第18話 シルキーさんご対面

「ビックリしたぁ。今日ってこの時間大学じゃなかったっけ……?」

「……」


 もっしゃもっしゃとマカロンクッキーを頬張りつつ、恒例の不法侵入をかましてきたストーカーに意識を傾ける。

 無視は依然として継続中。故にストーカーの姿を目で追うことはしない。足音と気配、ついでにやかましい声を辿って、ストーカーの行動を把握する。

 字面だけなら漫画のそれ。ただやってることは、誰もが実家暮らし中に経験しているであろう程度のこと。なので大層な技術ではなく、ほぼ毎日やっているからか慣れたもの。


「……」


 なので最低限の意識を向けつつ、考えるのは別のこと。具体的に言うと、いまさっき食べた昼飯について。

 アレンジ程度とはいえ、にんにくを食べたばかりなのだ。狭い室内であるのだから、匂いが少し気になるところ。……第三者がいれば、ストーカー相手に何を気にしてんだってツッコまれそうだが。

 だが仕方あるまい。これはシンプルに人としてのエチケットの話である。マナーの対象となる相手ではないのは百も承知だが、これまで培ってきた常識が勝手に反応するというか。

 いや本当、何故に我が家で寛いでいる側が、不法侵入してきた相手に気を遣わなきゃならんのだって思うのだが……。

 

「うー……まさかいるなんてなぁ。まだ心の準備が……」


 そしてコイツはコイツで、微妙に居心地悪そうにしているのは何なんだ。不法侵入してる側の態度じゃねぇだろソレ。

 というか、いまさら何を不都合があるというのだ。人が在宅中に何度も不法侵入しているだろうに。俺が部屋で寛いでいようと、文句など言われる筋合いなどないのだが。……もっと根本的な部分で筋違いが起こってるんですけどね?


「体調、は大丈夫そうだし。もしかしてサボった? もう何で今日に限ってぇぇ……」

「……」


 何故に不法侵入してる相手から、大学サボったことを咎められなきゃならんのだろうか? ……本人に咎めている気はなさそうとはいえ。

 俺としても、なんだかんだで後ろめたい部分があるわけで。形はどうあれ、サボったことを指摘されるのは、その、居心地が悪い。

 まあ、それはそれとして。このストーカー、俺が部屋にいなかったら、何かしらやらかすつもりだったのだろうか?


「ううぅ……。仕方ないかぁ」


 ストーカーのほうから、なにやら大きな溜め息。表情は見てないから不明だが、声色から不本意感が溢れているというか、それでいて無駄に覚悟のこもった雰囲気がですね……。

 というか、これアレでは? 呟きからして、俺がいない内に実行しようとしていた何かしらを、この場でやろうとしてません? 開き直って、家主の真ん前でやらかそうとしてません?


「……」


 ヤメレと思うが、ここで声を上げるわけにもいかない。なんという八方塞がりか。

 跳ね上がる警戒心に従い、ストーカーから発せられる全情報を獲得せんと神経を研ぎ澄ませ──ようとしたところで、俺の目の前にストーカーがやってきた。正座で。


「……えっと、失礼します」

「……?」


 脳内が疑問符で埋まった。急に畏まってどうしたんだろうか。

 というか、堂々と目の前に鎮座されても困るのだが。なんだかんだで、無視という行為はカロリーを使う。互いに向き合った状態となればなおのことで、こちらも下手なことはできない。

 目で追ってしまえば、その時点で意識していることはバレてしまう。だからこそ、下手に目で追わないように細心の注意を払わなければならないわけで。

 かといって、この状況で適当に理由を付けて移動するのも、それはそれで悪手というやつだ。どんなに自然さを演出しようとも、ここで動けばその時点で不自然なのだから。

 意識していると言外に主張しているようなものだ。それを取っ掛りとしてちょっかいを出されたら、こちらも対応を変えざるえないかもしれない。


「ふぅぅ……」


 ストーカーから大きな溜め息。いや、溜め息というより深呼吸か。

 どちらにせよ、何かしらの覚悟を決めているのは明らかである。いや本当に勘弁してくれ。目に入っているのに、目に入っていないふりというのは、想像以上に疲れるんだぞ。

 そんな俺の内心など伝わるはずもなく。ストーカーは、それはそれは綺麗な三つ指を決めて土下座した。


「──いまさらではありますが、この場を借りて自己紹介と謝罪をさせていただきます! 千秋蘭です!」

「っ……!?」


 待って? 名乗った? いま名乗った!? 何で!? 何でいま名乗った!?


「趣味は音楽活動です! あと遥斗君のお部屋の家事も大好きです! 夢は脱ロボット掃除機です!」


 ヤメロヤメロヤメロ! ただでさえ状況把握でてんやわんやなのに、唐突にゴミのような情報を流すんじゃない! なんだ脱ロボット掃除機って!? ……待って本当に何?


「そして不法侵入他、いろいろやってゴメンなさい! その上でご相談ではあるのですが、今後も家事をやりにきてもよろしいでしょうか!? なんだったらお金を払うので、どうかよろしくお願いします!!」


 人の家をホストクラブか何かだと勘違いしてらっしゃる? ちょっとそろそろ本当に情報の暴力が過ぎましてよ?


「……はぁぁぁ。もう一旦顔上げてくれ。頼むから」

「っ、遥斗君が初めて返事くれた……!?」

「コレをどう無視しろと……」


 限度ってもんがあるわ流石に。……まあ、一時期は名乗れば相手することも考えてたし、そもそも少し前のトイレ事件の際にも、向き合う決意はしてたわけで。

 これもまた、然るべき時がきたということなのだろう。……ただそれはそれとして、この暴走特急をコレから相手しなきゃならない事実に震えているのだが。




ーーー

あとがき

六時ジャストに投稿しようとしたら、なんかカクヨムにアクセスできなかった。通信障害?

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