第9話 おや? シルキーの様子が?

「──それでさ、メグってばいっつも澄まし顔してるんだよ!? ズルいと思わない?」


 ゆっさゆっさと身体が揺れる。震源地は真横で俺にもたれかかっているストーカー。

 不安定なビーズクッションの上で、擦り付けるように全身でこちらを押すせいで、大地震もかくやという揺れ具合だ。本当にやめてほしい。


「メグってクールぶってるけど、結構なおっちょこちょいなんだよ。それなのに自分はちゃんとしてるって思っててさ。やっぱり天然の人って自覚ないんだよねぇ」


 なによりやめてほしいのは、強く身体を押し付けることである。話して、いや独り言を呟いている内にテンションが上がってきたのか、当初の恥じらいは何処行ったってレベルの密着具合なんだよ。

 全身が柔らかいわ、なんかよく分からないが甘い匂いがするわで、凄まじい勢いでメンタルにダメージが入ってて……正直かなり辛い

 あとさっきから地味に困惑してるのだが、そもそもメグって誰だ。こっちは口動かしてる本人の素性すら知らないのに、ストーカーの友人らしき輩の話をされても反応に困るんだよ。……いや反応はしないんだけどさ。


「……っ、あ! そうだ! 他にも皆のことで聞いてほしいんだけどさ!」

「……」


 いやだから、その『皆』の前に自分の話をしてくれと。素性不明の相手の知り合いとかひたすらに素性不明なだけなんだって。

 せめて名乗ってくれ。実際に口に出すわけにはいかないから知らないだろうけど、俺の脳内だと未だに人称が『ストーカー』だぞ。

 バカップルみたいな距離感で、自分のことを通い妻と例えてるところ悪いが、心の距離は果てしないことになっているんだが?

 もういっそのこと、一人称を自分の名前にしてくれ。たまにいるだろそういう女の人。地が出てきてるのか知らんけど、初期のキャラからブレてきてるし。この際あからさまなキャラチェンジしても受け入れるから。……どっちにしろ相手にしないし。


「えっと、そのっ、あそうだ! 夜ご飯はどうする? なんなら私が作ろうか? ……遥斗君が料理上手なのは知ってるから、ちょっと自信ないけど」

「……」


 むむっ。……そうか。八時までってことは、夕飯の時間帯までもつれ込むことになるのか。

 俺のファーストネームや、料理ができる人種であることが当たり前のように把握されていたが、それはさておき。

 ああ、おかげで『ストーカーの正体、バイト先の客説』が再び浮上してきたが、この際脇に置いておくとも。それよりも重要な問題があるから。


「……」


 さて、どうする? 流石に夕飯まで出されたら、無視を続けるのは難しい。皿が目の前にある状況で、手をつけないというのは……。

 別に料理好きというわけではないが、まがりなりにも飲食店勤務、それもキッチンも担当する立場だ。給金を貰って作っているからこそ、料理の際の苦労はよく知っている。

 自分が作った品を粗末に扱われているのを見た時は、無駄な苦労をさせられたようで不快感が凄い。

 だからこそ、俺は食べ物で遊ぶことは好きじゃない。料理はちゃんと食べるのがポリシーだ。別に残すなとは言わない。満腹だったり、嫌いな物があれば仕方ないと思う。

 だが、お喋りに夢中でまったく食べることをしなかったり、SNSに投稿することを第一にして長時間放置したりなど、その手の行為は腹が立つ。

 つまり何が言いたいかというと、料理を出されたら俺は無視を辞めざるを得ない。感想を求められたりすれば、返事だってするだろう。


「……」


 ならば夕飯は俺が作るべきか。だがストーカーの分はどうなる? 自分の分だけ作って、あとは知らんというのは流石に……。

 ここまで徹底的に無視しておいて、何を今更と思うかもしれない。だが、何度も言うが料理関係は譲れないラインがあるのである。

 別に好感度や印象を気にしているわけではない。ただ料理を作るのなら、ちゃんとしたいのである。というか、シンプルに飯が不味くなるから嫌だ。

 自分だけ作って? 相手の前には何もなし? 空気が地獄じゃないかそんな食卓。ストーカーとなれば、絶対に俺の手料理は楽しみに待っているはずだし、そこでお前に食わせる飯はねぇとかなったら、どんな表情を浮かべるかって話だ。

 俺はそんな奴を前にして、飯が美味いと思えるタイプではないのだ。わざわざ不味い飯を食う趣味なんてない。食べ物で遊ぶのはご法度だ。


「……潮時、か」


 となると、無視を続けるのは今日で最後かもしれない。口惜しくはあるが、だからと言ってポリシーを曲げるわけにはいくまい。

 まあ無視に関しては、八割ぐらい意固地になって続けていただけだ。ただの意地とポリシーならば、ポリシーのほうが勝つのは道理。

 この際、これも機会と思うことにしよう。期間にして二週間と少し。ほぼ毎日顔を合わせるようになったことを考えれば、よくもったほうだろう。

 一度小さく息を吐く。もちろん、今更向き合うことへの気まずさはある。だがそれでも、決めた以上は貫いてみせ……ん?


「っ、ぁ……えっとっ、いまなにか言った!?」


 向き合おうと身体に力を入れた瞬間、ふと違和感を覚えて動きを止める。俺の身に強く押し付けられた柔らかさが、確かな異変を主張していた。


「……」


──なんかこのストーカー、若干小刻みに揺れてないか?

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