第3話 シルキーis誰

「水月君。これ三番テーブルに」

「はーい」


──カフェ【マリンスノー】。駅近くの繁華街にある個人経営のカフェであり、ケーキとコーヒーが自慢の俺のバイト先。


「あ、注文お願いしまーす」

「少々お待ちください」


 立地の関係もあり、どちらかというと隠れ家的な雰囲気の当店。

 ふらりと立ち寄る新規の客はそこまで多くなく、割合的にはリピーター、いわゆる常連客のほうが多いことが特徴なのだと、この店の主は語っていた。

 実際、人気店と呼ばれるほどの知名度こそないが、名店ではあると思う。新規が少ないにも関わらず、店を経営できているということは、その少ない新規をリピーターに変えているということ。

 

「水月君。今度は二番テーブルにこれ」

「はいはーい」


 なのでこの店は意外と忙しい。個人経営のカフェでありながら、俺を含めてバイトを何人も雇えるぐらいには。そして雇わなければ回らないぐらいには。

 なお、リピーターが多いということは、件のストーカー候補が比例して多いということでもあるので、店員としても俺個人としても微妙な気分である。


「……にしても、なんか忙しいな」


 まあ、現段階では無害なストーカーよりも、眼前の業務のほうが重要だ。

 具体的には、普段よりも多い客入りの原因究明。


「ん? 水月君、どうかしたの?」

「店長。いや、今日はいつもより新規さん多いじゃないっすか。だから何でかなって」

「ああ。僕もお客さんから聞いたんだけど、なんでも【ホロスコープ】のライブが原因らしいよ。名前は知らないけど、人気のバンドが参加したとか」

「なるほど。そのパターンでしたか」


 店長の言葉で納得した。ホロスコープ、近くにあるライブハウスがこの混雑の原因か。

 俺も詳しくはないのであやふやなのだが、このライブハウスでは定期的にライブかなんかの企画を行っているそうで。

 で、人気のあるバンドが参加したりすると、それ目当てでやってきた観客たちが、ライブ終わりに周辺の店に流れていく現象が起こるのである。

 それがどうやら今日起こったらしい。……実に面倒だ。店としては客足が増えるボーナスタイムなのだろうが、バイトの立場からすると迷惑なことこの上ない。


「てことは、向こうのライブが終わるまで、このピークは続くってことですかね?」

「どうだろうねぇ。なんだったら、サーブするついでに訊いてくれば? はいコレ、四番テーブルに」

「……ん? あそこって誰か追加でオーダー取りましたっけ?」

「いや、サービスだよ。どうも素敵なことがあったみたいでね」

「そうですか。了解です」


 なんだ、店長のいつもの奢りたがりか。オーダーミスの類いではないのなら、俺からは特に言うことはないな。

 ということで、ケーキ四つを持って件のテーブル、常連の四人組の女性たちのもとへと向かう。


「失礼いたします。こちら、フランボワーズのレアチーズケーキでございます」

「え? あの、もう注文したのは全部ありますけど……」

「存じております。このケーキはサービスです。なにやら素敵なことがあったとのことですので、店長からのお祝いをと」

「本当ですか!? わぁっ、ありがとうございます!」


 祝いの品と聞き、四人がそれぞれ歓声を上げた。意外と普通の女性らしい反応をするものだと、彼女らに気付かれない程度に観察する。

 常連の四人組。服装はそれぞれ微妙に雰囲気は違うが、ギャルとかパンクとか、そっち系の印象を受ける。なんというか、凄い陽キャっぽい。

 容姿も程度の差はあれ、全員が整っている部類のため、余計にカースト上位的な気配を感じる。

 そして年代は多分だけど若め。揃って高校卒業〜二十代前半ぐらいだろう。学生か社会人かは不明だが、普段の持ち物から音楽系の集まりであることは予想できる。

 ……んー、やっぱりこの人たちの中にはいなさそうかな。例のストーカーと年代的には近そうだけど、外見の雰囲気が違いすぎる。


「それではごゆっくりどうぞ」

「あっ、はい! 本当にありがとうございます」

「いえいえ。感謝は店長にお伝えください。私は指示通り運んだだけですので」

「あ、そうだ! お兄さんも祝ってくださいよ! 知らない仲じゃないんだし、お祝いの言葉聞きたいなぁ」


 いくら常連とはいえ、店員と従業員は普通に知らない仲だと思うのだが。……まあクレームに繋がるから下手なことは言わないけど。


「ちょっ、蘭ちゃん!? 迷惑だからやめなって! ……すいません店員さん。私たちの連れがご迷惑を」

「いえ、全然構いませんよ。私としても、お祝いのメッセージも贈ることに否はありません。ただ何も知らずにお伝えするのも失礼だと思いますので、差し支えなければ何のお祝いかだけ教えていただけますか?」

「お、それ訊いちゃうます!? ──ならば教えてあげましょう! なんと私たちは、近々伝説になるんです!」

「……」

「あり?」


 これは店員として何て返すのが正解なんだ?


「蘭。それじゃあ説明になってない。店員さんも困ってるよ」

「いまの説明で伝わったのは、アンタの頭が伝説級に悪いってことだけだわ。ただでさえダル絡みしてんのに、その人をこれ以上困らせるんじゃないっての……」


 蘭と呼ばれたパンクっぽい見た目の女性が首を傾げると、残りの三人が揃って頭を抱えた。多分この言動がデフォなんだろうなぁ……。


「本当にこの馬鹿がすいません。代わりに説明するとですね、私たち【アバンドギャルド】って名前でバンドやってるんですが、先日ようやくレーベル……えっと、音楽の会社と契約することになったんです」

「なるほど! つまりプロとしてデビューしたってことですか。それは大変おめでたいですね」

「いやー、プロとはまだ胸を張って言えないですよ。大手と契約したわけではないですし、いまのご時世的にCD一枚出すのもかなり大変なんで」


 ふむふむ。音楽業界に詳しくないからよく分からんが、つまるところプロ寄りのアマってことか。

 それでもこうして打ち上げのようなことをやっているあたり、めでたいことなのだろう。ならば店員として言うべきことは決まっている。


「いえいえ。私は音楽には疎いですが、それでも十分に凄いことだと思いますよ。なにより企業と金銭が絡む契約を結んでいる以上、それはもうプロと言って差し支えないと思います」

「っ、そう! そうだよ! メグはもっと胸を張るべきなんだよ! お兄さんは分かってる!」

「こら騒ぐな! お店に迷惑でしょうがこの馬鹿!」


 おっと。蘭さんがメグと呼ばれたギャルっぽい人に叩かれた。反応速度からして、凄い手慣れている気配がする。

 それはそれとして、俺が指摘すると角が立ったので、注意してくれたことはありがたい。


「ともかく! 私たちはここから大きく飛躍するんだよ! 目指せ武道館! ……あ、お兄さん。なんならいまの内にサインとか貰っとく? 夏帆、代表して書いてあげなよ」

「なんでそこで私に振るの!? というか、本当に恥ずかしからやめて!」

「えー」

 

 ……なんというか、いろいろと苦労が多そうな人たちだなと。一人を除いて。


「とりあえず、お話は分かりました。それでは、改めておめでとうございます。曲が販売された時は、是非とも教えてください」

「やっぱりお兄さん分かってるぅ! もっちろんだよ! ウチら何曲か出してるんだけど、その中でもオススメなのがラブソング系なんだ。夏帆が作詞してんだけどさ、大人しい性格に反して凄いドロッドロの歌詞が──」

「蘭ちゃん!!」


 余計な情報を付け加えたからだろうか。夏帆と呼ばれたギャルっぽい人その二が、蘭さんの口を全力で塞ぎにかかった。

 仲がいいなと思う反面、そろそろ騒がしさが許容範囲を超えそうなのが困りどころである。

 まあ、俺がサーブしに来るまでは普通の打ち上げレベルだったのだ。部外者が立ち去れば、また自然と静かになるだろう。

 というわけで、適当に話を切り上げつつ撤退するとしよう。


「仲がよろしいんですね。では部外者の私は、そろそろ立ち去らせていただきますね。では、ごゆっくりお楽しみください」

「あ、はい! ご迷惑おかけしてすみません! 本当にありがとうございました!」


 よし。去り際の挨拶としては無難だったのか、特に違和感なくテーブルを離れられた。これならクレームとかの心配はあるまい。


「……あ、ホロスコープのこと聞き忘れた」


 まあ、今更聞きに戻るのもアレだし、仕方ないと諦めるか。腹を括って、終わりの分からぬピークタイムと格闘することにしよう。


──ただそれはそれとして、マジでストーカーは誰なんだろうか?

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