第2話 シルキー確認

──酒の肴として提供した怖い話だったのだが、予想以上に恐怖感を煽ってくれたようで、二人から猛烈に説教された。


「ふむ……」


 ただやっぱり、家事なんて大嫌いなズボラ男子としては、ストーカーだろうが無料で家政婦をやってくれているのなら、どうしても頼りたくなってしまうというのが正直なところ。

 で、折衷案というわけではないのだけど、隠しカメラを複数設置して、そのストーカーがどんな人物なのかを確かめてみることにした。

 映像さえあれば、何か実害が出た際に警察に証拠として提出できるし、捜査も楽になるだろうと思ったからだ。……あと、単純に俺みたいな奴をストーカーする相手に興味がある。


「どんな人物なんだろうかね」


 というわけで、映像をチェック。件のストーカーは、月水金と決まった曜日に出没することが分かっている。多分だが、俺の大学の時間割、つまるところ長時間家を空けるタイミングを狙った結果そうなったのだろう。

 なので、ある程度出現する時間は絞られる。あとはその予想を元に早送りを続けていけば……。


「──ビンゴ」


──早送りを停止。玄関に仕掛けていたカメラの映像に動きがあった。ドアノブが動き、扉が開いた。


「やっぱりこの感じ、前になくした鍵使われてるっぽいな……」


 ドアノブをガチャガチャやっている様子もなかったし、まあ確定だろう。と言っても、我が家はそこそこ人通りの多い道沿いのアパート。ドアガチャやらピッキングやらをやってれば、即不審者判定からの通報待ったなし。

 それがこれまでなかったということは、ストーカーは正規? の手段で我が家に侵入しているということになる。心当たりもあるので、正直予想はしていた。


「んで、この人がストーカーね……」


 再び映像に注目。といっても、バレないであろう位置にカメラを設置したせいか、顔はまだよく見えない。精々、服装と立ち姿から若い女性であることは把握できるぐらいか。


「……ふぅ」


 とりあえず、一安心というやつか。想定してた最悪、ストーカーの正体が男やオバハンではなかったことで、自然と胸を撫で下ろしていた。

 正直、それが一番怖かった。犯罪者が家に上がり込んでいるのは、この際脇に置いておくとしても。明らかに守備範囲外、または生理的に受け付けないような相手に付け狙われているかどうかで、今後の対応は決まってたから……。

 同年代ぐらいの異性なら、多少気味の悪い家政婦ぐらいに思うこともできるけど、そうじゃないなら流石にキツイ。『多少』だからスルーしてるのであって、普通に気味が悪いと感じたら速攻拒絶する。

 そういう意味では、このストーカーは俺の中ではセーフ判定。なんだったら美人の気配もしているので、害がなさそうなのを確認できたら、今後もスルーして家政婦モドキをしてもらいたいぐらいだ。


「……てか、流れるように食器洗いしだしたなオイ」


 うーん。マジでストーカーと言っていいのか判断に迷うな。部屋を物色するでもなく、普通に家事をやりだしたし。

 食器洗いの次は部屋の掃除。さらにゴミをまとめて縛って玄関に置いたりも。その間、物を盗むなどの怪しい挙動は一切なし。なんなら鼻歌を口ずさんでいるレベル。


「完全にシルキーだろこの人」


 よくここまで楽しそうに家事ができるものだ。面倒すぎて極限まで家事を溜め込む人種としては、理解に苦しむというのが正直なところ。

 実際、このストーカーがいなければ、俺の部屋は定期的にゴミ屋敷一歩手前までクラスチェンジしていることだろう。

 別に家事ができないわけではない……なんならそこらの成人男性より家事全般に秀でている自負はある。

 だがしかし、かったるいのだ。家事など溜め込むよりも、その都度タスクを消化したほうが効率的なのは重々承知している。分かっていてなお、面倒のほうが勝ってしまうというだけ。

 そしてだからこそ、俺はこのストーカーを『シルキー』扱いして見逃しているのだ。現状では、不利益よりも家政婦働きという利益のほうが勝っていると判断しているから。


「お、いま俺シャツをカバンに入れたな。ストーカーはストーカーか」


 カメラの中では、女が洗濯に取り掛かっている途中に、自身の鞄に俺の服、おそらく肌着であろう物を放り込む姿が映っている。

 一応は予想していたが、家事だけして終わりというわけではないらしい。ちゃんと自分用のリターンを確保しているあたり、流石は犯罪者と感心してしまう。欲望に忠実だ。

 とりあえずアウト判定。シャツ一枚とはいえ、実害を確認した以上は──。


「……む? 新品のシャツか?」


 ストーカーが鞄から新品のシャツ、おそらくパクった代物と同じであろうシャツを取り出したことで、裁定を一旦停止。

 そして封を開け、それを代わりに洗濯機にぶち込んだ姿を確認したところで、判決。


「……ま、いっか」


 新品と交換ということなら、肌着の一枚ぐらいくれてやって構わんだろう。アウト判定は取り消しだ。

 思うところがない、とは言わない。普通に引いてはいる。ただ『無料の家政婦』という存在を天秤にかけた結果、見逃すほうが有益と判断しただけだ。

 実際、新品が補充されている以上、金銭的な損失は皆無なのだ。新品に買い替え、古いほうは捨てたと考えれば、まあ許容範囲だろう。

 勝手に買い替えてくれるのなら、ゴミなど好きにすればいい。給料代わりになるのなら、それはそれで安上がりだ。

 犯罪者を利用しているのだから、この程度のことで騒いでたらキリがない。許容範囲を超えるまでは容認して、超えたら警察の御用になってもらうだけである。

 

「にしても、なるほどねぇ。道理で最近、パリッとしたシャツに当たったわけだ」


 ただそれはそれとして、ストーカーよりも自分の鈍感さ加減に呆れてしまう。いや、多少の違和感は抱いてはいたのだが、あまりにどうでもよすぎて気にしていなかったのだ。

 ストーカーがいると分かっていてコレである。一切連想すらしなかった辺り、我がことながら呑気がすぎる。


「ふむ……」


 とはいえ、そろそろ呑気を返上するべきかもしれない。有益だからとスルーしていたが、こうして映像を確認してしまった以上、無視できない点もある。


──彼女は誰だ?


「家に侵入している時点で今更かもしれんが、かなりの気合いの入ったストーカーだしなぁ……。こんなのができる心当たりなんかないんだが」


 自分で言うのもアレだが、俺はモテない。いや、モテるモテない以前に、交友関係がクソ少ない。

 大学でマトモに付き合いがあるのは、片手数える程度の数の友人たちだけ。他は挨拶など最低限の交流がある者が極少数。

 バイト先では仲のいい者もいなくはないが、それでもバイト中の付き合いでしかない。

 休日は基本的に家にいるし、外に出たとしてもぼっち。友人に遊びに誘われることもあるが、それも頻度としては少ない。

 別に人付き合いが苦手というわけではないのだが、他人にそこまで興味が湧かないのである。それもかなりの重症で、人の顔と名前が全然憶えられないし、憶えたとしてもかなり短期間で忘れる。

 それでいて一人でいることが全く苦にならない気質なせいで、自分から積極的に関わろうとはしない。結果として交友関係が全く増えない。

 だからこそ、ストーカーなど本来できるはずがないのだ。そもそもプライベートで異性と関わる機会が皆無に近いのだから、異性に好意を持たれることなどありえない。


「……マジで誰だ?」


 数少ない友人たちは全員男。大学では他にマトモな交友関係は築いていない。

 となると、バイト先のカフェ関係か? 接客業なので必然的に不特定多数の客とコミユニケーションを取ることになるし、その時に目を付けられた可能性はゼロじゃない。


「いやでも、うちの店ってそこまで新規の客入りがあるわけじゃないしなぁ……」


 だが気になるのは、ストーカーの外見である。こんな感じの女性、うちの店の客でいただろうか?

 客の立場から俺をロックオンしたとしたら、少なくともロックオンした理由があるはずだし、その理由が発生するぐらいには店に通っているはず。……一目惚れの可能性はゼロではないが、その場合は考えるだけ無駄なので脇に置く。

 ま、それはともかく。客の顔などいちいち確認することも、記憶することもないのが店員の常とはいえ、流石に常連とかになれば話は変わる。

 俺もその例に漏れず、俺のシフト中にやってくる通いの客は大まかにだが憶えている。……で、その中にこのストーカーに近い印象の女性はいない。

 まあ、映像もわりと不明瞭で、容姿がハッキリ映っているわけでもないので、そもそも断言はできないのだが。


「時間帯と、あとは警戒か。電気を付けてくれてれば、もう少し分かりやすかったんだが」


 窓からの光で活動に支障がないせいか、ストーカーは部屋の電気を付けていない。そのせいで映像は全体的に薄暗い。それに加えて、安いカメラを買ったのが仇になった。

 映像で分かるのは、せいぜいが服装と髪型など、一部の特徴だけ。

 全体的な雰囲気としては、なんか大人しめな感じ。不鮮明ながらも、犯罪を犯すようなイメージは湧いてこないタイプだ。家庭的とも言ってもいいかもしれない。

 そしてそんな人物は、俺の貧弱な記憶の中には存在しない……はず。


「分っかんねぇなぁ……」


──結局、この日はいくら考えても候補者すら絞り込むことはできなかった。

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