第19話 シルキーの、正体見たり、ガメオベラ
唐突に始まったストーカーの一人舞台。土下座からの自己紹介、そしてこれまで不法行為に対する謝罪。あとついでに、同様の行為を継続するための正式な許可の請求。
ビーズクッションに身体を埋めながら、自然と視線が上へと向かう。いやはや、マジで何だってんだ。状況がジェットコースターすぎて頭が痛いんだが。
「えっと……千秋さん、でいいのかな?」
「蘭って呼んでください! さんもいらないです!」
「千秋さんね」
「ノータイムで拒否された!?」
当たり前だろうに。世の中には距離感ってものがあってだな。
少なくとも、進んで名前呼びするほどの関係性ではないだろ。もはや顔馴染みと言っても良いぐらいの頻度で遭遇しているとはいえ、正式なファーストコンタクト自体は今回が初じゃねぇか。
あとシンプルに、俺が名前呼びしたら、第三者目線じゃただの仲良しになってしまう。ただでさえ馴れ馴れしく君付けで呼ばれてるのだから、最低限は距離感の主張というものをしておきたい。
「で、千秋さん。散々無視してきた俺が訊ねるのもアレだけど、何故今頃になって自己紹介やら、謝罪やらをしようと思ったの?」
「いやその、私がいろいろやらかしていることが、バンドメンバーにバレてしまいまして……」
「もうなんかいまさらだし、敬語とかいらんよ? 普段通りで」
「あ、そう? えーと、で、状況を説明しているうちに、とりあえず自己紹介と謝罪をしようって流れになった、的な?」
「あ、ふーん……ふーん?」
駄目だ。一瞬分かったような気がしたけど、良く考えたら全然分かんねぇや。謝罪はともかく、何をどうしたら自己紹介が追加されることになるのやら。
とはいえ、その辺りを追及したところで話が進まないのも事実。そもそも俺と千秋さんの関係性も特殊なのだ。それに比べれば、流れが謎の会話ぐらいなんてことないだろう。
「んー、まあ良いや」
「良いんだ」
それよりも、だ。この一連の会話の中で、もっと気にするべきところがある。現状に繋がる背景よりも、よっぽど確認しなければならない部分が。
「あのさ、違かったら違うって言ってほしいんだけどさ……」
「何?」
「バンド、やってるの?」
「うん」
「で、名前が蘭?」
「うん」
「……もしかして、うちのバ先の常連さん?」
「うん……待って遥斗君。まだ確信持ててなかったの!?」
「いや、無理でしょ……」
だってこの人、雰囲気全然違うんだもん……。客の時は原宿とかにいそうなパンク系で、ストーカーの時はカフェのテラス席で本読んでそうな森ガール系じゃん。それで気付けって難易度高いわ。
てか、常連さんの一人がストーカーの正体ってマ? しかもあのグループの中で、一番ストーカーと縁がなさそうな、陽の化身みたいな人でしょ? 湿度とは対極のカラッとした印象だったんだが……。
「あー、でもそっかぁ。言われる確かにアレだ。言動というか、テンションは近いか? やってることは陰湿寄りでも、そこはかとなく能天気というか、頭の中がスッカラカンな雰囲気ではあったし」
「なんか凄い辛辣なこと言われてる!? 私ってそんな風に思われてたの!?」
「ストーカーへの評価としては、これでもかなりマシな部類だと思うんだが……」
感覚が麻痺しているようだが、わりとフラット寄りの評価に落ち着いている現状は、控えめに言って異常である。
普通なら、即通報からの逮捕ルートだ。その間にマトモな会話が成立するかも怪しいし、悪感情をぶつけられないなど奇跡に近い。
「むしろ何でマトモな評価を貰えると思った?」
「だって遥斗君、私が不法侵入してもスルーしてたし……。黙認しているってことは、少なくとも不快に思われてたりはしてないかなって」
「いやバリバリ困ってたが? クソ面倒な家事を代わりに消化してくれてたから、ギリギリ実益のほうが勝ってただけで」
「私が言うのもアレだけど、その考えマジでヤバいと思う」
「音速でブーメラン投げるじゃん」
不法侵入してるストーカーに言われたくはないというか、シンプルに言われる筋合いがない。どう考えても法を破ってるそっちのがヤバいだろうに。
「ていうか、本当に家事してるから見逃されてただけなんだ……。メグたちの予想通りでビックリした」
「俺は行動原理が予想されてたことに驚いたんですがそれは」
その人たち、名探偵か何かですか? すげぇ解像度で分析されてるじゃん俺。この件については、かなり異端な対応なはずなのに。何故分かるんだ……。
「ちなみにこの際だから補足しておくと、不細工だったら気付いた瞬間に即通報してたぞ。なんか美人そうだったから、とりあえず様子見してただけで」
「美人!? 私のこと美人って言ったいま!?」
「そういう反応を期待してたんじゃないんだけどなー」
いやあの、『容姿で態度を変えるなんて……!』みたいなコメントを引き出そうとしたのであってね? 好感度の下方修正を狙ってたんだわ。テンション上げろなんて微塵も思ってねぇんだわ。
「わりと最低なこと言ってるつもりなんだけど、幻滅とかしないの?」
「いや全然。確かにいまの、というか今日の会話で大分イメージは変わったよ。遥斗君、バイトの時は凄い爽やか好青年なのに、プライベートだと面白ダウナー系なんだね。ずっと無視されてたから知らなかった」
「そんな朗らかに言うことある?」
普通、無視されてたとか笑顔で伝える内容じゃないだろ。何故にそんな嬉しそうなの? ……あと面白ダウナー系ってどういう評価だ。
「まあ、外面を取り繕ってるのは否定しないけど。思ってた性格と違うって叫んで、嫌いになってくれてもいいのよ?」
「まさか。遥斗君、私に対して文句の一つも言わないぐらいには優しいもん。普段通りって言われてるとはいえ、私だってやらかした側の態度じゃない言動してる自覚はあるんだよ? それでも普通に会話してくれてるんだから、嫌いになる要素なんてなくない?」
「……機嫌悪く振る舞うのだってカロリー使うし。怒ると疲れるんだよ。だから一線を越えるまでは、省エネで対応してるってだけだ」
「どう考えても一線は越えてるよね私」
「自分で言うな」
そして自覚があるなら踏みとどまってくれ。初手で道を踏み外さずに、常識的な交流から始めてくれれば、こんな面倒な関係性にならずに済んだんだから。
あと個人的な基準としては、差し引き計算でギリギリライン手前って感じ。マジで家事がなければとっくに警察案件になってた。
「ま、ともかく。遥斗君はどうか知らないけど、私のほうはその程度で嫌いになるなんてことはありえないんだよ。私の好きは無限大!」
「……」
「あ、もしかして照れてる?」
「いや違う。人生で初めて異性から好意を伝えられたのに、それが何でこんなトンチキな状況なのかと黄昏てる」
「……ふーん? 遥斗君、こういうのは私が初めてなんだ?」
「頼むからトンチキな部分を恥じてくれないか……」
違うそこじゃない。そこじゃないんだ。さっきからちょくちょく感じてたんだけど、リアクションのピントが絶妙にズレてるんだわ。
なお原因は、間違いなく度を越したポジティブシンキング。随分と都合の良い耳をしているなと思う。
「というかね、遥斗君は私のことを見くびってるんだよ! 私は遥斗君の性格で好き嫌いを判断しているわけじゃないからね!? もっと人間には見るべき点があるんだよ!」
「それつまり外見しか見てないってことにならない?」
「違うよ! 外見で判断なんかするわけないじゃんか! そんな安い女じゃないから!」
「じゃあ何で人を判断してるんです……?」
何もねぇじゃねぇかソレ。外と中が判断基準から外れたら、残ってるのは虚無だけだろうが。好悪とかそれ以前の問題だろ。
「……」
「おいコラちょっとこっち向け。ここで目を逸らすな。せめて何か弁明しろ。ここでのダンマリは妙なリアリティが出てくるからヤメレ」
本当に何か言え。怖いから。無駄に存在を全肯定されてるようで寒気がする。ストーカーの暗黒面を唐突に披露するんじゃない……!
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