第6話 VSシルキー、開戦

──不法侵入したストーカーをスルーするなど、我ながらかなり馬鹿なことをやったと思う。


「……お、お邪魔します」


 緊張しながら、されど引き返すことなく部屋に上がり込んできたストーカーの姿を見て、心の底からそう思った。……何でこの人、こっちが在宅中にも関わらずやって来てんの?


「……」


 ひとまず先日と同じ方針、つまるところ徹底無視の構えを取ったわけだが。……内心は動揺で心臓がバックバクである。

 そりゃそうだ。誰もこないはずの日曜の昼間、死んだ目でソシャゲの周回をこなしていた時に、いきなり玄関からガチャリと鍵の開く音が響いたのだ。普通にビビる。


「えっと、来ちゃいました……」

「……」


 来ちゃいました、じゃねぇんだわ。何で不在時じゃなくて在宅中にやって来るんだ……。

 このストーカーは、俺のライフサイクルを把握してるはず。だからこそ、先日のイレギュラーが起きるまで、鉢合わせることなく過ごすことができていたのだ。

 俺が不在の時に侵入し、家事をこなし、たまに衣服などを新品と入れ替え回収する。そういう風に取り決めたわけではないが、それがある種の不文律であったはず。

 いや、不文律とかそれ以前の問題だろう。普通の人間……不法侵入をしてくるストーカーが普通かはさておき。犯罪者だってその辺りはしっかり警戒するものだ。

 家主が在宅中、それも鉢合わせることが確定しているワンルームに、わざわざ不法侵入してくる奴などそうはいない。いるとしたら、そいつはほぼ間違いなく強盗の類いである。


「そ、それじゃあ、ちゃちゃっとやっちゃいますね」


 だがコイツはストーカーだ。強盗では断じてない。少なくとも、危害を加える気があるのなら、いまのように一言断りを入れて家事を始めたりなどしない。


「……」


 カチャカチャという音が部屋に響く。シンクに溜まっていた食器が、どんどん少なくなっているのだろう。

 思わずスマホから視線を移しそうになる。身から出た錆であることは間違いないが、それでも無視を続けるにはカロリーを使う。


「えへへ……。その、部屋の出入りを許してくれて、ありがとうございます。嬉しかったです」


 いや、別に認めてたわけではないんだが……。確かにシルキー扱いして黙認はしていたが、それはあくまで陰ながらアレコレしていたからであってだな……。

 誰も堂々と出入りして良いなんて言ってねぇんだわ。というか、本当にお前は誰なんだ。


「な、なんか、こうしてるとアレですね。同棲、してるみたいですね」


 不法侵入の間違いなんだよなぁ。家主が在宅中、堂々と部屋に上がり込んだ挙句、勝手に家事をしてるだけなんだよぁ……。

 それを『同棲みたい』と表現できるメンタルは、本気で凄いとは思う。不法侵入かます時点で常人メンタルでは決してないが。

 だがまあ、俺が下手を打ったことは認めよう。嫌いな家事をしてくれる便利キャラ扱いしていたとはいえ、鉢合わせた上でスルーするというのは、いま考えれば確かに悪手であった。

 スルーとは、ある種の黙認。見て見ぬふりをしている時点で、公認と判断されてもおかしいことではない。

 ましてや、相手は不法侵入をかますメンタルの持ち主である。普通の人間なら犯罪行為を目撃されれば、警戒して自重するだろうが、ストーカーの場合は認められたと解釈して悪化する可能性のほうが高い

 そうしたデメリットを想定しなかったのは、シンプルに俺の落ち度である。後悔したところで遅いが。


「……」


 うむ。どうしようか? 現状でかなりアレというか、一線を越えてしまった感が凄い。だからこそ悩む。

 ここで梯子を外すのは簡単だ。鍵を変える、引っ越す、最終手段として警察に通報するなど、取れる手段は少なくない。

 が、正直言ってやりたくない。まず大前提として、現状では実害らしい実害はないのである。正確に言えば、害よりも益のほうが上回っている。

 事実上無料のハウスキーパーと考えれば、多少の不気味さは目を瞑れる。……あとは、一応は俺も男ではあるので、甲斐甲斐しい美人に惹かれる部分がないとは言わない。

 ついでに、初っ端から見て見ぬふりしておいて、いまさら慌てふためくのはなんか癪に触る。意固地になっているとも言うが。

 で、そうした前提条件のもと、選択肢を吟味していくと、どうしてもメリットよりデメリットのほうが勝ってしまうのだ。

 まず鍵の変更、引っ越しはシンプルに金が掛かる。親からの仕送り+バイトで余裕はあるとはいえ、あまり出費はしたくない。

 そして警察に通報した場合、間違いなく大事になる。というか、絶対に俺の対応は怒られる。それぐらいやらかしてる自覚はある。

 一番最悪なのは、親に話が伝わることだろう。そうなると、どんなペナルティが下されるやら。仕送り停止ならまだなんとかなるが、一人暮らしを禁止されたら目も当てられない。

 というか、そうなる可能性が高い。犯罪者に狙われてる時点で親としては心配して当然。にもかかわらず、当の本人は『家事が面倒だから不法侵入を黙認してた』などと。……絶対にシバかれるわこんなの。


「ふんふーん♪」


 あとは……ここで梯子を外して、逆上されたらと考えるととても怖い。鼻歌を歌い始めるぐらい有頂天になっているストーカーを、一転して叩き落としたとなればどうなるかという話だ。

 犯罪上等のメンタルの持ち主に、上げて落とすなんてした場合、とち狂って病みルートを爆走しかねない。

 現状ですでに病んでいるというか、メンヘラorヤンデレと形容して良い人種なのだ。ここからレボリューションされたら手に負えない。


「──それじゃあ、私は今日このあと予定あるので。帰りますね。……また来ますから」

「……」


 そう考えると、俺にできるせめてもの抵抗……いや対抗手段は、やはり徹底的な無視しかないのではないかと思える。

 たとえこれからどんどんエスカレートしていったとしても、決して相手にしない。反応しない。いないものとして扱う。

 少なくとも、無視され続けてストーカーがヘラってくるまでは、この方針を突き通すしかない。……もはや意地である。


「では、行ってきます。……えへへ」


 そこはせめて『さようなら』と言ってほしかった……。ツッコめないのがなんとも歯痒いが。

 そんな俺の内心など知らぬとばかりに、ストーカーは弾んだ声音のまま我が家を去っていった。


「……結局、一度も自己紹介しなかったなあの女」


──それはそれとして。あのストーカー、本当に誰なんだろうか?

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