第26話 鈴音さんに誤解をさせてしまったかもしれないけれど……
な、なぜ、こんなことになったのか……
駅前公園で鈴音を見送れば、事態はすべて収束するはずだったというのに、どうしてかオレは鈴音を連れてマンションへと引き返していた。
引っ越し作業は大したことないから大丈夫といくら言っても、鈴音は聞いてくれない。あくまでも好意の手伝いなわけだし、だからそこまで拒否るのもおかしいし……
そもそも、どうして鈴音がムキになっているのかと問うても「別にムキになってないよ?」と素知らぬ顔つきになっていた。どうやら怒りは収まったらしいが、なぜ怒ったり泣いたりしたのかも含めて、知らぬ存ぜぬで押し通す気らしい。
そんなわけでオレはやむを得ず、鈴音を連れて引き返してみると、マンション前ではクロスズが待っているままだった。
「わ、悪いクロスズ……度々待たせて」
クロスズにはテレパシーで状況を伝えたので、話を合わせてくれるはず。
し、しかし……
クロスズは多少の変装をしているとはいえ、鈴音に瓜二つなのだ。傍から見たら、姉妹か双子かと思えるほどに。
だからこうして対面させてしまったら、鈴音に何かを感づかれやしないかと冷や汗を掻きながらも──やむを得ずオレは紹介を始めた。
「えっと……こちらは古瀬クロスズと言って、オレの従兄妹デス……」
オレの紹介に、鈴音はにこやかな笑顔を作った。さきほどの泣き顔はどこへやらといった感じで。
「初めまして。わたしは、淳一郎の隣に住んでる幼馴染みで白石鈴音です。どうぞよろしく」
鈴音の自己紹介に、クロスズも丁寧に頭を下げた。
「はい、よろしくお願いします、白石さん」
「わたしのことは鈴音って呼んで? わたしたち、同い年だって話だし、敬語もナシにしましょう。なんだか名前も似てるしね」
「うん、分かった。ならわたしのこともクロスズでいいよ。淳一郎と同じ苗字だと紛らわしいし」
そんな簡単な自己紹介を済ませると、オレはクロスズに言った。
「鈴音も、引っ越しの手伝いをしてくれることになってな」
テレパシーで状況は伝えておいたが、鈴音の前で改めて説明しないと、またぞろ鈴音に疑念を持たれてしまうからな。
だからオレはあえて説明したら、クロスズが頷いた。
「それは助かるな。ありがとう」
「わたしも暇だったし、ぜんぜん大丈夫だよ」
ふう……どうやら、鈴音はとくに違和感を持たなかったようだ。名前についても偶然似ていた程度に考えているのだろう。
傍から見ていたらそっくりな二人なのだが、やはり当人の鈴音には分からないらしい。
オレは内心でちょっと安堵しつつも「立ち話もなんだし中に入ろう」と言って二人と一緒にマンションに入る。
エレベーターに乗ったところで、クロスズがおずおずと切り出した。
「もしかして……鈴音さんに誤解をさせてしまったかもしれないけれど……」
「え……?」
そんなクロスズの切り出しに、鈴音は首を傾げる。不思議そうにしている鈴音に向かって、クロスズが言葉を続けた。
「わたしたち、別に付き合っているとかじゃないから」
「……は?」
「だから、安心してね?」
「え、あ、そ、その……!?」
にっこりと笑うクロスズに、鈴音はにわかに慌て出す。
「か、勘違いなんてしてないよ!? なんのことか分からないし全然平気だから!」
「そう? ならわたしの取り越し苦労だったんだね。よかった」
全然平気という割に、鈴音は顔を真っ赤にさせているが──
──やはり、そういうことなのだろうか?
鈴音が泣いて逃げ出したのは、オレとクロスズが付き合っていると思ってて、それでショックを受けたからなのだろうか?
だ、だとしたら……
鈴音はオレのことが……
「ぬおっ!?」
核心に迫ろうとしたその直前、鈴音に脇腹を突かれて、オレは思わず悲鳴を上げた。脇腹は弱いんです……
「何ニヤけてるのよ?」
「べ、別にニヤけていないが!?」
「変な勘違いしないでよね? 本当に誤解なんてしてないから」
「いやでも、泣いて逃げるってことはヌハッ!?」
再び脇腹を突かれて、オレはのけぞるしかない。
「泣いてもいないし逃げてもない!」
く、くそ……オレが鈴音の体を触ったら、セクハラだのなんだの言われかねないのに、オレは触られっぱなしとか……
っていうか、まぁ……
セクハラとか言われなくても、オレに、鈴音をくすぐるなんて度胸は元よりないが……
いずれにしても、鈴音が誤解して逃げ出したのか否かは、うやむやになってしまうのだった。
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