最終話 少年とカルマ
高知県警では今回の複雑な2件の殺人事件の捜査が、昼夜を徹して続けられていた。
捜査一課の巡査部長、川村は正義感が強く、泥臭く足を使った捜査に定評がある有望株だ。
「刑事長!分かりましたよ。犯人の少年の死んだ父親が。榎戸茂、5年前の広島で起きた親子5人殺しの犯人でした。犯人の守は、母親の離婚後すぐに母方の姓に戻していたので、ちょっと手間取りました。」
「馬鹿野郎!そんなこたぁお前に教えてもらわなくても、とっくに調べはついてんだよ!」
捜査一課長の乾はそう言って、川村をたしなめた。
「殺された女が男を殺した理由が痴情のもつれというのも分かってるんだよ。ただ中学生のボクが女を殺す理由が分かんねえんだよなー。」
榎戸の両親は早くに亡くなっており、残った親族も茂が起こした事件がきっかけで、地元を追われていた。榎戸と別れた淳子は祖父の勧めで、すぐに飯田姓に戻した事もあり、5年前の広島の猟奇殺人事件と、守の親子を繋げるのには、広島から送ってもらった事件の資料や調書を調べるまでは分からなかった。この二つの事件には共通点がある。二つの殺人事件が被疑者死亡のまま立件された事である。
ただ守の事件だけは不可解な点が多すぎた。14歳の少年が何故女を殺さなければならなかったのか?女を殺した後、どうして周りの人間に刃を向けたのか?
「おい、ところでガイシャの身元はまだ分からんのか?」
乾が川村に聞く。
「ガイシャって、どちらの?」
川村がそう言うと、乾はすかさず
「ガイシャっつったら、殺されたガイシャしかおらんだろう。」
と川村に鋭い視線を返す。
「あ、すみません。刑事長、それは空手の道場からの聞き込みからすぐに分かったんですが…」
「…がってなんだ!その続きは。」
乾の語気が荒くなる。
「いや…それが…」川村が口ごもる。
「あー!イライラするなぁ。早く言えよ。ガイシャの名前は?身元は?」
乾の圧力に川村は意を決して答えた。
「ハイっ!ガイシャの名前は向井敦子、広島県出身の24歳、身内は全員亡くなっています。」
捜査一課内の空気が一気に重くなった。
「広島県?ムカイ?24歳?ん…」
乾の頭に5年前の広島の事件がよみがえる。
「おーい誰か、広島から送ってもらった資料持って来い!」
課内で最年少の前田がすぐに動いた。
資料を開いた乾は、調書の内容から被害者の名前を探した。
「向井徳三、千代美、直子、一夫、そして向井昇…」
調書を読み進めると、この事件の唯一の生存者の名前が書いてあった。その名前を見た乾は、背中を何かが這うような気味の悪さを感じた。
「向井敦子、19歳、家事手伝い」
「おい、助かった娘って何で生き残ったんだよ。」乾が今度は若い前田に聞いた。
「ハイ、どうやら事件のあった1974年1月13日は、敦子の通っていた空手道場恒例の寒稽古で、敦子だけが家を留守にしていたらしいです。」
前田がそう言った途端、薄ら寒い空気に捜査一課内が包まれた。
「おい、みんなこういうの何の因果って言うんだよ。」
乾の言葉がひと際冷たく課内に響いた。
今僕は留置所に拘留されている。毎日のように精神鑑定だと言われ、色んな人から全く同じ質問を繰り返し、繰り返し、何度も何度もされる。
正直クタクタだ。僕のせいで怪我をした人達は、全員快方に向かっていると聞いた。
警察の人は皆一様に、僕にこう言う。
「なんで殺す必要があったんだ。交番まではすぐだったのに。」
言葉もない。
あの状況で、誰が逃げ通せると言うのだろう。
あの朝、僕は薄白む朝靄の中あそこを通りがかっただけなのに……
【完】
朝靄の殺人者(あさもやのさつじんしゃ) 岩幸 @rody-kozo
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