第15話
学校を出ると空は暗くなっていた。星がひとつも見えなかった。
「外能くん」
奏太が振り返ると、岸本が立っていた。
夢で異形を見た時とシンクロする。身体が強張り、無意識に拳を握っていた。
「大丈夫?」
奏太は頷く。
「藤田たちはいいのか?」
「先に帰るって言ったから。外能くんの家ってどこらへん?」
「夜見坂のあたりだよ」
「「令嬢」の近くだ」
岸本は納得したように何度かうなずく。
奏太は彼女をあらためて見た。奏太の身長は170センチほどだ。肩より少し低い場所に頭がある。岸本の背丈は150センチくらいだった。
髪は肩辺りで揃えている。地毛の色が薄いため、茶色に見えた。唇は下唇がぽってりとしており、一重の切長の目をしていた。
「藤田に誘われたのか?」
「うん、まあ。そんなとこかな」
「脅されたりしてないか? あいつ、篠田さんが亡くなったときも寄ってきただろ」
「大丈夫、大丈夫。篠田さんのことは皆知りたくなっただろうし、私は気にしてないから」
岸本は困ったように笑った。
「外能くんはすごいね。明晰夢ってあんなすぐに見られないよ。私なんてまだ一回もできてないし」
「偶然だと思う……。それに見ない方がいい。岸本さんは夢探しはいつから?」
「外能くんが、退院する前からちょくちょくやってたよ。斎藤くんが薬を持ってきて、新しい人が入るたびにやるの」
「じゃあ、岸本さんも?」
「そう。全然見られなかったけど」
藤田にまた腹が立った。
「なんか、ごめん」
「私がやりたかったことだから気にしてないよ。……このクラスで見る夢には、何か秘密がある気がする。それを明かしたいの。篠田さんが亡くなった後、須山くんが「令嬢」の夢を見たって」
奏太は須山が「夢のお告げ」と言っていたのを思い出す。
「怖くないのか?」
「怖い……だけど、それ以上に気になるから。変だよね」
岸本がまた笑った。
家に囲まれた道を抜け、水田を見渡す。いつのまにか苗は青く育っていた。風が吹くと音を立てて揺れた。
「じゃあ。こっちだから」
二手に分かれた道の右を岸本が歩く。
「じゃあまた」
奏太は左を行った。道なりに家路を歩く。
夜見坂を登る。夢の異形が脳内にフラッシュバックする。鎖の音が幻聴で聞こえてきそうだ。足に力を込め、一気に走りぬける。
大丈夫だ。何も変わってない。普段通りだ。
奏太は自分に言い聞かせる。現実に何も起こっていない。怖いことは何もない。
「ただいま」
奏太は扉を開ける。玄関の電気が暗いままだった。普段だったら聞こえるホウヤの声がしない。
「じいちゃん?」
廊下が暗い。居間にも電気がついていなかった。背筋に冷たい汗が流れる。
居間の電灯をつける。
皿が割れている。カーペットにクッキーが散らばっている。ホウヤがうつ伏せに倒れていた。
「じいちゃん!」
奏太はホウヤを揺すぶる。何の反応も示さなかった。
慌てて救急に電話をかける。息が出来ず住所をやっとのことで言い終えた。電話を切ると、再び沈黙が訪れた。
大丈夫。大丈夫。何も起きていない。
奏太はカーペットに散らばったクッキーを一枚かじる。唾液を吸った生地が口の中を不快にした。クッキーの味がしなかった。
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