第10話 シルキーさぁ……
「……えっ、と、ちょっと考えごとしててっ、そのっ、何か言ったっ?」
ふむ。やはりストーカーの様子がおかしい。微妙に震えているというか、妙に落ち着きがないというか。
思い返せば、少し前から言動も怪しくなっていた気がする。地が出てきたのかと思っていたが、その割にはやけにどもっていたような?
人が向き合おうと思った矢先に、この異変。最初は体調不良かと疑ったが、いままではそんな素振りなど見せていなかったわけで。
マトモに見ていないがために確証はないが、ストーカーは健康体のはず。体調が急激に悪化することもなくはないが、その場合はこんな悠長な反応はしていまい。
「……」
とりあえず、ストーカーと向き合うのは一旦保留だ。明らかに異変を起こしている状況で、下手なことはしたくない。というか、理由もなく小刻みに揺れている人間と向き合いたくない。
なので、ひとまず観察する方向にシフトする。直接確認することはできないが、代わりに声色と行動で原因を突き止めたい。
「いやっ、その、ね? えっと、今日はいい天気だねぇ」
それはそれとして、本当にどうしたんだコイツ。急に漫画のコミュ障みたいな切り出しかたしてきたんだが……。さっきまでの威勢はどこ行ったんだ。俺が知らない友人の話題を嬉々として語ってた癖に。
知り合いの知り合いの話を選択できるコミュ強(コミュ障)が、わざわざ持ってくる話題じゃないだろ。
つまり、それだけ切羽詰まっている状態ということか? 咄嗟に天気デッキを出してしまうぐらい、脳のリソースが奪われているということか?
「っ、あ、そうだ! 夜ご飯一緒に食べるなら……材料あるか確認しなきゃっ。えっ、とぉ、何があるかなぁ!?」
そんな言葉が聞こえるとともに、身体に掛かっていた重さが消えた。どうやら冷蔵庫のほうに向かったらしい。
実際問題、食材の確認は確かに必要なことではある。一応、料理はちゃんとやるタイプの人間なので、一般的な一人暮らしの大学生よりかは食材のストックはある。
だが、それでも一人分で計算して買い込んでいるため、場合によっては材料が足りない可能性はあるのだ。
……問題は、その行為が微妙に怪しいところがある。必要な行為なのは認めるが、どうにも真意が不明というか、なんらかの誤魔化しくさいというか。
「……っ、ありゃぁ。ちょっと食材が足りないかなぁ?」
「……」
聞こえてくる声がわざとらしい。いや、若干上ずっているので、明らかに何か意図がある。
冷蔵庫を開ける音がしたので、不自然にならない程度に横目でストーカーの姿を確認する。
冷蔵庫の扉を開け、身体を屈めている姿。だがやはり、その身体は震えている。ついでになんかステップを踏んでいる。
テシテシテシと床を踏み、フルフルフルと揺れる身体。心の中でなにかテンション上がる曲でも熱唱してるのだろうか……?
「ねぇっ、私が準備しておくからっ! 遥斗君ちょっとスーパーで買い出し行ってきてほしいな!?」
いや行かないが。何故に不法侵入してる相手に、家のことで指示されにゃならんのだ。しかも絶対になんか別の目的があって、俺を外に出そうとしてるだろ。
確かに料理関係ではちゃんとやるのが俺のポリシーではあるが、それとこれとは話が別だ。というか、いま思い出したが食材のストック、そこまで壊滅してなかったはずだぞ? 減っているのは確かだが、工夫すれば余裕で二人分ぐらいの料理は作れるぞ。
「……」
なのでここは無視一択。スマホに意識を傾け、ストーカーの存在をシャットアウト。
「……遥斗君のえっち……」
──待ていま流石に看過できない類いの暴言がとんできたんだが!?
「っ……!?」
思考回路をフル回転。何故そんな風評被害を受けなければならないのか、その理由を全力で探ってみる。
いや本当に心当たりがない。そもそも完全に無視しているのだ。自発的に干渉していない時点で、スケベ呼ばわりされる理由がない。
そりゃ確かにストーカーの身体に触れてはいたが、それはシンプルに向こうがくっ付いてきたからであり、俺のほうされるがままになっていた。
「うぅっ……」
「……?」
大層不満そうな唸り声が聞こえてくる。だがしかし、そんな反応をされたところで困るのである。
不満があるのなら言葉で伝えてほしい。この二週間で、ストーカーがお喋り好きなのは身をもって実感しているのだ。毎度毎度スピーカーの如く動かしている口で、スケベ呼ばわりの理由を是非叫んでくれ。……十中八九言いがかりだろうが。
にしても、マジでなんなんだか。まあ、ストーカーの様子に理由はあるのだろうが、それでも健闘が付かない。
記憶の中でストーカーの異変を羅列しても、やけに切羽詰まった雰囲気で、身体は小刻みに震えて、やたらと謎のステップを踏んでいたぐらい……あ。
「……ぇ、ちゃう……」
オイ、ちょっと待て。え、つまりそういうこと?
「ぁ、ぅぅ、もう本当に漏れちゃう……!!」
な に 人 の 家 で ト イ レ 我 慢 し て ん だ コ イ ツ。
「……」
いやマジで何してんだよ。さっきから挙動不審だったのは、ずっとトイレ行きたいのを堪えてたからとか。シンプルに馬鹿なんじゃないの? それで人をスケベ呼ばわりとか失礼すぎんだろ。
というか、人の家で謎の限界チャレンジをしてんじゃねぇよ。失敗したらどうすんだよいろんな意味で……。
「だってオシッコの音聞かれたら恥ずかしいじゃん……!!」
自然と吐き出された溜め息に、ストーカーが震え声で言い訳を叫ぶ。
一応、ソシャゲに向けての体を保ってはいたのだが、ストーカーは自分に向けての溜め息だと認識したらしい。実感その通りである。
「っ、お願いだから外に行ってぇ……!」
そんなこと言ってないで、そっちがさっさとトイレに行ってこい。膀胱炎になるぞ。てか、決壊したら目も当てられないのでマジで早く行け。
「〜〜っ、じゃあせめて音楽聴いてて!! 絶対だからね!?」
流石に限界が来たのか、最後にそう叫んでストーカーはトイレへと駆け込んで行った。
ドタドタバタンと、慌ただしくドアが閉まる音を聞きながら、虚空を見つめる。
「……どうすんべ?」
音楽を聴いててと言われても、それで指示通り動いたら無視じゃなくなるし……。いや、無視は終わりにするつもりと言われれば、確かにその通りではあるのだが。
正直な話、この謎のイベントのあとに向き合いたくはない。いろんな意味で気まずすぎる。
じゃあ指示を無視するのかって話になるのだが、それをすると嬉々としてトイレの音を聴きにいった変態扱いになるわけで……。
「これどっちにしろ詰みじゃねぇか……」
やってらんねぇと頭を抱える。無駄に究極の二択を突きつけてくるのは勘弁してくれ。
というか、シンプルにストーカーが気にしすぎなのだ。そりゃ確かに聴かれたい類いの音ではないだろうが、人類共通の生理現象であるわけで。
少なくとも、スケベ呼ばわりされるのは納得いかない。俺は別に、そういうのにエロスを感じる人種ではない。人類のフェチの幅が広大なのは承知しているが、少なくとも俺にそっちのフェチはない。
だからストーカーのそれは言いがかりも甚だしいのだが、だからといって現状では否定する手段が……。
「……」
マジで頭が痛い。なんでこんな馬鹿みたいなことで悩まにゃならんのだ。
そんな風に眉間に皺を寄せていると、激しい水の音が聞こえてくる。……断っておくがトイレが流れる音である。どうやらアレなほうの音は、俺が唸っている内に終わったらしい。
そしてパタパタと響く足音。とりあえず、この精神衛生上よろしくないイベントが、無難に済んだようでなによりである。
「──っ!? ねぇぇえぇっ!音楽聴いてて言ったじゃぁぁん!!」
「……」
訂正。どうやら無難に終わりはしなかった模様。そりゃそうだ。トイレに入っていたのだから、俺が頭を痛めて聴き逃していたことなど分かるはずがない。
「ぅぅぅっ、今日はかえるぅ!! ……遥斗君の変態っ」
結局、俺は不名誉な言いがかりから逃れることはできないらしい。……まあ、代わりに夕飯云々の話はたち消えたので、無視は今後も継続することができそうなのは良かった。
「……そう思わなきゃやってられんわ」
──とりあえず、人を変態呼ばわりした以上、ストーカーの待遇は上げてやらんと誓っておく。絶対に相手にはしてやんねぇ。
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