第7話 慣れてきたシルキー

「──えへへ」


 締まりのない笑い声が聞こえてくる。声の発生源は廊下。こなしていた家事から推測するに、おおかた溜まっていた洗濯物を物色でもしているのだろう。


「はぁ……」


 大きな溜め息が零れる。無視する相手が部屋にいないからこそできる反応だが、そろそろ時と場合を選ぶことも難しくなってきた。

 別にストーカーの挙動にドン引きしたとか、そういうわけではない。不法侵入している時点で今更すぎるし、その程度の奇行に慄くようでは、こうして日々追加される罪状を黙認することなどしていない。

 俺が頭を痛めているのは、もっとシンプルな内容だ。──すなわち、不法侵入の頻度の上昇。


「案の定と言えばそれまでだが……」


 先日の件、ストーカーがわざわざ俺の在宅中にやってきた時点、そうなるであろうとは予想はしていた。

 犯罪行為を一度を黙認してしまえば、味を占めて悪化するのは自明の理である。その法則を証明するかのように、事実としてストーカーの侵入頻度は増加している。

 具体的に言うと、奴が堂々と上がり込んできたのが一週間前。それから今日まで、ほぼ毎日やって来ている模様。

 これまでのストーカーは、溜まった家事を処理するためか、俺がまとまった時間を不在でいる曜日に絞って侵入していた。

 が、堂々と侵入しても咎められないと判明したからか、これまでの警戒をぶん投げて侵入するようになったのである。

 俺が不在の時はもちろん、在宅中。出かける直前にやって来たり、帰宅したら家にいたことも。完全に自分のスケジュールを軸に行動している。

 なお勝手に行われた弁明曰く、『えっと、ほら。家事は溜めるより、こまめに消化したほうが効率的かなって』とのこと。もちろん無視した。


「……幸いなのは、ここに長時間留まることはないってことかね」


 侵入頻度が上昇した現状、この対応にも限界があると身構えてはいたが、まだ希望があるのだけは救いだ。

 というのも、ほぼ毎日顔を合わせるようになりはしたが、接触している時間はそこまで長くないのである。

 それは何故かと問われれば、ストーカーも人間であり、生活というものがあるからだろう。

 容姿から推測されるストーカーの年齢は、おそらく俺と同年代。十代後半〜二十代前半ぐらいだ。連想される肩書きは、大学生、専門学生、短大生、社会人、そしてフリーター。

 どれもまとまった時間を確保するのは難しい立場だ。それに加えて、ストーカーにも交友関係からくる付き合いぐらいはある。学生の類いならバイトなどもあるだろうし、社会人やフリーターなら言わずもがな。

 それでもスケジュールを調整すれば不可能ではないのだろうが、少なくとも毎日は無理。俺の不在時にのみ侵入してたのは、警戒の他にこうした理由もあるはずだ。


「なんというか、本当に家政婦みたいになってんな」


 侵入頻度は確かに増えた。トータルで言えば、顔を合わせている時間も増加しているだろう。だが、居座る時間のアベレージは低下している。

 ただ家事をするだけにやって来ている。溜まる前に消化して、予定があるのかそそくさと自分の生活に戻っていく。

 その在り方はまさに現代のシルキー。人の営みと交わることなく、ただ住み着く家の主を助ける家事妖精。


「──洗濯物終わったよー」

「……」


 ……まあ、自己主張の強さというか、欲望に正直すぎて元ネタとはかけ離れているのだが。


「あ、そうだ。パンツなんだけど、ヘタってるのがあったから新しいのに変えといたから。水色のトランクスだよ」

「……」


 言外に告げられた盗難報告に、内心で溜め息。本当に欲望に忠実になったなと思う。

 いままではバレないよう、同じ物をこっそり入れ替えていたのに、もはや誤魔化す気などゼロである。おかげで買った記憶のない、真新しい衣類が増える増える。特に下着。……俺の服なんて基本は量販店の安物だし、別にこだわりもないから構わないんだけどさ。

 だがそれはそれとして、図々しいなとは思うわけで。玄関を開けるのに躊躇いがなくなってきたり、無視されると分かっていてなお楽しそうに話しかけてきたり、いつの間にかタメ口になっていたり、挙句の果てにはそれとなく女物の私物が置かれてたり。

 順当にストーカーとしてのレベルが上がっているというか。なんたって、独り語りの際に自分のことを通い妻と自称しだしたぐらいだ。一度も会話が成立していないのに通い妻とは……。

 いまだって、我がもの顔で部屋の中を歩き回っているのだろう。レポート作業中でパソコンから目が離せない&徹底無視のため確認こそできないが、それでも容易く想像できる。


「じゃ、そろそろ帰るね。私も本当はもっと一緒にいたいんだけど、ゴメンね?」

「……」


 謝られても困るのだが。というか、俺が不満に思ってるみたいな言い方をしないでほしい。徹底的に無視されていて何故そこまでポジティブシンキングでいられるんだ……。


「じゃ、行ってきまーす! また明日ね!」


 そう言ってストーカーは出ていった。着々と恋人ごっこが上手くなっていってるようでなによりである。……もちろん皮肉だ。


「はぁぁぁ……」


 盛大な溜め息が零れる。トタトタと離れていく足音を意識の片隅に追いやって、考えるのは今後のこと。


「──マジでどうなるんだろうか」


 まったくもって想像できない。いや、会話が成立したこともなく、なんなら未だに名前も知らない相手との未来なんて、想像できるわけなどないのだが。

 というか、そろそろ自己紹介ぐらいしてほしい。そしたら反応してあげてもいいから。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る