第12話 被告人シルキー

 千秋蘭という人間は、実のところかなりの才女である。

 まず本人のスペックが高い。難関とされる国立大学にストレート合格するぐらい頭がよく、容姿も整っている。

 さらに父親は有名企業の役員で、母親は歴史ある名家の出身。実家は高級住宅街の一等地という、肩書きだけなら正真正銘のお嬢様。

 また、趣味で始めた音楽活動は、いまではレーベルから声が掛かる成果を出している。……バンドに関しては、メンバーの努力ももちろんある。だがそれを抜きにしても、蘭には音楽における天賦の才が宿っていた。

 つまり蘭は、比喩でもなんでもない完璧超人なのである。見た目良し、家柄良し、才能良しのスーパーウーマン。

 私を含めた他のメンバーとは違う世界の住人であり、事実として私は、何度も『何故この子はここにいるんだろう?』と首を捻っていた。


「──と、という感じで、遥斗君がドアに鍵を挿したまま部屋に入ったのを目撃しちゃって。魔が差してその鍵を回収しちゃいました。……それ以来、何度も部屋に侵入してます。し、下着とかもその時に……」

「アンタ何回『魔が差せ』ば気が済むわけ?」


──まあ、そのたびに『頭のいい馬鹿だから』と再確認し、溜め息とともに納得しているのだけど。


「いやてか、相手も相手もでしょ。なんで鍵挿したまま部屋入ってんの?」

「それは私も分からない」

「酔ってたんじゃない?」

「ストーキングしてたから断言できるけど、素面だったよ」

「堂々と言うことじゃないんだよ、この馬鹿!」

「痛い!?」


 反省の色が見えなかったので、正座中の蘭の頭に拳骨を落とす。ちなみに現在五発目である。

 まあ、それはそれとして。非常に遺憾ではあるが、メンバーの犯罪行為が確定してしまったわけで。

 さあどうするかと全員で頭を抱え、すぐさまどうしようもないことに気付く。そして再び頭を抱えた。


「はぁ……。これ、マジで洒落になんなくない? 下手しなくても蘭はお縄だし、バンドも契約切られるじゃん」

「やっぱりそうだよね……。蘭ちゃん。なんで踏みとどまれなかったの?」

「まさか蘭がここまで馬鹿だったなんて……。ご両親も大変だ。一人娘が犯罪者になっちゃったんだから」

「あうあう……」


 全員からボロクソに叩かれ、蘭が涙目で震え始めた。……泣きたいのはこっちなんだけど。

 そりゃさ、私たちのバンドの始まりはただのノリだよ? 絶対にデビューしてやる、なんて夢があったわけじゃない。それでも活動を続けていく内に熱心になっていったし、レーベルと契約できた時は内心で絶叫してたんだ。

 それなのにコレである。メンバーにこんな形で裏切られるなんて、というやつだ。蘭のことは散々馬鹿だ馬鹿だとネタにしていたが、まさかここまでの馬鹿だとは思わなかった。

 正直、いまこうして冷静に話を聞いてあげているのが信じられないぐらいだ。普通なら罵詈雑言の果てに絶縁してる。自分たちがこんなお人好しだったとは……。


「あぁっ、もう! 本当にどうすればいいのこれ!? いっそのこと私たちで警察に突き出す!? たしか民間人でも現行犯なら逮捕いけたよね!?」

「め、メグちゃん落ち着いて。ここじゃどうやっても現行犯は無理だし、せめて自首させてあげようよ……」

「本当に自首するかも分からないのに!? コレにそんな良識があるとか、私もう信用できないんだけど!?」

「め、メグが酷い……」

「蘭。自業自得」

「あうあう……」


 あうあう、じゃないんだよ! 犯罪行為に手を染めてる時点で、少なくとも私の中におけるアンタの信用度は地に落ちてるからね!?


「アンタねぇ……! いま、私たちがかなりの温情を見せてるって自覚あるの!?」

「ある! あります! ぶっちゃけ、メグには顔の輪郭が変わるぐらい殴られるって思ってました!」

「アンタ人のことなんだと思ってんの!?」


 本当に顔面腫れ上がるぐらいビンタしてやろうか!? そろそろすり減った友情が完全にゼロになるが!?


「ともかく待って! 私の話を聞いて!!」

「ストーキング、不法侵入、下着泥棒の数え役満で何を聞けと!? 言い訳のしようがないでしょうが!!」

「い、言い訳じゃないから! ただアレなの! 確かにやっちゃ駄目なことを私はしたけど、警察とかは大丈夫なの!!」

「はぁぁぁぁぁっ!?」


 どこに大丈夫な要素があるって!? どう考えてもアウトでしょうが!! てかコレ、自首する気ないってゲロったようなもんでしょ? は?


「……蘭。アンタは同じバンドの仲間だし、友達だとも思ってる。だからこそ、私にはその腐った性根を叩き直す義務がある。歯を食いしばりなさい」

「だから待って!? グーを構えないで!? しかもそれ、拳骨じゃなくてストレートでしょ!? お願いだから理由を聞いて!!」

「メグ。ステイ」

「その、お説教したい気持ちは分かるけど、一応弁明ぐらいは聞いてあげよう?」

「……チッ」


 夏帆と冬華に制止され、舌打ちしながらも拳を解く。まあ、制裁は全てを聞いてからでも遅くない。むしろフェアである。……犯罪行為を自白してる時点で、フェアもクソもないんだけど。


「それで蘭ちゃん。なんで警察は大丈夫なの?」

「えっと──」

「先に言っておくけど、『まだ相手にバレてないから』なんて理由じゃないよね? バレない内に止めれば大丈夫なんて本気で思ってんなら、私はアンタのことを心底軽蔑するよ」


 蘭の言葉に被せるようにして、先んじて最後のラインを叩きつける。

 もちろん、そんなことはないとは思いたい。蘭が罪を犯しているとしても、私がまだギリギリ友人だと思えるのは、これまでの付き合いからその精神性を把握しているからだ。

 蘭は馬鹿だ。底抜けの馬鹿であることは、今回のことでよく分かった。信用だって地に落ちた。でもまだ最低限の信頼はあるのだ。

 蘭は馬鹿だが屑ではない、と。諸々の行為に関しては、蘭が隠し持っていたドロドロの情愛故と理解しよう。……いや理解しちゃ駄目なんだけどさ。

 それでもまだ許容はできるのだ。愛故にそういう行動に出てしまったと考えれば、呆れと溜め息で誤魔化せるぐらいには耳触りが良い。

 だが、バレなきゃ犯罪じゃないの思考は別だ。それはもう本当に屑の思考回路である。そんなことを言い出す奴は、私は信用なんかできない。

 だってそれは誰が相手でも当てはまる。例えば私たちに対してですら、バレなければ何をしても良いということになってしまう。

 そんな考えを持っている人間の近くになんかいたくない。友人だろうが関係なく縁を切る。金輪際関わりになりたいとは思わない。


「その辺を理解した上で話しな、蘭」

「うん。大丈夫だよメグ。そういうことでは決してないから。……というか、私アレだし。普通に不法侵入して家事とかやってたし。めっちゃ早い段階で、私の存在はバレてたと思う」

「アンタ何やってんの……?」


 何で不法侵入してる人間が存在を主張してんの!? 一回だけならまだしも、アンタの口ぶりからして何度も通ってんでしょ!?


「え、つまりそういうこと? もうとっくに警察に通報されてるだろうから、いまさら動く必要ないって言いたいの?」

「ら、蘭ちゃん? 世の中ってね、基本的に逮捕されるより自首したほうが罪は軽くなるんだよ?」

「いや違うからね!? 流石の私もそこまで馬鹿じゃないからね!?」

「ストーカーして住居不法侵入して下着ドロしてる時点で、馬鹿の中の最低辺でしょ」

「ぐう」


 ぐうの音を出すな。仕舞え。


「だから違うんだって! 警察沙汰になんてしなくて大丈夫なんだって!」

「普通に警察沙汰だよ?」

「そうだけど! そうなんだけど! ──だって私、遥斗君がいる時も普通に部屋入ってるもん! 目の前で家事とかしてても何も言われないもん! なんだったらくっ付いてるもん!!」

「「「……は?」」」

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