第15話 シルキー(ロボット掃除機)

「──つまり話を整理すると、店員さんの在宅中に侵入しても何も言われたりしない。で、スルーされてるのをいいことに、アンタは彼女面で店員さんの家の家事をやっている」

「……はい」

「ただ家事を含め、侵入中に会話をしたことはない。話しかけはするけど、返事の類いは一切返ってこないと?」

「……そうです」

「しかも何? 一度や二度の侵入でのことじゃなくて、鉢合わせてからほぼ毎日通ってのことで? もはや恒例の塩対応と?」

「……その通りです」

「アンタさぁ……」


 罰として命令した赤裸々トークのはずが、蘭の不穏なカミングアウトのせいで一転。再び尋問タイムと相成ったわけだけど。

 そうして出てきたのは衝撃的な事実。店員さんからのまさかまさかの徹底無視。黙認されている、というのは間違いではないのだろうが、実態はバリッバリに警戒されてた模様。


「てっきり私はさ、ストーカーがバレて『はぁ、やれやれ』的な感じで許容されてると思ってたのよ。それが蓋を開けたら何? 会話ゼロってマジ?」


 それはもう違うじゃん……。よくそれで運命の相手とか言えたな。運命から認識されてないじゃんか。


「あの店員さん、本当に意外性の塊だった」

「人は見かけに寄らないって本当だね……」


 夏帆も冬華も、想定外の状況にドン引きしている。まあ、こっちは蘭よりも店員さんのほうに驚いてる感じだけど。

 実際、私も店員さんは店員さんでヤバいとは思う。こう言うとアレだけど、ここまで何を考えてるか分からない人間ってそういない。

 何度も言うが、ストーカーなんて黙認する理由がない。表では仲のいい友人、とかならまだしも、接点が薄ければ常識的に考えて通報一択だ。

 それでも黙認するとなれば、相応の理由がいる。相手に惚れられてそのままラブラブカップルに、なんてのは創作の中だけだ。

 現実はもっと生々しい。身体目当て、都合のいいセフレが欲しいなどという理由がせいぜいだろう。

 そしてそういう意味では、蘭ほど魅力的な相手はいない。どんなに性格がアレであろうと、外見は十分以上に整っているのだから。

 若干スタイルのほうが控え目ではあるが、その辺りは好みの範疇だろう。一応、それでも女性の平均にはギリギリ引っかかってるだろうし。……いや、そもそも顔が良い時点で、キープのセフレとしては十分か。

 まあ、それはともかく。普通に考えれば、最低限そういう関係に向けて舵を切っていると思うわけで。だからこそ、私たちも通報の心配はないだろうと胸を撫で下ろしていたのだが……。

 

「完全にいない者として扱われてんじゃん。アンタ幽霊かなんかだと思われてんじゃないの?」

「流石にそれはないよ!? メグは私のこと何だと思ってるの!?」

「ストーカーの犯罪者」

「その通りなんだけどさぁ……」


 事実を指摘されただけで項垂れるな。項垂れたいのはこっちだ。


「これやっぱりアレじゃん。下手したら通報ルートまだ残ってんじゃん」

「え、でもメグちゃん。部屋への侵入は黙認されてるんだから、逮捕とかは難しいんじゃない?」

「忘れちゃ駄目だよ夏帆。この馬鹿がちゃっかり窃盗もやらかしてることを」

「あ……」


 そうなんだよ……。ストーカーや不法侵入はまだ誤魔化しが利くかもしれないけど、窃盗に関してはマジで追及されたら詰むんだよ。

 だから不味いのだ。蘭が通報されない程度の好感度を稼いでいるならともかく、話を聞く限りでは明らかにそうではない。


「現状、蘭は高性能のロボット掃除機みたいなもんだ。いつ粗大ゴミとして叩き出されても不思議じゃない」

「ロボット掃除機!? そこはせめて家政婦じゃないかな!?」

「会話すらしてもらえない時点で何言ってんの。どう考えても便利道具扱いが関の山でしょ」

「あうあう……」


 というか、冗談抜きでそれぐらいにしか思われてない可能性が高いんだよね。徹底的に無視してるってことは、蘭の身体目当てではないだろうし、となると黙認するメリットは蘭が勝手にやっている『家事代行』ぐらいしかない。

 蘭の話を聞く限りだと、店員さんは家事を溜め込むタイプのようだし。だから代わりに家事をやってくれる蘭を、便利な無料サービスとしてあえて黙認しているパターンはなくはない。

 普通だったら荒唐無稽な妄想なんだけど、マジで黙認している理由がそれぐらいしか思い付かないのだ。そして伝え聞く限りの印象では、店員さんはそれをやりそうな変人だ。

 

「つまりアンタがやるべきは、なんとかして店員さんの好感度を稼ぐこと。理想は恋人にまで関係が発展することだけど……ねぇ?」

「いやあの、そこで言葉を濁されるのは不本意すぎるんだけど……」

「通報されてないだけの犯罪者が何言ってんの。現実的に考えてセフレがせいぜいでしょうが」

「さっきと同じ言い回しなのに、何でそんなダメージを加算できるの?」


 事実を言ってるからだよ。正論は時として一番人にダメージを与えるんだよ。


「……というか、通報されない内にストーカー行為を止めろとは言わないんだね」

「だって今更止めたところで手遅れじゃん。あくまで私の想像ではあるけど、アンタが黙認されてるの、店員さん側に最低限のメリットがあるからだよ? それがなくなったらマジで通報されかねないんだから、少なくともロボット掃除機は続けるべきでしょ」

「頑なに人扱いされてない……」


 そりゃね。脱ロボット掃除機を目指すって話なんだから、スタートラインを誤魔化したら意味がないし。


「まあ、それはそれとして。最初にしっかり詫びを入れるべきではあるんだろうけど。ゴメンなさいして、その上でセフレでも何でもするから、通報しないでくださいと頼み込むとかね」

「メグは何でそんなにセフレ推しなの……?」

「それ以外に道はないからでしょうが。初っ端から選択肢を間違えたアンタが、どうして本命ルートに入れると思ってるわけ? 普通はね、犯罪行為に躊躇いがないってのは大きなマイナスなんだよ」


 ただでさえ、重い女は無理と言う男が多い世の中だ。いわんやストーカーをするヤンデレ……メンヘラ? ともかく、そんな地雷女を受け入れてくれる男なんて創作の中だけだろう。


「本命ルートに入りたいなら、最低限都合のいい女の立場を経由しなきゃ無理でしょ。それでヤルこと何度もヤッて、店員さんが絆されてくれればワンチャンぐらいだって」

「うぅっ……酷いよメグぅ」

「ストーカーするアンタのほうが全方位で酷いかんな? てか、そんなこと言うならセフレになれても喜ぶなよ?」

「ゴメンそれは無理かも」

「アンタ本当さぁ……」


 そこで即答できる辺りマジで大概だと思うよ。根っこの部分から都合のいい女が染み付いてんじゃん。

 てか、わりと暴言寄りの台詞を吐いている自覚はあるけど、なんだかんだで善意の助言であることは理解してほしい。一応、私なりに考えた『本命に戻れるかもルート』なんだから。

 いやもう、これでもちゃんと心配してんだよマジで。どうにか店員さんと上手いこといってくれないかなと、結構真剣に考えてんだもの。

 だって下手な男に任せらんないもん。セフレ云々だってかなり断腸というか、店員さんの脳が下半身と直結してないと判明しているから勧めているのであって……。

 私の知る限りの印象と、蘭のアウト具合を受け入れられるぐらいのアクの強さを持っているであろうことを考えれば、店員さんは間違いなく蘭との相性が良い。

 それでいて蘭のエピソードを聞く限りでは、一般的な善性ぐらいは保持しているっぽいのだから、一人の友人としては逃したくないところだ。


「ともかく! 恥も外聞も放り投げて、なんとか店員さんの好感度を稼ぎなさいって話だよ。恋人云々は高望みだから、ひとまず諦めな。地道にコツコツ進めなきゃ、ふとした拍子にバッドエンドになりかねないんだ。分をわきまえていかないと」

「そんなぁ……」


 いやそんな残念そうな声出されても。初っ端から犯罪ルートに突っ込んだ自分を殴りな? てか、アンタさっきセフレでも良いや的な空気出してたでしょうが。


「──本当にそうかな? 私はワンチャンある気がするけど」


──そんな風に私が呆れていると、意外なことに冬華が蘭に向けて助け舟を出てきた。

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