第4話
*
しばらくして榎本が休憩に入った。
暇なので掃除をして時間を潰していると、ベルがなって客が入って来た。
「あれ、宮川?」
入って来たのは、私が通う大学一のイケメンとして有名な楠克哉だった。
店内を見渡した楠が、私の側へ歩み寄って来る。
「ここでバイトしてんの? 制服似合うな、宮川が着るとめちゃくちゃ可愛いじゃん」
「楠も似合うと思うよ、スタイルいいから」
話の流れで見た楠の体は程よい筋肉がついて逞しい。それにこの整った綺麗な顔。
榎本が休憩中でよかった。イケメンを前にすると顔が緩んでしまう。そんな情けない姿を見られたくない。
こいつマジで面食いなんだなって呆れられるのも嫌だし、なにより勘違いして欲しくない。
私が好きなのは榎本だから、誤解されてあんな顔されるのは嫌なんだよね。
ちょうど今、そこに立ってる榎本がしているような……
「あれ、榎本? 休憩終わったの?」
幻覚は本物だった。
榎本が、スタッフルームの入口で私たちを見ていた。
「バイトの子?」
陽気な楠が尋ねる。
榎本は面倒くさそうにしながらも、楠に軽く頭を下げる。
「榎本俊一、す」
「俺、楠克哉。宮川とは専攻が同じでさ、結構気が合うんだ。な、宮川」
「え、あ、うん。そうだね」
初対面の相手にも気さくに接する楠の陽気な性格が、今は恨めしい。
たわいない事をペラペラと語る楠に、榎本は怒りを押し殺した時の愛想笑いを浮かべていた。
榎本って人見知りだったっけ、不機嫌が顔に出てる……
居た堪れないと俯いたとき、来客を知らせるチャイムが鳴った。
「いらっしゃいませ!」
今度の客は全く知らない他人だった。ここぞとばかりにレジに戻り、店員の役割を果たす。
楠は片手をあげ、また学校でという挨拶を口にして店を出ていった。
*
入って来た客は缶コーヒーを買い、二分もしないうちに店を出た。
ドアが閉まると同時に、雑誌棚の整理をしていた榎本がレジに戻ってくる。逃げるのも変だと思い、榎本と目を合わせないようにして奥に詰める。
少しのあいだ榎本の視線を感じ、小さなため息が聞こえたかと思うと榎本はキャラクターくじの枚数を数え始めた。
先週始まったばかりで、ラストワン賞にはまだ程遠い。
「イケメンってあんなのですか?」
振り返ると、榎本は視線を落としたままだった。
きゅっと、上着の裾を握りしめる。
「楠は、イケメンの部類に入ると思う」
私の答えに榎本は何も言わなかったし、反応も示さなかった。
怒ってる?
話を……何か言わないと!
「もしかしてヤキモチ焼いてる? 私があまりにもイケメン連呼するから怒ったんでしょ? もぉー、可愛いなぁ榎本は」
場を和ますつもりが、微妙な空気を作ってしまった。一瞬止まった榎本の手が、再び残数確認を始める。
怒ってますよ、と態度が言っている。
弁明を……何か言わないと!
「だってさ、あんなイケメンなかなかいないよ? イケメンがこの世に生存する確率知ってる? 日本の人口が一億……」
さらにやばいこと言ってる気がするけど、声が止まらない。だけど話の途中で、榎本の手がピタッと泊まった。
やばい、何とか誤魔化さないと……言葉を……違う、逆だよ。
ちゃんと言わないと、正直な気持ちを伝えないと。
顔は好きじゃないけど大好きだよ、って。
全然タイプじゃないけどトータルで見て世界一かっこいいのは榎本だよ。
好き、って、ちゃんと伝えないと……
「そうっすね、好きです」
私が喋る前に、榎本の声でその言葉が聞こえた。
振り返ると、くじを数えたままの榎本が話を続けた。
「ヤキモチ焼いてますよ。俺、あんたのこと好きだから」
「え……うぁぅ?△○♪□?!」
不思議な声を発してしまい、慌てて視線を落とす。
榎本が振り向いた、私を見てるのがわかる。ふっと小さな吐息を出したあと、榎本は再びくじの枚数を数え始めた。
かっこいい……好きだよ、榎本。
私も好き。
ちらっと彼を窺う。榎本は何もなかったかのように、無表情で指を動かしていた。
なにこれ、告白……だよね? 榎本が私に?
不細工にしか興味がないあの榎本が、私を?
夢じゃないよね、夢じゃありませんように!
シュッ、シュッとカードの捲れる音。
空調の雑な音と、コンビニの外では蝉の大合唱。天気は快晴で、降り注ぐ日差しが私を祝福してくれてるみたいだった。
私の通う大学からちょっと離れた、田舎のコンビニ。
そこが私のバイト先、榎本と出会った場所。
外見だけじゃない、全てを知って全てを好きになった人。
この想いは本物だよって、胸を張って言える。
横顔を見るのさえ今は恥ずかしくて、痒くなる耳を反対の手で押さえて下を向いた。
もし、この先もこの想いを続けていいのなら、
榎本と一緒に、新しい物語を作っていけるのなら、
今日、今この瞬間のことを私は一生忘れない。
どうか夢じゃありませんように。
それだけを強く願って、俯いたまま微笑んだ。
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