第13話 シルキー誕生秘話

「……ええと、つまり? 確かに自分はストーカーしてたし、不法侵入もしてたけど、お相手もそれは承知していて、その上で何も言ってこないと?」

「そう! そうなんだよ!」

「……とりあえず、一個訊いていい?」

「なに?」

「下着ドロが抜けてるのは何故?」

「……スゥゥゥ」

「オイコラ」


 余所見しないでこっち見ろ馬鹿。口笛吹くな言葉を喋れ。さっきの説明からして、窃盗行為についてはお相手何も知らない可能性が高いだろうが。

 ……いやでも、不法侵入するレベルのストーカーを黙認している時点で、お相手もその辺りは折り込み済みな可能性も高いか。


「はぁ。まあ言いたいことは分かったよ。……あの店員さん、真面目な良い人だと思ってたんだけどなぁ」

「……まさかメグも遥斗君狙ってた?」

「ちがわい。何でもかんでも恋愛方面に結びつけんな脳内ピンク」

「脳内ピンク!?」


 私は普通に感想を述べただけだわ。そりゃ私たちはマリンスノーに結構通ってるし、必然的に蘭がお熱の店員さん……遥斗君だっけ? まあ、その人とも多少は顔見知りではあると思う。

 とはいえ、それはあくまで客と店員の関係でしかなく、注文と商品の受け渡し、あとは会計の際に顔を合わせる程度。……この前のサービスの時が、多分初めて会話らしい会話をしたぐらいだ。

 なので抱いていた印象はシンプル。真面目な子だなと。理由は余計なことをしないから。

 私を含めて、このメンバーは容姿が整っているほうだ。だから男の店員が話しかけてくることがままあるのだ。居酒屋みたいな場所だと、あからさまにナンパされたこともある。

 そんな中で、業務関係以外では一切話しかけてきたりせず、そつなく仕事をこなしていた彼は、意外と記憶には残っている。店の名前と、本人の特徴が挙げられれば『あー』となるぐらいには。……もちろん、私がマリンスノーを気に入って通っているからではあるが。

 ま、ともかく。蘭が妙な勘繰りをしそうではあるが、好印象であったことは否定しない。だがそれはあくまで店員として。プライベートな部分に関しては印象もクソもない。……なんだったら、蘭の証言で変人奇人の類いであると印象が固まったぐらいだ。


「というか、いまさらなんだけどさ。何で店員さんなわけ? 店員と客なんて、普通は好きになるほどの絡みなんてないじゃん。別に一目惚れとか、見た目が好みだったとか、そういうのでもないんでしょ?」

「……流石にそれは恥ずいんだけど。話さなきゃ駄目?」

「駄目に決まってんでしょ。犯罪行為の動機の部分なんだから」

「うぐっ……」


 いや、そんな抵抗感を滲ませなくても。私としては、ストーキング行為のほうがよっぽど恥ずかしいと自覚してほしいのだけど。


「ほらさっさと話して。恥ずかしいってんなら、コレが自業自得であることを噛み締めて反省しな」

「うぅ、夏帆ぉ……」

「ゴメンね蘭ちゃん。私も興味あるんだ」

「蘭。コレは罰ゲーム。甘んじて受けな」

「四面楚歌!?」


 当たり前だろ何言ってんだ。本来なら弁護人なしの略式裁判だぞ。被害者の店員さんが、ある意味で蘭とお似合いの変人だから執行猶予が付いただけで、証言次第では即実刑なのは変わらない。警察に通報する準備はできている。


「……いやその、結構前にホロスコープに行く途中、かなりしつこいナンパにあってさ」

「そこを颯爽と助けてもらったの!?」

「いや違うけど……。夏帆さん?」

「諦めな蘭。夏帆の恋バナ好きは知ってんでしょ。それより続き」

「うぐっ。……でまあ、わりと本気で困ってたら、ちょうど近くを歩いてた遥斗君を見つけて。私のほうから咄嗟に突っ込んでいってさ」

「うわすげぇ迷惑」

「しょうがないじゃん怖かったんだから! あの時のナンパ男ヤバかったんだよ!? チャラいとかじゃなくてイカつかったんだよ!? スキンヘッドでタトゥー入ったムキムキタンクトップだぞ!?」

「「「うわー……」」」


 言われて納得。そりゃ怖いわ。わりとナンパ慣れしてる側の私でもビビると思う。ましてや人見知りで内弁慶タイプの蘭ともなれば……。

 そりゃ迷惑だと分かっていても、顔見知りを見かけたら駆け寄りたくもなるか。相手からしたら堪ったもんじゃないだろうけど。


「それで店員さんはどうだったの?」

「最初は何ごとかって感じで驚いてたけど、ナンパ男に気付いたらスって私を背中に隠してくれて! で、そのまま普通に追い払ってくれたんだ!」

「え、意外。あの店員さん、言っちゃアレだけど草食系かと思ってた。そんな度胸あるんだ……」

「そうなんだよ! 遥斗君はカッコイイんだよ! しかもそのあと、当たり前のようにホロスコープまで送ってくれたんだよ!?」

「あー、分かった分かった。分かったからテンション下げて。アンタ声量凄いんだから、無駄にうるさいんだって」

「あ、ゴメン」


 ったく。演奏中は力強い武器になる声量も、こういう時はひたすらに迷惑というか。まさかこんな大音量で惚気けられる羽目になるとは思わなかった。


「つまり、その時にコロッといっちゃたってことでオーケー?」

「あ、いや。確かにそれが意識し始めたきっかけなんだけど、まだその時は感謝のほうが大きかったんだ。ただ凄い迷惑かけたのに、あの日以降も全然態度とか変わらなくてさ……」


 蘭曰く、最初は迷惑そうな顔をされたりするのかなと不安だったそうだが、当の本人は一切そんな素振りを見せず、いままで通りの笑顔で接客してくれたのだという。

 それでいて距離を詰めるどころか、その日のことを話題に出すことすらせず、本当に何ごともなかったかのように接してくれた。せいぜいが、ナンパ後の初来店の時に、あれ以来大丈夫でしたかと訊ねてきたぐらいだったと。

 その対応がありがたくて、気付けば目で追っていて、いつの間にかどっぷりのめり込んでいたのだという。


「なるほどねぇ……」

「少女漫画みたいで素敵ね」

「王道ストーリー」

「わぁぁ!? ヤメテヤメテ恥ずかしくてむず痒くなる!」

「まあ、ストーキングが全部を台無しにしてるんだけど」

「あうあう……」


 本っ当にコイツは……。冗談抜きで残念すぎる。これで犯罪に手を出してなければ、私たちだって大手を振って応援できたのに。


「なんでストーカーになっちゃったのかねぇ。アンタ見た目は良いんだから、普通にアタックしてたほうが勝算高いでしょうに」

「それができれば苦労しないんだよぉ! コッソリ目で追うだけで精一杯なんだよ私には!!」

「ストーキングして不法侵入して下着盗むほうがハードル高いわ!!」


 ちょっとアンタの脳ミソどうなってるか見てみたいわ。明らかに常識が備わってないから。


「でも、でもだよ!? それでも遥斗君は受け入れてくれたんだよ!? つまりコレは運命ってことでしょ!?」

「いやそれは、うーん……」

「普通に考えたら、ストーカー特有の思い込みなんだけど……」

「正直、否定できない自分がいる」

「でしょお!?」


 オイコラそこ。我が意を得たりって顔すんじゃない。私たちとしては、滅茶苦茶に不本意なんだから。

 いやねぇ……。被害者の店員さんには、厄介なモンスターを近づけて心底申し訳ないんだけど。それでもこの粘着ストーカーを受け入れられそうな人物が、他に想像できないのも事実。

 これまでの蘭なら、恋人なんてそこまで苦労せずにゲットできると思っていた。だが、内面にこんなドロッドロの情念を溜め込んでいて、なおかつ法を破るぐらいに堪え性がないと判明した以上、マトモな恋人を作るのは難しいだろう。

 男に逃げられるならまだマシで、最悪の場合タチの悪い男に引っかかって食い物にされたり、ホストとかに貢いで破滅する未来がありそうなのが……。

 その内面にドン引きこそしたものの、依然として蘭は私の中では友人カテゴリーだ。友人が男に弄ばれて破滅する姿は、私だって見たくない。

 それならば、明らかに変人の気配が漂ってようが、いまのところ真面目という評価を受けている店員さんのほうが億倍マシなわけで。


「……とりあえず、今度店員さんに菓子折り持って謝りに行こう。ウチの馬鹿が迷惑を掛けましたって」

「うん。そうだね」

「同意」

「対応が保護者のそれ!?」

「どちらかと言うと身元引受け人だわ」


 嫌だぞ私は。アンタみたいなバカ娘の保護者なんて。

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