第28話 バレるはずなくね!?

 本当は、淳一郎オレのクローン十数人に引っ越し作業をやらせて、さっさと終わらせるつもりだったのだが……


 どうしてか、引っ越しを手伝うと鈴音に言い張られ、その結果、作業は大幅に遅れてしまった。


 とはいえ、せっかくの好意を無下にするわけにもいかないしなぁ……


 ということで今日は、最低限の生活が出来る程度に開封作業をやったのち、オレと鈴音はそれぞれ帰宅していた。そして明日も、クロスズの部屋に出向いて引っ越し作業の続きをやることになった。もちろん鈴音も一緒だ。


 お金に余裕があるものだから、ぽんぽんと買ってしまったインテリアや雑貨ではあるが、さすがに明日には片付け終えるだろうけれども……


 本来の予定だと、小一時間程度で引っ越し作業を終わらせたのち、クロスズのマンションで、オレはいろんな経験を積めるはずだったというのになぁ……


 あ、いやいや。


 鈴音に何かを感づかれているかもしれない現状で、そういう行為、、、、、、に及んだら、もはや言い分けのしようもなくなってしまうだろ……!


 だから当面は控えねばならないわけで……


 で、でも……


 苦労して──いや大した苦労はしていないけれど、一ヵ月以上待たされた身としては、なんだかとっても苦労した気がするわけだが、とにかくそうやって手に入れたクロスズの住居だというのに……


 つまりクロスズとふたりっきりになれる空間が、ようやく出来たというのに……


 ここで日和っていては、男じゃないのでは……!?


 据え膳を食べない男は恥だって話だし!?


 夕食を食べ終えたオレは、自室のベッドの上で悶々としていたわけだが、だからこそというか、その思考は次第に過激なものへと変わっていく。


「……バレなければ、いいんじゃね?」


 そもそも、だ。


 鈴音に怪しまれていたとして、いったいどうすれば、オレに超能力が宿ったなどとバレるのだろうか?


 いわんやその超能力がクローン生成だなんて、そんな非現実的な現象に気づけるはずがない。


 だとしたら、オレが一番懸念している『勝手に鈴音のクローンを作ってしまった』という事実は、露見するはずがないわけで……


 ということは、そのクローンであれやこれやしでかしたとしても──


「──バレるはずなくね!?」


 分かっている。


 これはよくない。


 非常によくない思考回路だ。


 自分の本能の赴くままに、身勝手極まりない理屈をこねくり回しているだけなのだ。


 だがしかし……!


 もはやどうにも、下半身が抑えられそうにない!


「くっそ! もう今後のことなんて知るか!」


 健全なティーン男子が、一ヵ月以上もお預けを食らったというのに、そして今日、その我慢がようやく解放できると思っていたというのに、さらなるお預けを食らい──


 ──我慢できるはずもないのだ!!


 オレはベッドから飛び起きると、クローゼットから上着を取っていそいそと羽織る。親には……コンビニでも行くといえばいいか。


 そしてオレは部屋を出た、まさにそのとき──


 ──ピンポーン。


 玄関のインターホンがなった。


(こんな時間に……誰だ?)


 部屋を出る前に確認した時刻は21時前。訪問者といえば宅配便くらいだと思うが……


 オレは、階段を数段降りて玄関の様子を窺う。玄関には母さんが向かっていた。


「あら、鈴音ちゃん。どうしたの?」


 す、鈴音……!?


 無意識に、鈴音に後ろめたさを感じていたのだろうオレは、心臓をドキリと撥ね上げる。


「夜分にすみません。ちょっと、淳一郎に用事があって」


「そうなのね。いいわよ、上がって」


 そして母さんは、鈴音を招き入れてしまったようだ。


 オレは慌てて自室へと戻るが、その途中で鈴音に見つかってしまう。


「あれ、淳一郎。どこかに出掛けるつもりだったの?」


 自室のドアノブに手を掛けたところで鈴音に声を掛けられ、オレは咄嗟に嘘をついた。


「あ、ああ……コンビニに行こうと思って」


「へぇ………………そうなんだ」


 なぜか一瞬、鈴音の瞳が剣呑な感じになった気がしたが、ちゃんと見たら、鈴音はにっこりと笑うだけだった。


「なら、わたしも一緒に行くよ」


「へ? な、なんで?」


「ちょっとお菓子でも買ってこようかなと思って」


「っていうか、そもそもオレに何か用があったんじゃないのか?」


「あ、うん。じゃあコンビニに向かいながら話すよ」


 一刻も早く、クロスズのマンションに行きたいオレとしてはウズウズしていたのだが、ここで鈴音を追い返すわけにもいかないし、その理由もない。


 やむを得ず、オレは本当にコンビニに行って、鈴音と一緒にお菓子を買うことになってしまった。


「それで用ってなんだ?」


 コンビニから自宅に戻りながらオレは鈴音に問いかける。


「あー……うん。ちょっとね?」


「何か……言いにくい話とか?」


「いや別に、そういうコトじゃないよ」


 またぞろ鈴音に、何かを問い詰められるのかもしれないと思いオレはキモを冷やすが、しかし今回は、そういう雰囲気でもなさそうだった。


 今夜の鈴音は、とくに怒っているようでもない。さきほど一瞬、不機嫌になったようにも見えたが、今はそんな素振りもなかった。


 だが上機嫌なのかと言えばそうでもなさそうで、どことなく、所在なさげに浮ついているような、そんな感じだった。


 そうしてオレたちは家に戻ってきて、鈴音はオレの部屋に上がり込み──


 ──鈴音は、用とやらは特に言わないまま、その代わりにスマホで対戦ゲームをしようと言ってきた。


「用って、対戦ゲームをしたいってことなのか?」


「あー……うん、そんな感じ?」


「いやなんで? 鈴音って、ゲームとか興味なかったろ?」


「ちょっと暇だったから、やってみようと思っただけだよ」


「いや暇って……だったらオレ、今日はちょっと……」


「ちょっと、何?」


 にこやかに首を傾げてくる鈴音だったが……な、なぜか……


 とてつもない怒気を感じる……!


 今し方まで、別に怒っていた様子はなかったのに!


 だからオレは、内心で冷や汗を掻きながらも言った。


「今日はちょっと疲れたから……もう寝ようかなと……」


「まだ21時半じゃない」


「そうだけど……」


「ちょっとくらい、わたしの暇つぶしに付き合ってくれてもいいでしょ? それとも何? わたしとは一緒にいたくないわけ?」


「そ、そういうわけじゃ……」


「あ、ならわたしも一緒に寝てあげよっか?」


「なんでそうなる!?」


 と、こんな感じで……


 けっきょく鈴音は、何をするわけでもないのに、23時過ぎまでオレの部屋に入り浸ったあと、ようやく帰宅した。


 くっ……!


 こんな時間じゃ、もうクロスズのマンションに行けないじゃないか……!


「はぁ……なんだったんだよ……まったく……」


 というわけで、オレはため息をついてからベッドに倒れ込むのだった。

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