第3話 驚きのシャッタースピード

 中二の秋くらいから、よく失恋ソングを聴くようになった。


 キッカケは、あの日から急に現れては、私を臆病にする。そんな、いやに気恥しい感情の正体に気付いた時。 あの時、私は、同時にぼんやりとした切ない諦観ていかんも抱いた。


 今でも時折あのキッカケとなった瞬間、夏休み最後の日の記憶が、普段見る景色より綺麗な映像として脳裏を過ぎる。


 どうして、"ときわ"なんだろ。


 ○


 耳先の紅潮も落ち着いてきて、二階の教室に着くと、窓際の先頭にある私の席付近に、二人の友人がいた。 黒髪ロングの佐藤さみちゃんと、茶髪セミショートの新井しいちゃんだ。


 しいちゃんが何やら話している。


「恋に堕ちるって言葉、よく見掛けるけどその度に思うんだよね。恋"に"堕ちるんじゃなくて、恋"が"落ちてくるんじゃないのかなって」


「どうして?」

さみちゃんは何やら興味ありげに首を傾げる。

私は少し離れた斜めの後ろで、そっと息を呑んだ。


「知ってる? 人って実は恋をした瞬間と、恋の感情を認識する瞬間に○、二秒ほどのズレがあるんだよ」


「へー。恋に堕ちてから、それを認識するまでに○、二秒かかると。 恋の認識とか考えたこと無かったなー。 それでそれで」


 乗り出し気味のさみ。しいは嬉しそうに続ける。


「まあ、心が湯船、恋が落ちるバスボムだとして、○、二秒は水面に映ったバスボムがお湯に触れるまでの時間なんじゃないかなってね」


「なるほどー、しいちゃんは想像力豊かだね」


「でしょー。よく言われる」


誇らしげに右の口角をあげるしい。かわいい。


「ちなみにそのバスボムは、冷たい水をお湯に変えてくれたりは、するのかな?」


「す、するんじゃない?」


「やったー」


「うん、て、それはどういう意味?」


しいちゃんの声が上擦ってる。


「あ、それでー。続けて続けてー」


なんかちょっと気まずそう。


「あ、うん。 それでね、私思っ……」


チャイムの音が、しいの言葉を遮った。


「なっちゃったねー。 続きは後で聞こっか」


「うん」


そうして、二人の友達はそれぞれの席へ戻っていく。結局少し離れたとこから盗み聞きしてただけだとしょんぼりしながら、途中で二人に見つかり、どこ行ってたのー?という笑みに、ごめんのポーズで応えながら、陽葵も席に着いた。


 相変わらず、賑やかで微笑ましい二人だ。

 それにしても、○、二秒か。 シャッタースピードとどっちが速いんだろう。ときわに訊いてみるか。


 それからはぼんやりと、ときわに思いを寄せながら、朝礼、授業を終えていく。


 休み時間では、さみと、しいから話しかけられ、応じていたが、どうしても、恋という単語から想起されるときわの姿が頭から離れず、どこか上の空な頭で返してしまっていた。


 昼休みになると、いつも廊下に移動してさみ、しい、ときわを混ぜた四人で話すのだけど、今回は珍しくも、ときわがおらず、三人で他愛もない会話に華を咲かせるも、私の頭は相変わらず『ときわ今日は珍しく用事かな』、『どこで何をしてるんだろう』『一秒でも長くそばに居たい』と、別の世界で呟いていた。


 そして、ホームルームを終え、そこでハッと、これが恋煩いというやつかと、戦慄する。


 ふと振り返る。そして思う。


 ここまで来ると、ちょっと怖い。何より、自覚しないだけで、時々あるようなそれを解決せずうやむやなまま、うかうかと一日を過ごしてる可能性が高いのがまた不安を煽る。


 こうなったらいっそ、恋の結果を知りたいものだ。

 例え玉砕したとしても、結果さえ分かれば多少の踏ん切りはつけられるだろうし。


 まぁ、そう強く思っても、結局十歩及ばずで、逃げちゃうんだけど。


 放課後になった。

私はいつものように、ときわと帰ろうと三年三組へと向かった。ときわのクラスだ。


ときわが居る教室に着くと空いたドアから、顔を覗かせて名前を呼んでみる。


あれ? 来ない。時間割写してるのかな。


辺りを一瞥するもときわの姿が見当たらない。


一応、もう一度名前を呼んでみる。

来ない。


すると、一人の生徒が私が佇む出口に向かってくる。すれ違う所で声をかけた。


「あの、大城ときわさんはいらっしゃいますか?」


「ときわさんなら、帰りましたよ?」


私は、仰天した。

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