第4話 シルキー、いる?

 大学というのは、それまでの学び舎に比べてかなり自由が利く場所となっている。

 その辺りが特に顕著に現れるのは、やはり時間割り関係だろう。小中高までは、学校側が定めた時間割りに生徒は従う。ここに拒否権はない。

 が、大学になるとそれが変わる。自らが興味のある講義、進級に必要な単位、講義が始まる時間など、そうした諸々を擦り合わせ、自らで履修登録を行う。

 なので時間割りは千差万別。午後から大学に向かう者、午前でその日の全ての授業を終わらせるもの。一日完全に休みにする者など、個々のライフスタイルに合わせた内容となる。

 そしてここで重要となってくるのは、大学における『講義』とは、それぞれが基本的に独立しているということである。


「まさか二コマ休講になるとはなぁ」


 なので講師の都合によっては、突発的に空き時間が発生したりする。いまみたいに。


「いやぁ、午後からオフとかマジでラッキーだわ」


 伸びをしながら思い出すのは、大学のサイトの生徒専用ページ。

 二限の講義が終わったあとに履修表を確認したら、なんと四限が講師の体調不良により、休講になったというお知らせが。

 スケジュール的には、二、四、五限の講義を受けることになっているのだが。五限も前日から休講が決まっていたため、必然的に午後の講義が消滅したのである。


「午後はなにしようかねぇ……」


 バイトは今日はない。なので暇ではある。だが、友人たちは普通に講義があると思われるので、集まることは難しい。

 となると、遊ぶにしても一人。目的もなく外をぶらつくというのは……中々に面倒だ。なにせ俺は大学は基本チャリ通学。で、大学から街に繰り出すとなれば電車になるわけで。

 わざわざ一度帰宅して外出するか、大学に自転車を一日放置するかの二択。それだったら、自宅でダラダラ過ごしていたほうが快適だろう。

 ま、そもそも理由もなしに外出するタイプでもない。外出のための目的がないと、どうしても『無駄』という感覚が勝ってしまうのだ。そこにさらにマイナスポイントが加わるとなると……。


「……この思考が社不って呼ばれるんだよなぁ」


 一人でいることが苦にならず、自宅でできる趣味が多数あり、それでいて外出に目的を求める性質。

 なんというか、我ながら本当にどうしようもない。ここまで人間関係の構築に難がある人間性をしている者は、そうそういないのではないかと思えるほど。

 特に救いようがないのは、自覚してなお改善する気がサラサラ湧いてこない部分か。 


「ま、パスタでもサッと作って、あとはお絵描きでいっか。そんで寝よ」


──結局、俺はいつものように自転車をこいで、いつもの道を使って帰宅していた。


「冷蔵庫には何があったっけ?」


 備え付けの駐輪場に自転車を停め、昼飯について考えながらカンカンと鉄階段を登っていく。

 築十年のアパート。その二階が俺の借りている部屋。そこまで広くないワンルームの、立地のわりに安い家賃が特徴の好物件。


「……ん?」


 そんな自慢のマイルームの扉に手を掛けたところで、ふと気付いた。


「中から物音がする」


 ドアノブに鍵を挿し、ガチャリと音が鳴ったその瞬間。扉の向こうから、ドタバタと慌ただしく動き回る音が聞こえてきた。

 まさか空き巣の類いかと、警戒心が跳ね上がる。この辺りの治安はかなり良いはずだが、それでも絶対はない。犯罪者とはそういうものだ。


「……あ、今日って水曜だ」


──そこで思い出したことがある。そういえば、身近に一人犯罪者がいたなぁと。具体的に言うと、月水金の決まった時間に人の家に侵入しているであろう奴が。


「……」


 少し前にセッティングした隠しカメラ。そこに記録されていたストーカー。

 その映像は、ちょうど水曜に撮影されたものである。ついでに言うと、時間帯も大体いまと同じぐらい。


「そっかぁ……」


 自然と俺はドアノブから手を離し、すぐ後ろの手すりに手摺りにもたれかかっていた。ついでに遠い目で青空を見上げたりも。

 いやはや、まさか鉢合わせすることになろうとは。予想外……は流石に違うな。予想して然るべきだった。

 そりゃそうだ。ストーカーは俺が大学に行っている時間を見計らって、家に侵入しているのだ。

 なればこそ、帰宅時間が早まれば、必然的に鉢合わせる可能性が上がるのは道理である。


「んー……」


 それにしてもどうしたものか。一旦離れるか。でもそれはそれで面倒くさいというか。なんで家主である俺が、変に気を遣わなければならんのだと思わなくもない。

 かといって、警察に連絡するのは躊躇いがある。無料の家政婦が消えるのは、どうしても惜しいという思いが消えないのだ。

 そうして考えること数秒。はたから見たらかなり阿呆な思考のもと、弾き出した結論。


「……入るか」


 鉢合わせとか気にせず部屋に入る。そんで徹底的に無視する。

 何を言われても反応しない。完全にいない者として扱う。そうすれば逃げ去っていくのではないかという、希望的観測。

 例外は危害を加えられたパターンだが、これはそこまで気にしなくて良いと思う。俺に対してストーカーするほどの執着を見せているのだから、わざわざ危害を加えてくることはないだろう。

 もちろん、パニックを起こすなどをすればその限りではないが、その手の反応は防衛本能のようなもの。徹底的に無視し、怒鳴りつけたりしなければ、相手も冷静さを維持できると期待しよう。

 まあ、結局のところ『惚れた弱み』をアテにしているだけであり、そこには合理性など欠片もない。

 だがしかし、正気ではないことをやろうとしているのだから、合理性などハナから勘定に入れるべきではないだろう。


「──良し」


 そうして覚悟を決める。念のため、警戒心はMAXのまま。空き巣の可能性もゼロではないので、鍵をメリケンサック代わりに握り込むことも忘れない。

 基本は徹底無視。身の危険があれば躊躇なく反撃。その方針を脳に刻み込みながら、俺は我が家のドアノブを捻った。

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