第4話


 しばらくして榎本が休憩に入った。

 暇なので掃除をして時間を潰していると、ベルがなって客が入って来た。


「あれ、宮川?」


 入って来たのは、私が通う大学一のイケメンとして有名な楠克哉だった。

 店内を見渡した楠が、私の側へ歩み寄って来る。


「ここでバイトしてんの? 制服似合うな、宮川が着るとめちゃくちゃ可愛いじゃん」

「楠も似合うと思うよ、スタイルいいから」


 話の流れで見た楠の体は程よい筋肉がついて逞しい。それにこの整った綺麗な顔。

 榎本が休憩中でよかった。イケメンを前にすると顔が緩んでしまう。そんな情けない姿を見られたくない。

 こいつマジで面食いなんだなって呆れられるのも嫌だし、なにより勘違いして欲しくない。

 私が好きなのは榎本だから、誤解されてあんな顔されるのは嫌なんだよね。

 ちょうど今、そこに立ってる榎本がしているような……


「あれ、榎本? 休憩終わったの?」


 幻覚は本物だった。

 榎本が、スタッフルームの入口で私たちを見ていた。


「バイトの子?」


 陽気な楠が尋ねる。

 榎本は面倒くさそうにしながらも、楠に軽く頭を下げる。


「榎本俊一、す」

「俺、楠克哉。宮川とは専攻が同じでさ、結構気が合うんだ。な、宮川」

「え、あ、うん。そうだね」


 初対面の相手にも気さくに接する楠の陽気な性格が、今は恨めしい。

 たわいない事をペラペラと語る楠に、榎本は怒りを押し殺した時の愛想笑いを浮かべていた。

 榎本って人見知りだったっけ、不機嫌が顔に出てる……

 居た堪れないと俯いたとき、来客を知らせるチャイムが鳴った。


「いらっしゃいませ!」


 今度の客は全く知らない他人だった。ここぞとばかりにレジに戻り、店員の役割を果たす。

 楠は片手をあげ、また学校でという挨拶を口にして店を出ていった。



 入って来た客は缶コーヒーを買い、二分もしないうちに店を出た。

 ドアが閉まると同時に、雑誌棚の整理をしていた榎本がレジに戻ってくる。逃げるのも変だと思い、榎本と目を合わせないようにして奥に詰める。

 少しのあいだ榎本の視線を感じ、小さなため息が聞こえたかと思うと榎本はキャラクターくじの枚数を数え始めた。

 先週始まったばかりで、ラストワン賞にはまだ程遠い。


「イケメンってあんなのですか?」


 振り返ると、榎本は視線を落としたままだった。

 きゅっと、上着の裾を握りしめる。


「楠は、イケメンの部類に入ると思う」


 私の答えに榎本は何も言わなかったし、反応も示さなかった。

 怒ってる?

 話を……何か言わないと!


「もしかしてヤキモチ焼いてる? 私があまりにもイケメン連呼するから怒ったんでしょ? もぉー、可愛いなぁ榎本は」


 場を和ますつもりが、微妙な空気を作ってしまった。一瞬止まった榎本の手が、再び残数確認を始める。

 怒ってますよ、と態度が言っている。

 弁明を……何か言わないと!


「だってさ、あんなイケメンなかなかいないよ? イケメンがこの世に生存する確率知ってる? 日本の人口が一億……」


 さらにやばいこと言ってる気がするけど、声が止まらない。だけど話の途中で、榎本の手がピタッと泊まった。

 やばい、何とか誤魔化さないと……言葉を……違う、逆だよ。

 ちゃんと言わないと、正直な気持ちを伝えないと。

 顔は好きじゃないけど大好きだよ、って。

 全然タイプじゃないけどトータルで見て世界一かっこいいのは榎本だよ。

 好き、って、ちゃんと伝えないと……


「そうっすね、好きです」


 私が喋る前に、榎本の声でその言葉が聞こえた。

 振り返ると、くじを数えたままの榎本が話を続けた。


「ヤキモチ焼いてますよ。俺、あんたのこと好きだから」

「え……うぁぅ?△○♪□?!」


 不思議な声を発してしまい、慌てて視線を落とす。

 榎本が振り向いた、私を見てるのがわかる。ふっと小さな吐息を出したあと、榎本は再びくじの枚数を数え始めた。

 

 かっこいい……好きだよ、榎本。

 私も好き。


 ちらっと彼を窺う。榎本は何もなかったかのように、無表情で指を動かしていた。

 なにこれ、告白……だよね? 榎本が私に?

 不細工にしか興味がないあの榎本が、私を?


 夢じゃないよね、夢じゃありませんように!


 シュッ、シュッとカードの捲れる音。

 空調の雑な音と、コンビニの外では蝉の大合唱。天気は快晴で、降り注ぐ日差しが私を祝福してくれてるみたいだった。

 私の通う大学からちょっと離れた、田舎のコンビニ。

 そこが私のバイト先、榎本と出会った場所。


 外見だけじゃない、全てを知って全てを好きになった人。

 この想いは本物だよって、胸を張って言える。


 横顔を見るのさえ今は恥ずかしくて、痒くなる耳を反対の手で押さえて下を向いた。


 もし、この先もこの想いを続けていいのなら、

 榎本と一緒に、新しい物語を作っていけるのなら、


 今日、今この瞬間のことを私は一生忘れない。


 どうか夢じゃありませんように。

 それだけを強く願って、俯いたまま微笑んだ。

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