好きなもの




「好きなものを教えてよ」

「好きな、もの?」

 ザインからの唐突な質問にリルは反射的に聞き返していた。

 見目の綺麗な侍女を五人程従えさせてリルの部屋にザインは乱入した。驚くリルを尻目にその場で気晴らしと称しささやかな茶会を開いた。

 甘菓子を選ぶついでにと質問されて目を瞬くリルに、ザインは返された問いに質問を重ねた。

「そ。好きなもの。リルは何が好きなの?」

「ルル」

「え、即答?」

 予想外の反応の早さにザインは軽く目を見開いた。

 確認の意味を込めて促すとリルはすっぱりと首を縦に振る。

「うん」

「他には?」

「……」

「無いの?」

「ない、かな。思い浮かばない」

 欠片も思い浮かんでなさそうな、妹の名前しか頭にないような、むしろ何も考えて無さそうな、そのくせ妙に真面目な顔をしているリルにザインは軽く肩を竦めた。

「わざわざ嘘付いてるって風でもないねぇ」

 嘘を着飾り虚栄や見栄を張るような性格ではないし、自衛に咄嗟に嘘を言ったという素振りでもない。純粋に心底、妹が大切なのだろう。

 ザインは他愛ない話題のあまりにわかりきったリルの返事に収穫は無しかと判断を下した。

「嘘なんて言うわけないよ。だって」

 が、会話は続けられているようで、ザインはリルの小さな声で囁かれた言葉を重ねる。

「だって?」

「だって、ルルしかないもの」

 ルルしかない、とリルは語調を強めた。

 無意識に強調された言葉に本音が微かに隠されている。ただ本人はその事に気づいていないようで、真面目な表情に寂しさを滲ませていた。

 そんな少年にザインは優しく目を細める。

「寂しい?」

 問うと、リルは俯いて、緩く頷いた。

「そうか」

 軟禁している張本人を目の前にして、素直に返事をするリルに、ザインは浮かべていた愉しげな笑みを消した。

 攫われてから今日までリルは一言も「帰りたい」や「帰して」の言葉を発してない。

 ザインに刃向かう素振りも見せない。

 最初こそ怯えているものとザインは感じていたが、どうやら勘違いをしていたようだ。

 少しは賢いかと評価していたが、違っていた。

 リルの思考はあまりに幼かった。

 妹と引き離されて考える力を失うほど脆弱だった。

「そうだね。それだけ大切だったものね。好きで当たり前だ」

 リルにとってルルという存在はあまりに大きい。ザインの想像以上に大きかった。

 まるでルルがいてこそのリルが存在できる理由のように。

 生きて行くのには欠かせないもののように。

 好きという感情には、およそ結びつかないのに、繋がりを得ようとする、気持ち悪さがそこにあった。

「リルは本当にルルが好きなんだね」

 明らかな哀れみの眼差しを向けられて、言葉そのままの意味で受け取ったリルは大きく頷き、どうしてザインがそんな表情をしているのか、わからず首を傾げた。

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