第6話

 四月になって、事前に宮川さんの授業情報を手に入れていた俺は彼女に合わせて自分の講義を選んだ。

 この時間しか出れないと店長に嘘をつき、留年ギリギリの単位と睨みあう。


『榎本も火曜と木曜の朝? また同じだね!』


 だけど嬉しそうに笑う彼女を見て、悩みが全部吹っ飛んだ。

 単位なんて上学年になって取り返せばいい、努力は厭わない。少しでも彼女の傍に居ることが出来るのなら。

 生真面目な性格、何事も手を抜かない懸命さ、俺の話に大笑いしくれる単純さ。

 全てが愛おしくて、どうしようもなく彼女に惚れていると思った。


 だけど、この恋が叶うことはない。


 彼女の嗜好とは真逆、可愛い顔つきに低身長、小柄な体型。それでも何とかしたくて、顔の手入れや髪のセット、服のセンスなど外見のチェックは怠らなかった。

 内面だって磨いた、男らしさの研究なんて馬鹿みたいなこともやった。

 絶対に振り向かせてやる、絶対に手に入れたい、そう思って。最大限努力して来た。


 だけど今、どうだろうこの状況。


 キャラクターくじのカードに指が擦れて、ちょっと痛くなってきた。

 無意味な行動だとはわかってるけど、沈黙に耐えられなくてくじの残数確認を始めた。と言っても、計算しているわけではない。

 何か行動していたい、頭を空っぽにしていたいだけ。


 思えば十数分前、全てはあの男が現れてからだった。





 休憩時間を終えて店内に戻ると、宮川さんが見知らぬイケメンと談笑していた。

 声だけでもイケボなのに、そいつの顔がとびきりという言葉で表現できる程のイケメンで、身長は宮川さんより随分と高い。

 男と話をする宮川さんはとても嬉しそうだった。俺には見せてくれない、イケメンを前にした時の表情。

 悔しい……悔しい、悔しい。

 掌に痛みを感じ、見ると爪で傷ついた皮膚が血で滲んでいた。


「あれ、榎本? 休憩終わったの?」


 はっと我に返ると、宮川さんの視線が俺に向いていた。

 ついでに楠とかいうあの男も。


「バイトの子?」


 これは俺に言ったのだろうか。

 無碍にするわけにいかないので、軽く頭を下げておく。


「榎本俊一、す」


 やべ、すげー無愛想になった。

 だけど楠は、俺の態度を気にすることなく話を続ける。


「宮川とは専攻が同じでさ、気が合うんだ」


 なんだこれ、仲良しアピール? いらないんだけど、そういうの。

 苛立ちを抑え、適当に相槌をうってやり過ごす。横目で宮川さんを見ると、落ち着かない様子で下を向いていた。

 さっきまで俺と話してたのに。名前を呼んで、こいつとは違う種類だけど笑顔だって見せてくれていたのに。

 なんとか言ってくださいよ、こっち見てくださいよ……俺を見てよ。

 考えれば考えるほど気が落ちる。

 ベルが鳴って別の客がやってきた時には、それに反応できないほど俺の思考は鈍くなっていた。



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