第11話 シルキー? ……は?
──最近、私の友達の様子がおかしい。
「……ちょっと夏帆。またズレてる」
「あっ、ゴメン!」
日向夏帆。私が所属するガールズバンド、アバンドギャルドのベース担当。あとついでに作曲もしている。
性格は真面目。しかし堅物というわけではなく、物腰柔らかな優等生といった感じ。実際、高校時代はクラスのまとめ役みたいなことをしていたらしい。
そんな性格だからか、夏帆の演奏はとても丁寧だ。派手さこそないが、正確に譜面をなぞって曲を支えてくれている。
だが、それがここ最近では見る影もない。特に今日は酷い。いつもの夏帆だったら絶対にしないケアレスミスを繰り返している。
「夏帆どったー? なんか今日らしくないよ?」
「もしかして体調悪い?」
残りのメンバー、ギターボーカルの千秋蘭と、ドラムの中田冬華も同意見のようで、怪訝な顔で夏帆の近くに寄っていく。
私たちに共通している感情は心配。なにせ長い付き合いだ。夏帆と蘭は高校からの同級生。私と冬華は二人よりも年上だけど、二年前にホームのホロスコープで遭遇し、それからよくつるむようになった。
私の名前が春崎恵で、全員の名前の何処かに四季が入ってたことも大きいかった。そこから意気投合して、全員がライブハウスに足を運ぶぐらいの音楽好きだったこともあり、なんやかんやの末にバンドを結成した。……ちなみに私はギター担当。
まあそんなわけで、私たちはかなり仲が良い。そもそもの始まりが、バンドをやるために集まったのではなく、集まってる内にバンドに手を出したグループだから。
だからこそ、友達の様子がおかしければ心配になってしまう。いまは色々と大事な時期ではあるけれど、それでも練習を中断して全員が話を聞く姿勢を取るぐらいには。
「えっと……私は大丈夫だよ?」
「夏帆。なにか困ってることがあるなら教えて。私たちが相談に乗るから」
「そうだよー? 私たちの仲じゃーん」
「力になれることがあるなら言って」
大丈夫、なんて言葉は信じない。大丈夫じゃないと思っているから、こうして私たちは詰め寄っているのだから。
「……分かった。話す、話すよ。実際、私たち全員に関係していることでもあるし」
暫くの沈黙のあと、夏帆は諦めたようにそう呟いた。沈鬱な、それでいてどこか覚悟を決めた表情を浮かべて。
そんな夏帆の姿に、私たちは反射的に身構えてしまう。しっかり者の夏帆が、ここまで深刻な様子を見せる悩み。それも私たち全員に関わる内容となると、どんな厄ネタが飛び出してくるのか。
「……もしかしなくてもヤバい?」
「うん。結構ヤバい話。下手したら警察沙汰になるかも……」
「ちょっと待って!? 何がどうなってそんなことになるわけ!?」
「メグちゃん。それも全部ちゃんと話すから。この際、皆の意見も聞きたいし」
「意見って……」
言葉が続かない。夏帆の口から警察沙汰なんて言葉、聞きたくなかった。そもそも警察が出てくる理由が分からない。
まさかバンドの契約関係か? いやでも、あそこの会社は大手ではないけど、ちゃんとしたところだってことは分かってるし……。
「それじゃあ話すね。──ちなみに蘭ちゃんのことなんだけど」
「えっ、私!?」
「……また蘭なの?」
「蘭あんた今度は何した!?」
ここでまさかのキラーパス。蘭の名前が出たことで、一瞬で夏帆から矛先が変更された。……ここの何がヤバいって、私も冬華も微塵も疑わなかったということ。
蘭はそれぐらい問題児だ。性格が悪いとか、そういうわけでは決してないのだけど、端的に言って頭が悪いのだ。
最低限の外面を取り繕う知性はあるのだが、仲間内で集まったり、気を抜いたりすると、途端に脳味噌が溶けるタイプのアホの子だ。
それでいて地味に運が悪いので、些細なことから無駄に大きなトラブルを引き寄せることがままある。
つまるところ、今回もそういう系の話なのだろう。だから私も冬華も、怒ると同時に納得もしてしまっていた。蘭が原因なら仕方ないと。
とはいえ、警察沙汰になるかもってレベルは流石に初めてなので、いつものように呆れながら頭を叩いて終わり、で済ますことはできないのだけど。
「待って待って待って! 夏帆さん待って!? なんで私なの!? そんな心当たりは──」
「下着入りジップロック」
「──スゥゥゥ……」
オイちょっと待て。私の想像と別ベクトルな案件の気配がプンプンするんだけど。
というか、え? 下着入りジップロックって何? 普通に生活してたら、まず耳にしない単語の組み合わせなんだけど。
「……な、なんでそれを?」
「ちょっと前に、蘭ちゃんの家に泊まりに行ったでしょ? その時、蘭ちゃんお風呂の着替え忘れて、私が持っていったじゃない。その時に見つけたの」
「……」
「最初はライフハック的なやつだと思ったんだよ? トラブル避けに、男性用の下着を洗濯物と一緒に干したりするし。……でも、丁寧にジップロックに仕舞う理由はないから、おかしいと思ってさ。で、探してみたらいっぱいあったし、中の下着もしっかり使い込まれてるっぽかったから、ね?」
「いや、その……」
「それからずっと嫌な予想が続いてて、蘭ちゃんのことはそれとなく注意してたの。で、悪いと思ったんだけど、この前ちょっと蘭ちゃんのスマホを覗いたんだ。……そしたら男の人の写真がビッシリ。しかもツーショットとかじゃなくて、明らかな隠し撮りっぽいのが」
「そ、それは違くて……」
「写真に写ってた人、前に蘭ちゃんがダル絡みした、マリンスノーの店員さんだよね? おかしいと思ったんだ。蘭ちゃんってわりと人見知りで内弁慶なタイプなのに、あの時は珍しく知らない人に突っ込んで行ってたし。つまりそういうことでしょ?」
「あうあう……」
淡々と言葉を重ねていく夏帆の姿に、どちらかというと観客寄りである私や冬華も気圧された。滅多にない夏帆のマジギレ。大人しい人ほど、怒らせたら怖いという典型例。
当然、詰められている蘭は酷いことになっていた。ダラダラとギャグみたいな量の汗を流して、目は全方位に泳いでいる。なんとか弁解の言葉を吐き出そうとしているのだろうが、結局言葉は形にならずパクパクと口を動かすだけ。
「ねぇ、蘭ちゃん。あなたさ、もしかしなくても、ストーカー的なことやってるよね?」
「……」
まあ、それはそれとして。ギターボーカルというバンドの『顔』に、かなり黒寄りの犯罪疑惑というのは普通に洒落にならんわけで。
観客気分はそろそろお終い。一度冬華と顔を見合わせてから、推定罪人を取り囲むために移動する。
「──蘭、正座」
「洗いざらい全部話しな。今回ばかりは、隠しごとしたら拳骨だけじゃ済まさないよ」
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