第5話

* *

榎本サイド

* *



 どうやら俺は物好きらしい。


 俺が可愛いと思う女の子は一般的には不細工という部類に入る。


 いわゆるB専だ。


 納得はしていない。

 どう考えても世の中で不細工と笑われている女性が俺には可愛く見えるのだ。

 中高一貫の男子校に通っており、自分の嗜好が変わっていることに気づいたのは大学生になってから。

 可愛いといわれる女性をまともに見てこなかったことが原因かもしれない。

 友達は俺の嗜好を否定したが揶揄されるとこっちだって躍起になり、我を張って不細工といわれる女性ばかりを見ていた。

 心理学でいう単純接触効果だ。

 その状態が続くと愛着が湧いて思い入れが混じった恋愛感情が生まれる。

 そうして俺は、不細工といわれる女性しか可愛いと思えない特殊な嗜好の持ち主になってしまった。

 もういい。世の中、不細工と呼ばれる女性はたくさんいる。そのうちの誰かと恋に落ちることが出来ればいい。


 俺は絶対、自分が可愛いと思う女性としか結婚しない。

 そう強く誓っていた。


 だから彼女に対するこの想いはきっと、本物なんだ。




 宮川さんに俺の嗜好がばれた日、『あははっ、なに言ってるの榎本くん』と言いながら、彼女は笑った。

 冗談か何かだと思ったのだろう。だがすぐに俺の発する微妙な空気に気がつき、宮川さんは微笑んだ。


『いいなぁ、榎本くんに愛される人は。可愛い子が好きって言葉の裏には下心があるから。友達に自慢できるとか周りに羨ましがられるとか。お前と一緒に街歩くの好きだなんて、そんなの自尊心を大切にしたいだけよ。だから、周りを気にせず誰かを好きになれる榎本くんの愛は本物なんだろうね。うん、いいね。私は好きだなぁ、すごくかっこいいよ』


 とても良い言葉だが、本心でそんなことを思う人間なんていないだろう。

 いたとしたら本気でその人を尊敬する。少なくとも、宮川さんのそれはきっと本心じゃなかった。

 八方美人な彼女は俺の気分を害さないように、その台詞を口にしたのだ。見事、俺はまんまと魅了され、彼女を他の女性とは違う目で見るようになった。

 彼女が適当なことを言ったという証拠に、次会った時、宮川さんは俺の特殊な嗜好を覚えていなかった。

 その次、そのまた次も、同じ会話をして知り合って三カ月経った頃、ようやく彼女が俺を理解してくれた。


 だけどね、宮川さん。

 あんたが俺の好きなタイプを完全に理解したころ、


 俺にはもう、他に好きな人がいたんだ。




 あんただよ。


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