銀と白の再会




 その髪の色は忘れられない。

 東の大陸にはまず滅多に見られないからだ。

 白い髪、白い耳、赤い目。虹の艶を放つ初雪のような純白さは嫌でも目立つ。

 実際に兎族は強くない種族だったが、その中で彼は特別だった。

 特別な強さを持って生まれてきた。

 忘れるはずがない。




 その髪の色を忘れるはずもない。

 灰色が常である狼族の中では、異彩にも等しい。

 銀色の髪、銀の耳、銀の目。雪が弾く陽光の様な細い煌きは否が応でも人の目を惹く。

 ただ、それ以上に、彼のその色彩は愛した人と同じものだった。

 愛した人と同じ色と形を持っていた。

 忘れることなんてできない。




「ひ、すい?」

「キース……」

 擦れ違う様な自然さで、道端での、ばったりと、神様の悪戯にも似た偶然の再会。

 日常から一転、非日常へと変わる、絶望にも似た感覚。

 耳の奥で頭から血の気が引く音が聞こえた。

 これが夢であったのなら、と思わずにはいられない。

 先に正気に戻ったのはスイだった。

 驚いたまま動けなくなったキースの腕を掴むと、体ごと半回転させ、捻り上げて背中に押し付ける。

「ぐっ」

「クローバー一味、キース・クローバー」

「がっ」

 背骨に沿って更に腕を捻られ押し付けられ、無理やり胸を反らされたキースは、肺に残っていた息を吐き出した。可動しない方向に曲げられる関節の苦痛から逃れる本能的な動きにスイの目は冷たく細められる。

「随分とお粗末だな」

 背後から聞こえる怨嗟の含んだ低い声音に、キースは抵抗に身をくねらせるが、小さくて細い手の枷は外せない。逆に食い込んで指先の感覚が痺れでなくなっていく。

「ヒスイ、手を、緩め……」

「出来るか」

「頼むよ。昔のよしあぐッ」

「ふざけたことを言う。盗賊クローバー一味を今の僕が目こぼしするはずがないだろ?」

 スイは現在自警団の一員である。

 小さな街の自警団員とて、大陸中に指名手配されている一味の似顔絵は頭に叩きこまれているし、逮捕できる。街の平和を脅かす存在をスイは、昔のよしみだからと言って手を緩めるつもりはない。

 ところで、とスイは拘束具を隠しから引っ張りだしながら警戒に周囲に視線を配る。

「他の連中は?」

「俺一人だ」

 キースは抵抗を諦めた。スイは兎族〝強弱の双仔〟の〝強の仔〟という特殊な生まれで、その実力は嫌というほど知っている。力では決して勝てないのだ。

 素直に答えたキースにスイは片眉を僅かに上げた。

「あん?」

「いだ、だだだ。ちょ、やめて。痛い」

「単独ということか? もしそれが嘘なら、それ相応の覚悟があるんだよな、勿論、ン?」

「下見! 下見だよ! この意味はおまえならわかるだろッ」

 喚くキースに、彼の両腕に縄を巻き拘束したスイは半眼になった。

「嘘なら腕一本だ」

「わかった! わかったよ! はぐれたんだよ。先日の騒動で! 恥ずかしいから喋らせんなッ」

「……信用しよう」

 縄の端を二重に手に巻いたスイは「歩け」と、キースの左腿を蹴った。

 容赦なく蹴られたキースもまた半眼になる。

「数年ぶりの感動の再会にしちゃぁ、最高なシチュエーションですなぁ」

 片や盗賊。

 片や憲兵。

 スイの言葉ではないが、お粗末過ぎて笑うことしかできない。

 ははは、と力を失い脱力したままとぼとぼと歩き出したキースに、行き先を指示するスイは縄を握る手に万力を込めた。赤い瞳の奥には黄色い焔が宿り、噛み締めた奥歯が軋みに悲鳴を上げている。

 暫く歩いてキースは気づいた。

「あれ、街に行かないのか?」

「引き渡す前に僕の用事を済ませたい」

「用事?」

「お前は関係無い」

「さいですか」

 従うキースはどこまでも素直で大人しい。

 逃亡を企てても失策に終わるのは目に見えている。

 昔クローバー一味に身を寄せていたスイには自分たちの手口など手に取るようにわかっているのだから。

「なぁ、ヒスイ」

「スイだ」

「スイ? 本名か?」

 兎族の彼はキースの母が拾った捨て子だとキースは聞いている。ついに素性が知れたのかと期待したが背後からは衣擦れの音が聞こえた。否定に、首を横に振ったらしい。

「斬って捨てただけだ」

 大した理由ではないと突き放すような冷たさに、キースは自然と目を閉じた。

「……そうか」

 知らず、キースの声が震える。

「そうか……」

「ああ」

 囁きが空気に解けるようだ。

 二人は、未だに、あの日を忘れることなんてできずにいる。

 消す勇気も持たず無言のまま歩いて行く。




 その先には少女が待っていた。

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