、気付かれてないと思ってたんです? 流石にそれは舐めすぎでは?
「……あの、恥ずかしいんで、今日はもう帰っていいですか?」
「良いけど、その前にそこの洗い物片付けてって」
「いや帰して!? あと早速こき使ってくるじゃん!?」
「自分で提案したんでしょうが。契約は果たせよストーカー」
「そうなんだけどね!? そうなんだけども!?」
──結局、示談の対価である以上拒否はできず、千秋さんは赤面しながら洗い物をして帰っていった。とても気分が良かった。
ーーー
あとがき
一身上の都合により、この作品の更新頻度を上げなければならなくなりました。
とりあえず日曜以外は毎日更新を目指します。最低でも週に五話更新のペースは維持するつもり。
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